77歳、新しい登山靴を買う/書き手:打田鍈一 ―私の山道具③

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登山靴は大切なアイテムだが、これぞという靴に出合うのは決して簡単なことではない。50年以上にわたってさまざまな登山靴を履いてきた著者が選んだ一足とは。

文・写真=打田鍈一、イラスト=清水将司

靴下で靴を延命する

「底がすり減っても、アッパーがへたっても、歩行技術でカバーできる!」

とエラそうな放言をしていた。それでもアッパーの劣化は下りが不安になってくる。そろそろこの靴も限界かなと思っていた時に、靴下を変えてみた。驚くことに効果てきめん。かつてのような靴と足の一体感が復活し、もう捨てようと思っていたトレッキングシューズを、以後3年以上も履き続けることができたのだ。

その靴下は、ブリッジデールのエクスプローラー。厚手だ。一般的に厚手の靴下は厳冬期用で、トレッキングシューズの山にはオーバースペックとされている。ある山道具屋の店主は、冬の穂高でもハイキング用の靴下で充分と豪語していた。

50年以上前、私が山へ行き始めたころ、靴下は2枚重ねて履くのが常識だった。そのころの登山靴はすでに鋲靴でなくビブラムだったが、革製で固く、足になじむのに時間がかかった。オーダーで作った靴でも、使いはじめは靴擦れに悩んだ。それが登山靴の進化とともに防寒性、クッション性、足を包み込むようなホールド感は高まり、いつしか靴下は1枚が主流となっていた。特に冬山用の靴は保温性を重視するので、結果的に足の保護性能も優れ、先の店主の言も納得できる。

ハイキング用の1枚履きは私にも定着し、さまざまなメーカーの靴下を履いてきた。そんな中でブリッジデールは足をしっかりと保持し、長持ちする印象がある。

へたった靴対策として靴下を厚手にしてみようかと思ったのは昔の記憶があったからだが、これが大当たり。靴と足の間にはアソビが必要だが、全体的にユルくなったトレッキングシューズでも、靴下を厚手にすることで、アソビをうまく制御できるようになったのだ。

しかしさすがに底のすり減りは激しい。北アルプスの一般コースなど登山道の整備された山ならまだ使えるが、私の好む、道のない薮岩山では滑ることが多くなってきた。

トレッキングシューズでも革靴のように、底の張り替えは可能だ。一度、新品の半額くらいの費用で張り替えたことがあった。しかしアッパーの劣化も底と同時進行で、内蔵されるゴアテックス・ブーティの防水性も心配だ。張り替えた底がさほどすり減らぬうちに廃棄となり、トレッキングシューズは事実上底の張り替えは無意味、と悟ったのだった。

私の登山靴の系譜

山に行き始めたころはキャラバンシューズ。足型が私に合わないせいか、いつまで履いてもマメだらけなので、思い切って革靴を買った。しかし安物のせいか左右の革が違い、履き心地も悪い。底は平坦なのに全く安定性を感じられなかった。いつまでも痛く、初めての革靴なのに期待は裏切られ、次に別の店で作ったが、これも不発。ようやく足に合う革靴に出合ったのは、高田馬場のトップ靴店だ。「改良型」という袋ベロタイプの靴を注文。底を2回くらい張り替えるほど気に入っていた。しかし、山行のたびに底と外皮を洗い、時に応じて数種の油類を塗るなど、まじめにメンテナンスをしても次第に革は薄く固くなる。当然履き心地はわるくなり、足のあちこちが痛くなって買い替え、を3回繰り返した。今でも現役で使う冬靴も作ったが、トップ靴店は閉店、廃業。気難しい自分の足に合う靴が、この先現われるのだろうかと危惧したが、気づけばトレッキングシューズが登山靴の大勢を占める時代となっていた。

トップ靴店ではチロリアンシューズも作った。アッパーは登山靴と同じ厚く固い革で、ビブラム底のタウンシューズだ。これで山へ行ける訳ではないが、山ヤの紋章的気分で通勤に履いていた。車のラジアルタイヤが普及し始めたころで、ラジアルの靴と呼ぶ人もいた。3足履いて卒業した。

初めて買ったトレッキングシューズは、キャラバン・グランドキング。かつてのキャラバンシューズの後継・発展形と思われたが、やはり足型が私に合わず痛いので安心して歩けない。

