上高地でも見かける、ササの葉の謎の穴の配列。その正体は「ホソハマキモドキ」の食痕だった!
文・写真=昆野安彦
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日本の山を歩いていて出会う不思議なものの一つに、ササの葉にあけられた小さな穴の配列がある。ミシン目のように規則正しく並んだ穴の列を前にすると、誰もがこれは何だろうと思うに違いない。私もその一人だ。
上高地でもこの不思議な穴の開いたシナノザサの葉をよく見かける。私はこの不思議な現象に興味を持ち、上高地を歩くときはいつも真相解明を心がけてきた。その結果、ある生きものが、この不思議な穴の生成に深く関わっていることを突き止めることができた。以下、その経緯について紹介する。
外部から開けたのだろうか、それとも内部から開けたのだろうか
ササの葉の不思議な穴の配列のパターンを見ると、穴ができたのがササの葉が展開する前の細い筒状の状態(未展開葉)の時に開けられたことが想像つく。次の問題は外部から開けたのか、それとも内部から開けたかだが、当初、私は外部から開けたのではと思い、ひたすら、ササの未展開の葉につく生きものを探していた。その結果、たくさんの種類の昆虫が見つかったが、実際にそれらしい穴を開けている現場に遭遇したことは一度もなかった。
筒状の葉から粉が出ているのを見つける
そうしたこともあり、もしかすると内部から開けているのではと思い始めていたある日のこと、いつものようにササ原を眺めていると、1本の未展開葉の真ん中あたりに「粉」があるのを発見した。よく見てみると、その粉は小さな穴から出ていた。
「この粉は、きっと内部に潜む虫が出している糞に違いない」
植物の茎に潜む昆虫が外部に糞を排出することはよくあることで、その粉の色や形状はササを食べた昆虫の糞にまず間違いなかった。
筒状のササの葉をそっと開いてみた
私は筒状の葉をつまむと、慎重に葉を展開してみた。すると、その穴の配列は私がいつも不思議に思っていたミシン目の形状そのもので、この糞を出した生きものが長年探し求めていた「正体」に違いなかった。
展開した葉をさらに詳しく調べると、葉の端の小さな穴のそばに7ミリほどの長さの幼虫がいるのが見つかった。蛾の幼虫だ。きっと、これが探し求めていた正体に違いない。
この1例だけでは心もとないので、ほかにも糞のある未展開葉がないかと探してみると、近くから幾つかが見つかった。また、少し離れた場所からもいくつかが見つかった。そしてそれぞれを開いてみると、そのすべてからこの幼虫が見つかった。
小さな穴の配列を作る生きものは、内部に潜む蛾の幼虫だった
もうここまでくると、この幼虫が長い間探し求めていた正体の真相であることは間違いない。ササの葉の不思議な穴の配列は、筒状の葉の内部に潜む小さな蛾の幼虫が葉を食べた痕であり、その穴から糞を排出していたというわけだ。
この幼虫について『原色日本蛾類幼虫図鑑(下)』(保育社、1969年刊)で調べたところ、その形態からホソハマキモドキガ科の1種の蛾の幼虫であると判断した。
成虫の発見(ナミホソハマキモドキとシロオビホソハマキモドキ)
次に取り組んだのは、まだ見ぬ成虫の発見だった。上高地では6月頃になると、シナノザサの新しい未展開葉がササ原に目立つようになるが、私は産卵のためにホソハマキモドキガ科の成虫がササ原に集まるに違いないと考えた。
そこで探索を始めたわけだが、広大なササ原のなかからその小さな成虫を見つけるのは、昆虫の探索に慣れている私でも簡単ではなく、未発見のまま月日が流れた。しかし、「念ずれば通ず」という言葉通り、ある年の6月、ついにその成虫に巡り合うことができた。それはナミホソハマキモドキとシロオビホソハマキモドキという名前の、ホソハマキモドキガ科の2種の蛾であった。
両種とも体長7ミリほどの小さな蛾で、少しでも目をそらすと、もう二度と見つからなかったが、慣れてくると、日中の明るいササ原のあちこちで活発に飛び回っている姿に気づくことができるようになった。
ついに見つけた! シロオビホソハマキモドキの産卵行動
