朝日連峰のブナ林からしたたる艶かしい流れを釣った72時間【山釣りJOY・後編】
源流をめざして深山に分け入る山釣りの楽しみを紹介する雑誌『山釣りJOY』2024 vol.8から、山形県と新潟県にまたがる荒川流域の釣行記をご紹介。禁漁日前日の渓流にイワナを求めた一行は・・・。
写真=矢島慎一、文=森山伸也、釣り人=大森千歳
(前編はこちら)
不透明な脱渓に備えて、ひとり2尾を大事にいただく
奥行きのある細長い淵にゆらゆら揺れるイワナを目視できた。その手前にあった巨岩に隠れながら近づく。竿を左脇に抱えて、毛バリをたぐり寄せ、フロータントをかける。そしてキャスティング練習。風はなく、ラインはよく伸び、ハリスは替えたばかりでナチュラル。条件はいい。イワナは流心の15cmほどの深さで上流を向いて虫を待っている。食い気満々。釣れる気しかしない。いざ知恵比べ。ラインで水面を叩かず、空中で伸ばし切ってから、毛バリとラインを同時に落とすイメージで。鼻面1m先、狙いどおりの流心に毛バリがポトンと落ちた。フレッシュな10号の黒いイワイイワナだ。イワナと毛バリとの間隔が50cm、40cmと狭まる。すると、イワナが浮き上がった。そのまま水面へ口を浮上させ、と思いきや身をくねらせ、見切った。「食べたいのはコレじゃないんだよねー」と同じポジションへ戻る。その後、3回頭の上を流してみたが、近くへ見にくるだけで食べない。知恵比べの軍配はイワナに上がった。
後ろから追いついた矢島さんの竿には、エルクヘアカディスが結ばれていた。
「おれの毛バリには反応しないから、矢島さんの毛バリ流してみてよ。ほら、あそこ」
立ち位置を交代して矢島さんが竿を振る。さっきとほぼ同じところに毛バリが落ちた。きた、浮いてきた。ここまでは一緒だ。口を開けた。食べた! イワナは、白い羽虫腹だったのだ。
計4回同じラインに、同じエサを流してもイワナは、人間のあやしい存在を感じなかった。4回目とも迷いのないアプローチで寄ってきた。わずか1分という時間の中で、同じエサが4回も流れてきたら、さすがにおかしいぞ?と感じるのが自然だ。記憶力がないのか? 時間軸がないのか? イワナの性質をうかがえる貴重な体験だった。
寝袋から這いずり出て、朝露に濡れないようタープの下に置いておいた小枝を熾に置いて、息を長く送る。煙がブナの枝葉をかすめて青空へと上っていった。焚き火缶に残ったご飯をあたため、枝沢で汲んできた水で朝飯用のあら汁をこしらえる。おかずはイワナの焼きがらし。沢の音と薪がはぜる音を聞きながら言葉少なに食べる。神聖ともいえる朝に会話は必要ない。
今日は9月30日。禁漁前日だ。日帰りの釣り人がこんな山奥までやってくることはないだろう。のんびり準備をはじめ、太陽が沢へ差し込み、濡れた沢靴やパンツをはくのが躊躇なくなるくらい気温が上がったころ、ようやく腰を上げた。水筒に汲んだ沢水を焚き火に何度かかけて消火を確認し、灰は地中に埋めた。「立つ鳥跡を濁さず」が、水場で遊ぶ釣り人の掟である。
昨夕、空身で釣り上がったポイントは、翌朝、大抵反応がよくないものだが、釣れる、釣れる。水に浸かりながら県境をまたぐと、イワナが青くなった気がしたが、気のせいだろうか。早々に、右岸から流れ込む枝沢の横に荷を解き、空身になった。
ビクに夕飯のイワナが収まったころ、牛股沢は東股沢と五郎三郎沢に水を分けた。水量は9対1といったところか。誰もが明るく水量豊富な東股沢へ入りたい。ジャンケンだ。勝った千歳が東股沢へ。負けた僕が五郎三郎沢へ。
16時になったらここに集合と約束をして、ひとり五郎三郎沢へ入渓。これまでとは打って変わって、大きな岩が沢に高低差を与えている。水量が少ないので狙いは、落ち込み一本である。目線の高さにある畳一畳分の水面、巻き返しに毛バリを落とす。フレッシュな羽虫を模すべく、たっぷりとフロータントを施したドライフライ。フワッと水面に浮いて、水中の見えない対流にゆらゆら翻弄されて、命が吹き込まれているようだ。泡や枯れ葉に混じって、ぐるぐる回りはじめた。竿を立て、しばらく、泳がせる。この2日間にはなかった“待つ”釣りだ。3周したころ、ピチャッと水面が弾けて、竿がしなった。これまで見かけなかった、小さなイワナだった。傷つけないよう水からあげずに、速やかにハリを外し、落ち込みへと戻した。
すぐに水が切れ、踵を返すことになったが、同じ流れでも沢筋を変えるだけでまた違った視点とアクションが生まれるという山釣りの奥深さを教えられたひとときだった。
山釣りの世界へ
源流域に生息するイワナとの出合いを求めて、釣り竿を手に谷を遡行し、沢音を聞きながら眠る。登山とは異なる角度から山を楽しむ山釣りの世界をご紹介します。
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