革靴のころから並行して使っていたのがアシックス・ガントレ。スニーカーのようなローカットで、軽いが底はビブラムだった。気に入って2足履きつぶしたが、足首の不安定が気になり、ミドルカットのトレッキングシューズが私の主流となる。シリオ、ダナーなどを履いた。シリオははじめのイタリア製は具合がよかったが、次の中国製は同サイズながらまったく足に合わず、一度使って売却。ダナーは足入れのフィット感はよかったが、すぐにへたった。最終的に落ち着いたのがスカルパだ。ようやく安定して使えるブランドに出合えたが、ローカットシューズの着脱の容易さは捨てきれない。近所の手軽な山用にと、シリオのアプローチシューズを買う。これはとても具合がよかったが、数年使って底が剥がれ、ゴム糊で何度か補修したが、やがて接着不能となった。同品はすでになく、代わりにスポルティバのアプローチシューズを買ったが、ヒモを引いて締める方式がいまだに具合がわるい。

現役の靴たち。左列奥・トップ靴店の冬靴、左列手前・スカルパの冬靴、中列奥・スカルパトレッキングシューズ(古)、中列中・スカルパトレッキングシューズ(中)、中列手前・スカルパトレッキングシューズ(新)、右列奥・モンチュラ ヤルテクノGTX、右列手前・スポルティバ アプローチシューズ

モンチュラ・ヤルテクノGTXはトレッキングシューズより底が薄く柔らかいので、平坦地はもちろん整備された登山道なら快適に歩けた。しかし通い慣れた西上州の薮岩山に行った折、いつものトレッキングシューズのつもりで爪先を岩に掛けたら、底の柔らかさが仇になりスリップ。2mほどズリ落ちて手足にスリ傷を負った。やはり私にはトレッキングシューズが合うようだ。

冒頭に書いたトレッキングシューズはスカルパで、不具合なく使えたが、数年後1足目に不安を感じる頃に同じモデルを購入。近隣でのトレーニングには1足目、ちょっと緊張する山には2足目をと使い分けた。さらに靴下の工夫もしてきたが、最近の滑りやすさは、あまりムリするなよ、との天の声かもしれない。腰痛に悩まされていたころ、日常で履いているメレル・ジャングルモックの底のすり減りを医者に指摘され、新品に替えたら腰痛が緩和したことも思い出した。

新しいトレッキングシューズとの出合い

そして新調したのはやはりスカルパ。「RUSH TRK GTX」とベロに書いてあったが、前2足の後継機種らしい。さっそく家に近い龍柏新道に行ってみた。飯能の有名山、天覧山・多峯主(とうのす)山と入間川を挟んで向き合う低山が龍崖山と柏木山だが、その2山を結ぶのが龍柏新道だ。2山とも登山道は整備されているが、龍柏新道は誰がいつ付けたか不明なトラロープや赤テープがあるだけの、急峻な岩混じりのザレ斜面が続くセミ・バリエーション。

新調の靴はザレ急斜面でも不安なく、期待を裏切らなかった。底の厚みは前の2足と同じだが、爪先がわずかに上向いているので、より歩きよい。

さてしかし。現在77歳の私だが、靴に限らず新しいモノを買うたびに「コイツとオレとどっちが長持ちするだろう」と思ってしまう。しかし知人は89歳で山靴を新調した。張り合うつもりはないが、次の一足をもめざしたい。

スカルパ、3足のトレッキングシューズ。左から古、中、新(RUSH TRK GTX)

プロフィール

打田鍈一(うちだ・えいいち)

1946年鎌倉生まれ、中野育ち。低山専門、山歩きライター。群馬県西上州で岩山の道なき薮岩に開眼。その後は越後の山へも足を延ばし、マイナー山域の低山の魅力を雑誌や書籍などで紹介している。『山と高原地図 西上州』(昭文社)を平成の30年間執筆したほか、『薮岩魂―ハイグレード・ハイキングの世界―』『続・薮岩魂 いつまでもハイグレード・ハイキング』『分県登山ガイド10 埼玉県の山』(いずれも山と溪谷社)などの著書がある。

私の山道具

お気に入りの山道具、初めて買った登山ギア、装備での失敗談・・・。山道具に関する四方山話を紹介します。

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