6月の上高地のササ原で飛び回っている小さな蛾はこの2種だけだったので、両種、またはどちらかの幼虫が謎の穴の配列を作る正体に違いなかった。しかし、さらにこのことを確実に立証するためには、実際にササに産卵する瞬間を記録することが必要だ。
そこで私は目を皿のようにして成虫の行動を観察したわけだが、とにかく小さな蛾なので、見失わないように産卵に至るまでの行動を目で追い続けることは、さすがの私でも容易ではなかった。しかし、「明日は仙台に帰る」というある日の午後、ついにシロオビホソハマキモドキの産卵行動を目にすることができた。それが、ここに掲げた写真だ。
一般に蛾の産卵管は腹部の先端にあるが、この写真でも成虫が腹部を曲げてササの節の部分に産卵管を差し込んでいる様子がお分かりいただけると思う。
なお、写真は撮れなかったが、ナミホソハマキモドキも同様の行動をしていたので、ナミホソハマキモドキの幼虫もササの不思議な穴の配列の形成に関与していると考えられた。
小さな穴の配列のほとんどが1枚の葉に1列しかない理由とは?
以上をまとめると、私が考えるササの葉の謎の穴の配列ができるストーリーは次のようなものだ。
- ①ササに産み付けられた卵から孵化した幼虫は、筒状の葉の内部に潜り込み、そこで展開前の葉を食べて成長する。
- ②葉を食べると当然糞が出るが、自身の生存環境悪化を招く糞を外部に捨てるため、外部に通じる穴を作る。
- ③幼虫は大きくなると糞の量も増えるが、この量の増えた糞の外部への排出を容易にするため、適宜、穴を大きくする。
- ④その結果、最終的にササの葉が展開したとき、ミシン目のような不思議な穴の配列が出来上がる、というものだ。
ところで、多くの場合、ササの葉の穴の配列は1枚の葉に1列しかないが、それはなぜだろう。その理由としては、筒状の葉にいる幼虫が1個体だけだからだろうと思う。
限られた餌資源をめぐる幼虫同士の争いを避けるため、雌成虫が産卵数をコントロールすることは昆虫の世界ではよくあることで、この蛾の場合も筒状の葉1枚あたり、卵を1個しか産まないのが基本だと思われる。
稀に1枚の葉に複数の穴の配列があることがあるが、その原因は何らかの理由で同じ幼虫が複数の穴を開けた結果だろうと考えている。その証拠になるかどうかは分からないが、今まで1枚の筒状の葉の中に複数の幼虫がいるのは見たことがない。
*
以上、私が上高地で観察したササの葉の不思議な穴の配列ができる仕組みについて紹介した。読者の皆さんのなかにも、「私も不思議に思っていました!」という方が多いと思うが、「ああ、そういうことだったのか!」と思っていただければ幸いだ。
なお、ホソハマキモドキという奇妙な名前の由来について解説すると、似たような小さな蛾の仲間に「ハマキガ科」があり、このハマキガ科の蛾の形態に少し似た細い姿から「ホソハマキモドキ」という名前が付けられている。ちなみにハマキを漢字で書くと「葉巻」で、これはハマキガ科の幼虫が樹木などの葉を巻いて巣を作る性質に由来している。
最後になるが、今回の記事の中の幼虫の調査は、環境省(環中部許第133号)と文化庁(12委庁財第4の330号)の許可を得て行なったことと、成虫の同定には『日本産蛾類大図鑑』(講談社、1982年刊)を使用したことを付記する。
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|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社(2022年刊) |
| 価格 | 1,980円(税込) |
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プロフィール
昆野安彦(こんの・やすひこ)
フリーナチュラリスト。東京大学農学部卒(農業生物学科)、東北大学農学部名誉教授。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある
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