手挽きミルで味わう至福の山コーヒー/書き手:青山孝平 -私の山道具⑥

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山を歩き、自然を感じる心地よい場所に腰を据え、山コーヒーの準備を始める。携帯型の手挽きミルにコーヒー豆を入れ、ハンドルを回してカリカリと挽く。さながら茶道の点前のようで、コーヒーの味わいをより豊かなものにしてくれる。

文・写真=青山孝平、イラスト=清水将志

10年来の相棒

私がミル挽きでよく使っているのはジャパンポーレックスのセラミックコーヒーミル・ミニ。山コーヒーをやり始めたころに買った携帯コーヒーミルで、もう10年来の付き合いになる。使い始めのころはハンドルをスムーズに回せず腕が疲れていたが、回転のコツをつかむと楽に豆が挽けるようになった。セラミック刃のパーツは劣化しても交換が可能で、もう何度も交換して使い続けている。

ここ数年で携帯型の手挽きコーヒーミルはラインナップが豊富になった。挽いた粉の粒度が安定している高性能なものやデザインに優れたものなどが次々と登場し、革新的な軽量携帯ミルと称されていたポーレックスのミルは世代的に古くなってしまった。だが、苦楽を共にした相棒は性能以上のものを私に与えてくれる。

山野の香りとコーヒーの香りが入り混じり、鼻腔をくすぐる。コーヒー豆は挽いたときに香り成分の大部分が放出されてしまう。コーヒー豆のポテンシャルを引き出してくれるミル挽きは、多くの人の手を介してはるばる海を渡ってきたコーヒー豆に対する礼儀のようにも思う。

しかし、このミル挽き行為には問題点がある。周りに登山客がいるとどことなく気恥ずかしいのだ。登山パーティの同行者にコーヒーを振る舞うためなら特別なパフォーマンスとして様になるのだが、ソロ登山の場合は少々やりすぎ感が否めない。山頂に先着していた大勢の登山客のにぎわいに気後れして、ミルを取り出さず事前に挽いてきた粉でコーヒーを淹れたこともある。

なぜミル挽き行為は気恥ずかしくなってしまうのだろう。思うに、コーヒーミルのハンドルをぐるぐる回してがんばっている様子が原因なのではないか。コーヒーを作る過程で一般的なのは、インスタントのスティックタイプや粉が入ったドリップバッグにお湯を注ぐだけなど「スマート」なスタイルだ。このスマートさの違いを火起こしで考えてみると、ライターで点火するのではなく木の棒をきり揉み式にぐるぐる回して摩擦で発火させている状況が近い。腕を懸命に動かして手間がかかることをしているのが違和感の正体なのかもしれない。

山コーヒーを味わえる静かな山を求めて・・・

だが、私は山でコーヒー豆を挽きたい。

誰にも気を使わずに安心して豆の音を響かせたい。

思案した結果、好むようになったのが低山だ。名の知れた人気の山は休日ともなれば山頂や展望スポットに大勢の登山客が訪れるが、低山は休日でも登り始めから下山まで片手で足りるほどの人数としか出会わないことが多く、山頂が貸し切り状態になりやすい。

さらに静寂を求めるなら、低山のメイン登山ルートから少し離れた展望ポイントがよい。登山地図の等高線が狭いところにある「○○岩」などは景色が開けていることがあり、山コーヒーの穴場となる。展望ポイントへの細道を歩くたび、山の先人も山頂の喧噪を避けて自分だけの時間に没頭できる場所を探していたのかな、などと思う。

ただし、ひと気がない低山歩きは人に気を使わなくてよい代わりに、人一倍安全対策に気を使う必要がある。名山に比べて登山者の往来が少ないため道は不明瞭で、トラブルに遭っても助けを求められる人はすぐに見つからず、クマやイノシシなどが出没する可能性も高くなり、メインルートから外れた展望の岩場は滑落の危険性がある。登山地図や登山用GPSの活用、登山届の提出や家族との登山ルートの共有、緊急時のビバーク用装備や熊対策グッズの準備などは気を抜かずにやっておきたい。

たかが山コーヒー、されど山コーヒーだ。

ひとり山コーヒーで心置きなくミル挽き行為がやりたいという人は、身近な低山でお気に入りのコーヒースポットを探してみてはいかがだろうか。ひと気が少なく、日帰りで気軽に行ける場所で、心が落ち着く場所。繰り返し訪れることでそこは自分にとってのパワースポットになり、人生で進むべき道に迷ったときや前に進む力がなくなったときに心を整える一杯を与えてくれるはずだ。

これからはそんな山コーヒースポット探しを楽しんでいこうと思う。

なお、この文章は山コーヒーをしながら書き上げた。年度末の書類の山が次々に立ちはだかり頭が回らなくなったので、気分転換のために近場の低山へ向かった。ポーレックスのハンドルをぐるぐると回すと、ミルはカリカリと小気味よい音を立てて豆を砕く。心の中の雑念も砕いてくれたようで、ようやく筆が走るようになった。コーヒー以上のコーヒーを生み出してくれるポーレックスのミルとは、これからも長い付き合いになりそうだ。

プロフィール

青山孝平(あおやま・こうへい)

山コーヒーアドバイザー、アウトドアコーヒー愛好家。UCC認定コーヒープロフェッショナル。モットーは「街のコーヒーは舌で味わい、山のコーヒーは心で味わう」。
ブログ「山と珈琲、心の一杯」 X(@yama_to_coffee)

私の山道具

お気に入りの山道具、初めて買った登山ギア、装備での失敗談・・・。山道具に関する四方山話を紹介します。

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