二度の不思議体験|繰り返される恐怖の〝こんにちは〞、高尾山の天狗
暗闇から聞こえる“おかしな”声
「声の感じから、若い男の人のようでした。私たちも反射的に、こんにちは! って返事をして、こんな時間に下山したんだねー、大変だねーなんて言い合っていました」
過ぎ去っていく足音を聞きながら友人と会話を続けていると。
――ザッ、ザッ
「また、足音が聞こえてきたんです。さっきの人が帰ってきた? 何か用があるのかな、なんて思ったのですが・・・」
しかし、すぐに違うことに気がついた。
足音は、最初に男性が近づいてきた方向から聞こえているのだ。
もう1人いたということか。途中でパーティが前後に分かれてしまったのだろうか。夜間では道迷いの危険も増すと思うのだが、もしかしたら熟練者のパーティなのかもしれない。
先ほどと同じように、ザッ、ザッというリズミカルな足音がMさんたちの後ろを通り過ぎる。すると――
「こんにちは!」
再度、声をかけられた。
「一瞬、固まってしまいました。さっきの〝こんにちは!〞と、まったく同じ声だったんです。若い男の人の声で。え? なんで? って頭が混乱しました」
暗闇で隣の友人の顔は見えないが、きっと同じように思っていたに違いない。
――ザッ、ザッ
すると、また同じ方向から足音が聞こえてきた。
嫌な汗が背中を伝う。
「これはなんだかおかしいな、と身構えました。隣に座っている友人が、ちょっと強張っているのが気配でわかりました」
ザッ、ザッと近づいている足音が、ふたりの後ろを通り過ぎる。
「こんにちは!」
またもや、まったく同じ声だった。
「もう死ぬほど怖くってたまらなかったです。いますぐにでも逃げだしたかったんですけど、もし悲鳴なんかあげたら、パニックになってしまうと思いました」
そこでMさんたちは音を立てないよう、ゆっくりと数十秒かけて立ち上がった。
「そこからさらに、ゆーっくり歩いて宿に戻ったんです。それで、部屋に入った途端にふたりして叫んでしまいました」
あのとき、ループするように現われた男の人がどんな存在だったのか、Mさんはいまだにわからないのだという。
プロフィール
成瀬魚交(なるせ・うこう)
1990年生まれ。東海大学探検会OB。学生時代はスリランカ密林遺跡踏査、秋田県民間信仰調査などの活動を行なった。現在は編集者・ライターとして各地の渓谷や不思議スポットを訪れたり、聞き書きなどで実話怪談を手がける。
登山者たちの怪異体験
太古の時代から、山は人ならざるものが息づく異界だった。そうした空間へ踏み込んでいく登山では、ときとして不可思議な体験をすることがある。そんな怪異体験を紹介しよう。
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