二度の不思議体験|繰り返される恐怖の〝こんにちは〞、高尾山の天狗
2024年6月に山と溪谷オンラインで実施した「山の心霊体験・不思議な体験に関するアンケート」では100件を超える回答があった。そのなかでも特に怖かった心霊体験について、「登山×心霊」をテーマに執筆活動を行なうライターの成瀬魚交(なるせ・うこう)さんが、追加取材のうえ実話怪談としてリライトした。都内在住のMさんはたびたび不思議な体験に遭うようで・・・。
文=成瀬魚交、写真=山と溪谷オンライン
楽しい一夜を過ごしていたが・・・
「河童橋(かっぱばし)の近くだったと思います。外灯もない真っ暗闇のなかで、友人と川の音だけを聞きながらお酒を飲んでおりましたら・・・聞こえてきたんです」
月に一度ほどは山を訪れるという、50代のMさんという女性が30年ほど前に体験した出来事である。
その日、Mさんは東京から夜行バスに揺られて上高地を訪れていた。登山未経験者の友人との旅行だったこともあり、1日目は軽いハイキング程度だ。バスターミナルを出発して大正池(たいしょういけ)、ウェストン碑を回る。午後は明神池(みょうじんいけ)のほうを散策し、雄大な大自然を堪能した。
夕方、明神池から戻るとあらかじめ予約していた宿へ行った。梓川(あずさがわ)の近くに立つホテルである。ここで1泊し、翌朝にのんびり帰る予定だ。
夕食を取り、ひと息ついた夜の10時ごろ。ふたりはこっそりと散歩に出かけた。正面玄関は施錠されていたので非常口からそっと抜け出すように外へ出る。
夜の澄んだ空気のなか、河童橋の近くにある遊歩道を通って河原に下りる。
まだ若い20代の2人である。川に入ってはしゃいだり、川の水でウイスキーの水割りをつくって飲んだり、山の夜を大いに楽しんだ。
はしゃぎ疲れたあとは、お酒をちびちびと口にしながら、真っ暗な河原で友人と話す。当時は外灯も少なく、あたりは漆黒の闇。川の流れる音が響きわたっているばかりだ。
昼間であれば穂高連峰や焼岳などが望め、多くの登山者でにぎわうこの場所だが、とっぷりと日が暮れたいまはとても静かだ。眺望を楽しむだけではなく、こんなゆっくりした夜の時間もまた登山の醍醐味である。
小一時間ほどが経ち、それなりに酔いが回ってきたとき。
「ザッ、ザッっていう足音が、遠くから聞こえてきたんです」
夜間登山をしてきた人だろうか。ずいぶんと遅い時間に下山してくるものだ。
足音は1人分しか聞こえない。どうやらソロの登山者なのだろう。
音だけが徐々に近づいてくるが、向こうの姿は暗闇に沈んで見えない。
ザッ、ザッというリズミカルな足音が、ちょうどMさんたちの後ろを通り過ぎる。
「こんにちは!」
そう声をかけられた。
プロフィール
成瀬魚交(なるせ・うこう)
1990年生まれ。東海大学探検会OB。学生時代はスリランカ密林遺跡踏査、秋田県民間信仰調査などの活動を行なった。現在は編集者・ライターとして各地の渓谷や不思議スポットを訪れたり、聞き書きなどで実話怪談を手がける。
登山者たちの怪異体験
太古の時代から、山は人ならざるものが息づく異界だった。そうした空間へ踏み込んでいく登山では、ときとして不可思議な体験をすることがある。そんな怪異体験を紹介しよう。
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