あらゆる自然のなかで眠ってきた。私の愛用寝床/書き手:阿部 静 —わたしの山道具⑦

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初めて手に入れた寝袋は、3シーズンどこの山でも行ける大定番の万能寝袋。工夫して、これで当初は雪山でも眠っていた。どんなに道具が増えても、いまでも現役で活躍中の、かけがえのない私の相棒。

文・写真=阿部 静、イラスト=清水将志

初めて手に入れた万能寝袋

登山を始めてすぐにそろえた山道具のひとつが寝袋だったと記憶する。20代前半だった当時、3万円台の寝袋を買うのが私にとってはやっとだった。季節に合わせていくつも寝袋を用意する余裕なんてもちろんないので、ひとつでどんな山にでも行けるものを、と思って選んだのがモンベルの「ダウンハガー800 #3」、通称“モンベル3番”ともいわれたりする、大定番の寝袋だ。

子どものころ家族でキャンプをしていたけれど、そのころに使っていた化繊綿のずっしりと重たい寝袋とは大違いで、ダウンなので軽くて小さくなり、しかも柔らかくて温かく、寝心地がいい。快適温度は4℃で使用可能温度は-1℃。低山はもちろん北アルプスの夏山だって可能だし、衣服を足して眠れば秋の高山だってなんとかなった。この寝袋で、山から沢、海辺まで、あらゆる自然で眠ってきた。私にとっては、どんなところでも眠れる万能な寝袋なのだ。

海辺のハンモック泊。天気さえ許せばテントなしでダイレクトに眠るのがいちばん好き。そんなときにモンベル3番に包まると心地よく眠れる

初めての雪山でもモンベル3番で工夫する

登山を始めて2年目ぐらいには雪山に行きたくなり、雪山で一夜過ごすための装備をそろえようとするが、冬用の寝袋は高額すぎてどうしても手が届かない。だけど雪山に行きたい。そこでどうしたかというと、保温性が高いと定評のあったSOLのシュラフカバーを買い足すことにしてみた。しかしそれだけじゃ不安だったので、パートナーが持っていた薄い化繊の寝袋も中に入れ込む。それからダウンパンツとダウンブーツも買い足し、化繊のインサレーションジャケットと合わせて、持っている装備を全部着込んで眠る。足元にはナルゲンボトルの湯たんぽも突っ込んだ。それが私の初めての雪山での就寝スタイルだった。

初めての雪山テント泊に挑んだときの寝袋レイヤリング。モンベル3番の中に化繊の薄い寝袋を入れ込み、一番外側にはSOLのエスケープヴィヴィ

そんな感じで初めての雪山テント泊に挑んでみたが、結果、寒くてあまり眠れなかった。雪山なんて、そんなものなのかもしれないけれど、もう少し改善したい。また、シュラフカバーと寝袋2枚重ねはけっこう窮屈で、身動きが取りづらいのも苦痛だった。フードが何枚もあるのもわずらわしい。

そこで、次に買い足したのがシートゥサミットのシュラフライナーとサーマレストのR値5のスリーピングマットだった。一度雪山で寝てみてわかったのが、冬の寒さは底冷えからくるものだということ。マットを変えれば温かさが変わるかもしれないと踏んだのだ。しかも、冬用のマットは寝袋を買うよりもお財布にやさしいところも、私にとって好感度が高かった。

もうひとつ新規導入したシュラフライナーは、身体から発する赤外線を反射させるというもので、自分の体温を逃がさず保温させる効果をもちながら、とても薄くて軽量なので、寝袋2枚重ねよりも快適で温かくなることを期待した。しかも、こちらも断然安い。マットとシュラフライナーを買い足しても冬用寝袋の1/4ほどの価格で手に入るので、モンベル3番にほかのアイテムでスペックを追加することで、またしても雪山に挑むことにした。

結果、底冷えや窮屈さが少し緩和され、眠る時間を延ばすことができたので、とりあえず成功。

その次の年にはフィルパワー800のダウンジャケットを手に入れて、温かさをさらに向上させた。これで案外眠れるのではないかと、自分のなかでやっと答えが見えた気がした。そうしてしばらくのあいだ、冬の就寝スタイルとして私の定番となり、12~3月ごろまでは、どんなに寒くてもこれを最大値としてなんとか貫き通してきた。

雪洞泊の様子。R値5のマットに、ダウンジャケット+化繊のジャケット、ダウンパンツ、ダウンブーツ。すべてを着込んだうえで、シュラフライナー+モンベル3番+SOLのシュラフカバーに入って眠る。足元にはナルゲンボトルの湯たんぽも。

工夫して旅を創造するおもしろさを教えてくれた山道具

その後、編集者・ライターとして働き始めてからは、以前より金銭的に余裕ができたからなのか、あるいは職業柄なのかはわからないけれど、必要あらば金に糸目を付けずに山道具を購入するようになり、ついに歳からくる寒さにも抗えなくなり、雪山専用の寝袋も手に入れてしまった。お金で買える快適さを得た代わりに、以前よりも工夫する精神は失われてしまったかもしれない。

登山は自然を相手にする遊びなので、お金で快適さや安全性を買うに越したことはないが、いっぽうで苦労し、旅を工夫し、自分なりに創造することも、自然で遊ぶおもしろさのうちだと思う。

これからも快適さを求めて、必要な山道具は躊躇なく購入するだろう。それでも登山を始めた当初のような、吟味して、工夫しながら山を楽しむ精神は忘れたくないし、自然のなかで幾日もの夜を一緒に過ごしてきたモンベル3番は、いまも変わらず私の相棒そのもの。新しく取り入れた道具とともに、直しながら、これからも長く愛用し続けたいと思っている。

プロフィール

阿部 静(あべ・しずか)

編集者・ライター。1988年東京都生まれ。出版社にてアウトドア誌の制作を経て独立。登山や沢登り、渓流釣り、アイスクライミング、山スキー、魚突き、シーカヤックなど、1年を通してフィールドで遊んでいる。ライフワークは狩猟採集にまつわる取材と温泉探訪。著書に、イグルーと雪洞をつくりながら旅をしたエッセイ『雪の家』(クリーク・アンド・リバー社)がある。

私の山道具

お気に入りの山道具、初めて買った登山ギア、装備での失敗談・・・。山道具に関する四方山話を紹介します。

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