二度の不思議体験|繰り返される恐怖の〝こんにちは〞、高尾山の天狗

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高尾山で見た不思議な人影

さらにMさんに話をうかがっていくと、ほかにも不思議な体験をしていることもわかった。

「35年も前の、高尾山での話です。当時は今ほど人気がなく、昼間でもガラガラだったのを覚えています」

東京都民の憩いの山・高尾山。アクセスのよさから、いまでは多くの登山客でにぎわう観光地だ。訪れる人もまばらだった当時、ここでも奇妙な体験をしたという。

「うっすらと空が白み始めたころに山へ入りました。どの道を歩いたのかは記憶にないのですが、行者小屋のようなものや、滝行をする滝を横目で見つつ歩きました」

夜通し車を走らせて車内で仮眠をしたあと、Mさんは日の出前に高尾山を登り始めた。薄ぼんやりとした闇が徐々に明るさを帯びていく、朝4時過ぎくらいのことだ。

「歩いていましたら、なにか気配のようなものを感じて・・・。その方角へ目をやると、見えたのです」

高い木の上に人がいた。

人はまっすぐ水平に伸びた太い枝に立っていて、こちらを見ている。

都会に近い高尾山とはいえ、日の出前である。しかも日中も人の気配がまばらなこの山に、薄暗い早朝から木登りをする人がいるだろうか。

「逆光で顔はよく見えなかったのですが、姿・形は修験者そのものでした。ですが、そのときは睡眠不足だったこともあってか、さすが高尾山だなぁ、天狗がいるなんて――と、のんきに思っただけでした」

高尾山といえば天狗である。天狗は高尾山薬王院(やくおういん)に祀られている飯縄大権現(いづなだいごんげん)の眷属(けんぞく)であることから、伝説や信仰の対象として崇められており、境内には修験者の格好をした天狗像もある。

「帰宅後、家族に天狗がいたよと言っても、誰も信じてくれませんでした。不思議と怖くはなかったです」

Mさんが目撃したのは、本物の天狗だったのか。それとも修験者か。

高尾山の修験道では、早朝に木登りするような修行がおこなわれているのだろうか。

もし精通している方がいたらお教え願いたい。そうでなければ、薄暗い山中で人知れず天狗が木々を跳梁している――そんなイメージが拭えず、知った山でも恐ろしい〝異界〞に思えてきてしまうのだ。

山の心霊体験・不思議な体験に関するアンケート

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プロフィール

成瀬魚交(なるせ・うこう)

1990年生まれ。東海大学探検会OB。学生時代はスリランカ密林遺跡踏査、秋田県民間信仰調査などの活動を行なった。現在は編集者・ライターとして各地の渓谷や不思議スポットを訪れたり、聞き書きなどで実話怪談を手がける。

登山者たちの怪異体験

太古の時代から、山は人ならざるものが息づく異界だった。そうした空間へ踏み込んでいく登山では、ときとして不可思議な体験をすることがある。そんな怪異体験を紹介しよう。

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