ベシャ、ベチャ・・・魔の山・谷川岳をさまよう謎の足音とは
2024年6月に山と溪谷オンラインで実施した「山の心霊体験・不思議な体験に関するアンケート」では100件を超える回答があった。そのなかでも特に怖かった心霊体験について、「登山×心霊」をテーマに執筆活動を行なうライターの成瀬魚交(なるせ・うこう)さんが、追加取材のうえ実話怪談としてリライトした。今回は、都内在住Tさんの谷川岳(たにがわだけ)での体験談。“世界で最も多くの人が死んでいる山”で突然聞こえてきた音とは。
文=成瀬魚交、写真=山と溪谷オンライン編集部
谷川岳登攀の前夜
50代の男性で、都内で医療施設に勤めているTさんはある晩、谷川岳の麓に立つとある建物を訪れていた。梅雨真っ只中の6月下旬のことである。
「翌日の早朝から、私が所属している山岳会の仲間たちと一緒に一ノ倉(いちのくら)沢の岩壁を登る予定で、前泊するもう一人の仲間と一緒に、夜のうちから現地入りしていたんです」
この建物は宿泊施設ではないが、登山者向けに休憩室が開放されている。板張りのわずか数畳分のスペースだが、野営しなくてもよいというだけで、今夜のような雨模様の日には充分にありがたい。
「明日、一ノ倉に入るので休ませてもらいたいのですが――と、事務室に1人いた職員さんに申し出ると“ああ、事前の登山届提出と許可がされている○○山岳会の方ですね、大丈夫ですよ。ゆっくり休んでください”なんて感じで迎え入れてくれました」
明日は早朝4時に到着する仲間たちと合流して出発する予定だ。2人は軽く缶ビールなどを口にしながらも、翌日の早出を考え寝支度を進めていいた。
すると20時ごろ、職員から声をかけられた。
「今夜は当直せず帰宅します。事務室は戸締りしていきます。それから、こんな天候なので、明日は充分に気をつけてくださいね。少し前にも死亡事故があったばかりですし・・・」
唐突に発せられた死亡という不穏な言葉に、思わず身が硬くなった。
「考えてみると、そういえば来る前にネットで情報収集していたら、衝立(ついたて)岩の少し難しめのルートで事故があったっていう情報があったなあ・・・と」
戸惑いつつ仲間と顔を見合わせるも、職員はそそくさと外に出て降りていった。
「死亡事故か、やべえなぁと思いましたが・・・まあ、私たちが行くのは衝立岩登攀の入門と言える三級ルートだし、そこまで深刻視しませんでした。雨が止んでくれないかなー、なんて軽い感じで2人で話していましたね」
残りのビールを口にして、空になった頃合で2人は薄いシュラフに入る。
休憩室が面しているホールは、夜でも蛍光灯が点灯したままであり完全な暗闇ではない。眠るにはまぶしいのだが、シュラフをかぶると暑い。
「結局、すぐには寝つくことができなくって、まだおしゃべりを続けました。昔の山行など、さまざま語り合っているうちに山岳会にいたユニークな先輩を思い出し、口調や仕草を真似たりしていたら、2人ともツボにはまっちゃって・・・」
Tさんたちはついゲラゲラと声をあげて笑った。そのとき――
プロフィール
成瀬魚交(なるせ・うこう)
1990年生まれ。東海大学探検会OB。学生時代はスリランカ密林遺跡踏査、秋田県民間信仰調査などの活動を行なった。現在は編集者・ライターとして各地の渓谷や不思議スポットを訪れたり、聞き書きなどで実話怪談を手がける。
登山者たちの怪異体験
太古の時代から、山は人ならざるものが息づく異界だった。そうした空間へ踏み込んでいく登山では、ときとして不可思議な体験をすることがある。そんな怪異体験を紹介しよう。
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