中高年登山者の運動生理学と体力不足の改善方法 ~長野県「登山Safety Book」より

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文=安藤真由子(ミウラ・ドルフィンズ)

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理論と現場のミスマッチ

毎年増加する山岳遭難。原因と対策についてはさまざまな場所で検討されているにもかかわらず、減少することはありません。2022年12月には国立登山研修所主催のサテライトセミナーが開催されました。そこで私は「登山の運動生理学~今からできる体づくりと山での実践~」という内容で講習を行ないました。具体的な内容は、「夏山シーズンのトラブルを、秋冬の間に克服するための方法を学ぶ」というものでした。

その場でアンケート集計を行ないましたが、その結果(268名)が以下の図です。トラブルに関しては、「膝痛」が最も多く、膝痛をはじめ、何らかのトラブルを感じている人も全体の7割という先行研究と同様の結果でした。そしてそのトラブルに対しての対策として、「トレーニングをしている」人が全体の約60%であった一方、「特に何もしていない」人も約30%という結果となりました(図3)。

そして来年の夏山の目標は「今年よりもレベルアップした山」、もしくは「今年と同様のレベルの山」を挙げている人が全体の約90%という結果となりました(図4)。

図3.身体的な悩みに対する対応について  (2022年 国立登山研究所 安全登山サテライトセミナー アンケート調査より)

図4.来年夏に行きたい山について (2022年 国立登山研究所 安全登山サテライトセミナー アンケート調査より)

厳しい見方かもしれませんが、登山中に身体のトラブルを感じていながらも、普段トレーニングを行なわず(もしくは、トレーニングの方法がわからないだけかもしれませんが・・・)、来年の夏は今年以上の登山を計画しているということが想像できる結果となっています。

この記事をはじめ、全国各地で行なわれている「安全登山」の講習会などで、理論をしっかり学び、ぜひ実践してください。そして本記事が、山岳遭難を減少できるきっかけになることを強く願っています。

安藤真由子(あんどうまゆこ) 
ミウラ・ドルフィンズの低酸素室にて、登山者を対象とした低酸素トレーニングプログラムの開発と提供を行なう。また、登山を安全に行なうための身体作りや、高山病対策などについて、各地で行なわれる講習会での講師も務めるとともに、知識と経験を結びつけながら山でのガイディングも行なう。登山ガイド、体育学博士、健康運動指導士、低酸素シニアトレーナー、登山医学会代議委員。2003年自転車競技(ロード)ワールドカップ日本代表。

参考文献

  • 森寿仁ほか:市民マラソンの成績を推定する上でどのような回帰式が妥当か?:年齢、体格、経験、練習量を指標として.ランニング学研究.27: 11-20, 2016.  
  • 高橋昌嗣:中高年登山者の安全登山のための体力評価-丹沢塔ノ岳での試み.登山研修.107-111,2020. 
  • 笹子悠歩ほか:低山での登山を励行する中高年登山者の体力特性.登山医学. 69: 171-180, 2020.
  • 北嶋康男ほか:スロージョギングの有効性に関する研究:低速走行と歩行の生理学的データの比較から.ランニング学研究. 25: 19-27,2014.

※本記事は、長野県が毎年春に発行している小冊子『登山Safety Book ~無事帰るまでが登山』(2024年版)に掲載されている内容を転載したものです。

「登山Safety Book」主要登山用品店などで配布中!

日本アルプスの山々に囲まれ、多くの名峰を有する長野県は日本随一の山岳県で、県内外から多くの登山者が訪れる場所だ。魅力的な山岳地がある一方で、山岳遭難事故は年々増加傾向にある。

そこで長野県では、登山情報を広く提供し安全登山を促すために、小冊子「登山Safety Book」を毎年発行して、各所に配布。このほど2024年版が完成した。

2023年の山岳遭難件数は302件と、過去最多を記録した前年を上回る状況だが、その中身を確認すると中高年層が全体の約8割を占める結果となっている。また、体調不良や疲労、体力・技術不足といった遭難が目立っている状況にある。

そこで今回の『登山Safety Book』では、特集として「中高年登山者向け読本」を掲載。その一つが、本記事で紹介している安藤真由子さん(ミウラ・ドルフィンズ)による「中高年登山者の運動生理学と体力不足の改善方法」。この特集記事以外にも、長野県警察山岳遭難救助隊の隊長、岸本俊朗さんのインタビューなど、安全登山のためになる企画を掲載している。

ほかにも、安全登山をサポートする各種情報、信州の山の魅力を紹介するガイド記事なども掲載。4月より主要登山用品店の店頭で無料で配布されているが、入手が困難という場合は、長野県警察のホームページからPDFをダウンロードして閲覧できるので、この機会にぜひ手にしたい。

⇒『登山Safety Book ~無事帰るまでが登山』のダウンロード(PDF)はこちら

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