紅葉ルポ・秋の燕岳と大天井岳を縦走。美しい紅葉と夜景を楽しむ

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秋の燕(つばくろ)岳と大天井(おてんしょう)岳を撮影するため、たっぷり時間をかけて歩いた3泊4日の旅の記録。美しい紅葉と稜線からの夜景が印象的だった。

写真・文=菊池哲男

展望台よりナナカマドの実が色づく秋色の燕岳と燕山荘(えんざんそう)

昨年(2022年)の9月末、顧問を務める写真クラブのメンバー2人を連れて、秋色の燕岳と大天井岳の撮影に出かけた。稜線にある人気の燕山荘には、高山植物の女王・コマクサが咲く夏をはじめ、年末年始に営業している冬にも何度か訪れていた。毎年11月末の小屋閉め時には撮影ツアーを続けている。もちろん、山岳風景の撮影が目的なのだが、ずっと親しくしていただいている赤沼健至オーナーに会いに行くのも楽しみの一つになっている。実は赤沼オーナーも大の写真好きで、プロでも撮れないような作品を何点も写していて、ちょうど安曇野(あづみの)にある田淵行男記念館で個展も開催されていた。今回はその写真展を下山後に訪れるというオプション付きだ。

槍・穂高(やり・ほたか)連峰を見ながら気持ちのいい表銀座の縦走路を行く

早朝、有明荘上の第3駐車場に車を置いて中房(なかふさ)温泉下にある登山口を出発。天気は快晴で順調に高度を稼いで合戦(かっせん)小屋へ。合戦ノ頭に出ると視界も開けて燕岳と燕山荘が望め、振り返るとダケカンバの黄葉越しに有明山と安曇野の町が見下ろせた。赤や黄色に木々の葉が色づくなか、さらにもう一登りで今宵の宿・燕山荘に到着だ。早速、赤沼オーナーが出迎えてくれておいしいコーヒーをいただきながら、最近撮影された珠玉の作品たちをノートパソコンで見せてもらう。撮影時の状況など写真の話は尽きず、あっという間に時間が過ぎていく。夕方、外に出て撮影を始めると西空に三日月が輝き、槍ヶ岳のバックから湧き出す雲がオレンジ色に染まった。小屋の前にはテントの明かりがさまざまな花を咲かせ、東側には安曇野の街灯りが宝石のようにきらめいた。

小屋に戻ると指定されていた2回戦目の夕食時間となった。温かい食事をとりながら赤沼オーナーのスライド講話と重厚感のあるアルペンホルンの音色を堪能した。そして小屋の消灯後は待ちに待った夜景撮影タイム。夏の大三角からまっすぐ延びる天の川は大きく西に移動して槍ヶ岳のすぐ横へと注ぎ、夜半前には早くも冬星座の代表選手オリオン座が東の空から昇ってきた。このまま朝まで撮影していたかったが、この日は大天荘まで移動しなければならないので、3時間ほど仮眠して薄明が始まるころに撮影再開。色とりどりのテントと小屋の明かりを消えゆく星たちと共に撮影していると、やがて東の地平線が赤みを増してくる。急いで小屋の横を通って展望台へ移動すると真っ赤な太陽が昇り、燕岳や槍・穂高連峰を赤く染めた。大勢の人たちが思い思いに記念写真を撮りながら歓声を上げている。燕岳方面にカメラを向けると、たくさんの赤い実を付けたナナカマドが印象的だった。

ゴリラ岩と槍ヶ岳にかかる天の川
燕山荘、テント場の明かりと安曇野夜景の饗宴

今日も快晴! 槍・穂高を望みながらカラマツやダケカンバ、ミネカエデなど秋色に染まった表銀座の縦走路を行く。蛙(げえろ)岩を通り、気持ちのよい縦走路を進む。やがて鎖とハシゴで急斜面を下り、わずかに登り返すと槍ヶ岳方面との分岐点で、大天荘へはゴロゴロした急な岩場を左上していく。傾斜が緩くなるとひょっこり大天荘に着いた。中に入ると榊支配人が「お疲れさまでした!」と声をかけてくれる。ここでは受付時に夕食のメインを魚か肉にセレクトできるのだからすごい。受付を済ませたらちょうど昼時だったので、ランチにナンカレーを注文。これがまたおいしい。

