90歳での富士山登頂は「まるで壮大な遠足」。三浦雄一郎さんインタビュー

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80歳でエベレスト登頂の最高齢記録を持つ冒険家の三浦雄一郎さんが8月末、今度は90歳で富士山頂に立った。3年前に患った病気の影響で体にまひが残るなか、アウトドア用車いすに乗り、家族や仲間にけん引してもらいながら3日間かけて、日本一の頂にたどり着いた。『山と溪谷』取材班は、その道中で三浦さんに取材する機会を得た。

文=一ノ瀬 伸、写真=佐藤友昭

懸命のリハビリを経て富士山頂をめざす

8月29日、富士山富士宮ルート七合目の、標高は3000mを上回る山口山荘。山荘前から登山道を見下ろすと、数十人の集団がゆっくり、ゆっくりと上がってきている姿がわかった。

「ここまで来るのにあと2時間くらいでしょうかね」。山荘の山口拓哉さんは言った。そう、その集団とは、90歳で富士山頂をめざす三浦雄一郎さん一行だった。

1985年に世界7大陸最高峰のスキー滑降を達成した三浦さんは、2003年に次男の豪太さんとエベレストに登頂。その後、08年、13年にもエベレストに登り、3度目の80歳は最高齢登頂記録となっている。

しかし2020年6月、手足にまひが生じる「特発性頸髄(けいずい)硬膜外血腫」を発症し、約8カ月の入院生活を送る。医師が「もう歩けないかもしれない」と言う状況のなかでも、三浦さんは懸命にリハビリを続け、富士山の挑戦を目標に定めた。

お祭り気分で山頂へ

この日18時過ぎに、再び山口山荘を訪ねると、三浦さんはすでに到着していた。一緒に登頂をめざす、豪太さんや長女の恵美里さん、スキーや登山の旧知の仲間らと夕食をとったところだった。

「どうも、どうも」。三浦さんは柔らかい表情で我々を迎えた。そして、恵美里さんらに支えられながらも、たしかに自分の脚で立ち、取材のために表に出た。ちょうどその頃、あたりはみごとな夕焼けと雲海が広がっていた。

「すごい景色だねぇ。やっぱりこれは来なきゃ見られないわ」。景色を目の前に、三浦さんはそうつぶやき、こう続けた。

「富士山に来たおかげで、こういうすばらしい雲海も見られた。まだ歩けないものですから車いすでの登山ですが、大勢の仲間たちが引っ張り上げてくれてうれしいし、ありがたい」

三浦さんは8月29日に富士宮口五合目を出発。同日は七合目、翌30日は九合目の山小屋に宿泊し、31日に登頂する3日間の山行計画だ。道中はどんな気持ちを抱いていたのだろうか。

「車いすを引っ張ってもらっていますから、みこし担ぎをやっているみたいで、お祭り気分というか、楽しく登っています」

インタビュー後、三浦さんは夕焼けに再度見入っていた。豪太さんから「来てよかったね」と話しかけられると、三浦さんは「うん。来てよかった」と静かに言った。

富士山の夕焼けを眺める三浦雄一郎さん

99歳でモンブランを滑りたい

三浦さんが31日朝に無事富士山登頂を果たしたことは、各メディアが報じているとおりだ。

三浦さんは下山後の『山と溪谷』の取材に対し、今回の富士山行を「すごく楽しい、まるで壮大な遠足のようだった」と振り返った。

「富士山は自分自身の冒険の原点であり、なによりも崇敬している山なので、再び登ることができて本当にうれしい。過去、100回以上登ってきたが、今回は多くの仲間たちに支えられともに山頂をめざせたことに胸がいっぱいです。汗水たらして車いすをけん引してくれた仲間たちに、そしてともに体験を共有できた喜びに、心からありがとう」

最後に、今後の目標を訪ねると、驚きの返事が返ってきた。

「まずはリハビリをさらに続けて、少しずつでも体力を回復して今年の冬にスキーをすることを目標としたい。そして可能であれば、99歳でモンブランのバレーブランシュ(フランス)でスキーをしてみたいです」

三浦さんの冒険心はとどまるところを知らない。

富士登山を成功させた三浦雄一郎さん一行(写真提供=ミウラ・ドルフィンズ)

この記事に登場する山

山梨県 静岡県 / 富士山とその周辺

富士山・剣ヶ峰 標高 3,776m

 日本の山岳中、群を抜いた高さを誇る富士山は、典型的なコニーデ式火山。いずれの方向から眺めても円錐形の均整のとれた姿は美しく、年間を通して人々の目を楽しませてくれる。東海道本線や新幹線の車窓から見ると、右手に宝永山、左手には荒々しい剣ガ峰大沢が望め、初めて見る人の心を奪う。  昔は白装束姿で富士宮の浅間(せんげん)神社から、3日も4日もかけて歩き通したという話を古老から聞いたことがある。現在では、富士宮と御殿場を富士山スカイラインが結び、途中からさらに標高2400m辺りまで支線が延びているので、労せずして雲上の人になれる手近な山となった。  日本で一番高い山、美しい山であれば、一生に一度は登ってみたい願望は誰にでもある。7月、8月の2カ月間が富士登山の時期に当たり、7月1日をお山開き、8月31日を山じまいと呼ぶ。  山小屋や石室が営業を始めると、日本各地や外国の人々も3776mの山頂を目指して集まってくる。特に学校が夏休みに入り、梅雨が明けたころから8月の旧盆までは、老若男女が連日押し寄せ、お山は満員となり、登山道は渋滞し、山小屋からは人があふれる。  富士宮口から登ろうとする場合は東海道新幹線の新富士駅、三島駅などからの登山バスで五合目まで行き、自分の足で山頂へ向けて歩きだすことになる。山梨県側には吉田口があり、東京方面からの登山者が多い。  目の前にそびえる富士山はすぐそこに見えるため、山の未経験者は始めからスピードを出しすぎ、7合目か8合目付近でたいていバテてしまう。登り一辺倒の富士山は始めから最後まで、ゆっくり過ぎるほどのペースで歩くことがコツである。新6合から宝永火口へ行く巻き道が御中道コースで、標高2300mから2500mを上下しながら富士山の中腹を1周することができたが、剣ガ峰大沢の崩壊で通行不能になっている。  山慣れたパーティならば新6合から左に入り、赤ペンキや踏み跡を拾いながら、いくつもの沢を渡り3時間もかければ大沢まで行くことができる。辺りは樹林帯で、シャクナゲの群落やクルマユリやシオガマなどの高山植物が咲く。  9合目右側の深い沢に残る万年雪は、山麓からも見ることができる。富士宮口を登りつめると正面に浅間神社奥ノ院がある。隣は郵便局。もうひとふんばりすると、最高地点の剣ヶ峰。山頂にはかつては毎日データを送り続けていた気象観測所跡が残っている。天候に恵まれたならば噴火口の周囲を歩く御鉢巡りが楽しめる。

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