登山装備の次のトレンドは「笠」!? 笠山行のススメ/書き手:三宅岳 ―私の山道具①

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山小屋で偶然見つけた笠。今ではすっかり愛用している笠。笠との出会いと山での利便性について語りたい。

写真・文=三宅岳、イラスト=清水将司

乗鞍岳での運命的な出会い

出会いはそれほど古くない。昨年(2022年)夏のはじまりのこと。

乗鞍(のりくら)岳の畳平(たたみだいら)。標高2700mという高所ながら、どでかいバスターミナルは、標高に似合わぬ喧騒の地という印象。ところが、そのすぐ脇に、瀟洒(しょうしゃ)な山小屋がすくっと佇んでいる。それが乗鞍白雲荘。

さて、小屋に入ると、目につくのがアルバム類。小屋を預かるKさんが、乗鞍岳に登る古道の詳細を載せているのだ。いにしえの登山道にも、目を向けてもらいたいという願いが込められたアルバムは、時間を忘れて見入ってしまう濃い内容だ。

また、壁面を彩るイラストも興味深い。デフォルメされた雷鳥の絵には、雷鳥観察の要点が書き加えられ、思いがけず身につく雷鳥の知識。そして「山と森の主です。見かけてもそっとしてあげてね。」という言葉とともに雷鳥を背負った丸々巨大な熊の絵。ほぼ実物大との注釈付きで描かれたツキノワグマは、掌をこちらに向けており、そこには「ツキノワグマとあなたの手どっちが大きい」なんて記されている。なんと愛嬌あふれる絵。そういえば、かつて畳平でお土産屋さんへの熊突入騒ぎがあったが、それだけにこの絵は小気味よい。

とにかく、思わぬほど、心地のよい山小屋。それで、ついふらふらと、土産物まで気になってしまうわけである。そこで、運命の出会いとなる。笠があったのである。よく見ると、玄関脇にも掲げられ、その意匠もいくつかあるようだ。

還暦近くまで、それなりの数で山小屋を枕にしてきた身ではあり、そのたびにお土産コーナーの軽いチェックぐらいはしてきたつもりである。しかし、どこの山小屋でも笠が売られているのを見た記憶がない。

さっそくKさんに、「なんで笠?」と尋ねたら、どうやら地元高山で編まれる貴重な笠らしい。で、さらに詳しくはということで、小屋スタッフの方を紹介していただいた。なんと、あの巨大熊さんをはじめ、あちらこちらのイラストもこの方が描かれているという。うわあすばらしい!

そこで、伺った笠について、つらつらと書き連ねてみよう。

笠は「宮笠」と呼ばれること。現在、高山市の旧宮村で一軒だけが製造していること。飾りのついた笠は魔除けであり、蝉笠と呼ばれること。技術継承の保存会があり、そのメンバーであるということ。そんなことで、この山小屋で販売をしているということ。ほかにもアレコレ。高山市の無形文化財にも指定されているということは、後日仕入れた知識だったかもしれない。

話を伺いながら、笠を手にする。ゆるぎない手技のなせる美しさ。しっかりとした手ごたえ。それでいて、思いがけぬ軽さ。伝統と技術が昇華した逸品だということが、目から指から伝わってくる。それなのに、小生のごときでも、手を出せる価格ということにも、驚いた。ありがたや。

試しに頭に載せてみたら、一発フィット。というわけで昨年の夏山から笠をかぶり続けている。はじめは少しばかり気恥ずかしさもあったが(この年でも初体験というのはね・・・)、とにかく、止められなくなった。陽射しを妨げることは言うまでもなく、天候急変の降雨でも慌てることはなし。そして、風通しのよいこと。ああ、知らなかった、この心地よさ。欠点は、折りたためないことと風に弱いことぐらいか。

手をかけ、時間をかけて出来上がる伝統品

この白雲荘での出会いをきっかけに、その秋から数度にわたり、唯一の宮笠職人である問坂さん宅に何度かお邪魔をさせていただいている。

晩秋。自宅奥の大きくはない仕事間で、斜め向かいに向かい合う二人。すでに80代後半という問坂義一さんと長男の和彦さんである。黙々と座ったままでの手仕事。二人の魔法の手により、ヒデと呼ばれる素材が驚くほどの速さで笠の形に姿を変えてゆく。

このヒデ。木を極薄に剥いで、それを数mm幅に裁断したものである。笠の白い部分は檜であるが、赤い部分は一位である。実は一位を使うことこそが、ほかの地域の笠にない宮笠の宮笠たる所以。しかもその一位がかなり特別な一位なのだが、詳細は機を改めて。

さて、このヒデ作りは、次男である秀樹さんの仕事である。後日、一位の伐採からヒデになるまでも取材撮影させていただいたが、たいへんな仕事であった。伐採し搬出、玉切りしてから、さらに三日間ぐつぐつと煮る。それからようやっと始まるのがヒデ作り。とはいえ、癖の多い一位である。使える部分も限られた歩留まりも決してよくないもの。宮笠はまさに手をかけ時間をかけた仕事そのものだ。

さて、最後に宮笠の入手方法を記しておこう。ちょうど小屋締めになってしまった乗鞍岳の白雲荘。おそらく、そこで手に入れることはできるだろう。また、下呂市との境付近にある道の駅モンデウスにも並んでいると聞く。しかし、確実な方法がある。宮笠を必ず手に入れたいなら、1月24日、飛騨の高山に赴くべし。

毎年、1月24日にかぎり行なわれる「二十四日市」。ずらりと並ぶ露店の中に、問坂さんが構える笠のブースがあるのだ。いくつかの種類が売られているが、登山目的であれば、小ぶりな七寸を薦めたい。背負ったリュックサックに当たらないで済むはずだから。

プロフィール

三宅 岳さん(山岳写真家)

みやけ・がく/1964年生まれ。丹沢や北アルプスの山々で風景や山仕事などの撮影を行なう。著書に『ヤマケイアルペンガイド 丹沢』(山と溪谷社)、『山と高原地図 槍ヶ岳・穂高岳 上高地』(昭文社)など。

私の山道具

お気に入りの山道具、初めて買った登山ギア、装備での失敗談・・・。山道具に関する四方山話を紹介します。

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