大きくなった大天井岳を正面に紅葉の稜線を行く
ちょっとした岩場を鎖とハシゴで下って鞍部へ
大天井岳より望む槍・穂高連峰

午後はガスが上がって視界もなく、みんな睡眠不足だったので部屋で仮眠して夜の撮影に備えた。そのまま夕方になってもガスが切れない。同行者は夕景撮影を危ぶんでいたが、ガスの中、予定通り小屋を出て大天井岳山頂へ向かう。山頂から降りてくる人たちがガスってなにも見えませんよと教えてくれるが、いやいや今までの経験からきっと晴れると信じ、山頂でしばらく待機。すると夕日が沈む直前になって上空が空き、雲が切れだして美しい雲海が広がって夕陽に染まった。最後に月明りで照らされる雲表の槍・穂高連峰を撮影して小屋に戻る。夕食後、食堂が「ランプの喫茶店」になって、窓からは安曇野の夜景が見えてとてもいい雰囲気だった。 この夜も消灯後に山岳夜景と朝撮影を行ない、再び燕山荘へ移動し宿泊。3度目の夕景から朝景撮影を楽しんで登山口に下山。夜も含めて撮影に専念するならこれくらいゆっくりできるほうがいいとあらためて実感する充実の3泊4日だった。

(取材日=2022年9月30日~10月3日)

紅葉に彩られた奇岩が連なる稜線から大展望の山頂へ 燕岳(つばくろだけ)~大天井岳(おてんしょうだけ)

長野県/2922m(大天井岳)
紅葉の見ごろ:9月下旬~10月上旬

燕山荘前から望む燕岳とテント場

この時期、紅葉が楽しめるのは合戦ノ頭から上部でダケカンバの黄葉の中にナナカマドやミネカエデの赤色が際立つ。燕山荘の展望テラス横にも大きなナナカマドが真っ赤な実を付けつけている。ただし、10月上旬には寒気が入って降雪になることも珍しくなく、大天荘へ向かう斜めトラバースは滑落、積雪量によっては雪崩に要注意だ。(写真、文=菊池哲男)

MAP&DATA

ヤマタイムで周辺の地図を見る

コースタイム

1日目 中房・燕岳登山口~燕山荘:約4時間5分
2日目 燕山荘〜燕岳~大天井岳〜大天荘:約4時間5分
3日目 大天荘~燕山荘:約2時間25分
4日目 燕山荘~中房・燕岳登山口:約2時間40分

山麓情報

登山口にある名湯・中房温泉は源泉かけ流し100%、14のお風呂と温泉プールがある。登録している源泉数はなんと29本! 加水、加温、循環など一切なし。少し下ったところには燕山荘グループの有明荘があり、大露天風呂と内湯がある。

この記事に登場する山

長野県 / 飛騨山脈北部

燕岳 標高 2,763m

 常念山脈の北部にある花崗岩と花崗岩砂礫とで構成された山。東側に中房川が流れ、西側は高瀬川の谷が区切っている。  登山口には文政年間(1818~1829年)の開湯と伝えられる中房温泉があり、国民宿舎有明荘とともにいで湯の楽しめる、格好のベースになっている。  遠くから見ると平坦で特徴のない稜線が続いているので、かつては大天井岳近くまでの山稜を、ただ「屏風岳」とひとまとめに呼んでいたらしく、明治39年刊行の『日本山嶽志』にも載っていない。大正4年の長谷川如是閑の『日本アルプス縦走記』には「燕岳」とあるので、その間の10年間に命名されたらしい。  表銀座コースの始発点として有名で、大天井岳で分岐して槍ヶ岳へ常念岳へと志す登山者でいつも賑わっている。  遠目には目立たないが、稜線を山頂に向かってみると、風化した花崗岩群がまるで環境芸術のオブジェのようで面白い。頂上の北には北燕岳の岩峰がそびえ、鞍部はコマクサの群落、東斜面はお花畑と楽しい。  登山道は中房温泉からアルプスでも指折りの急登、合戦(かつせん)尾根を登って所要4時間30分。

長野県 / 飛騨山脈南部

大天井岳 標高 2,922m

 蝶ヶ岳から常念岳へと北に延びていく常念山脈が、燕岳と西岳を結んで東西に続く表銀座コースに丁字形に出合った地点にそびえるのが大天井岳である。  常念山脈の最高峰だが、安曇野から見上げる常念岳の形のよさと比べると運動場のように広い山頂部をもっているために、いささか目立たない。本当の頂上は北東端に小さい岩峰を押し立てている。その足元に町営大天荘がある。  燕岳と同じ花崗岩の山で岩塊が広い頂上を埋め、コマクサやキバナノコマノツメなど乾性の花が目につく。  山名「オテンショ」は「御天所」で、高い所の意。  登山道は燕岳からで、中房温泉から所要7時間。

プロフィール

菊池哲男(きくち・てつお)

写真家。写真集の出版のほか、山岳・写真雑誌での執筆や写真教室・撮影ツアーの講師などとして活躍。白馬村に自身の山岳フォトアートギャラリーがある。東京都写真美術館収蔵作家、公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、日本写真協会(PSJ)会員。

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