「なにかがおかしい・・・」。単独行中に突如訪れた“無音地帯”の怪奇

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明らかに“境界線”があった

「たぶん20mくらい戻りました。もし急な登りだったら戻ったりしなかったと思いますけど、平坦だったので」

ゆっくりと引き返してみると、突然また風やヘリの音が聞こえだした。木々も揺れていて空気が動いている感じがする。

「ここだ! と思う境界線を発見したんです。少しだけ前に進んでみたら、また音が聞こえなくなりました。で、もう一度戻ってみると聞こえる。本当に境界線がある感じでした」

思わぬ発見に興味が湧いたNさんは“境界線”の上で立ち止まってみた。

体の正面を左側へ向け、半身ずつをそれぞれの領域に入れてみる。

左は風もあり、木々も揺れていて、ヘリの音も聞こえる。

しかし、右はまったく音もなく、空気が静止している。

「何度か左右に1mずつくらいひょこひょこと体を動かして、左右の違いを楽しんでました。そのときは不思議さや興味深さが勝っていて、おおーおもしろい! という感じで、特に恐怖とかはなかったです」

数分の間“境界線”を満喫したが、ずっとここにいるわけにもいかない。予定通りのコースで下山するため、Nさんはふたたび前進し、無音の空間へ突入していった。

「特に意識もせずにスタスタ歩き始めて、気がついたら普通に音がある状態になっていました。無音だった時間はそんなに長くなかったと思います。せいぜい2~3分くらい」

Nさんはその後、特に何事もなく予定通りのコースを下山して帰路についた。

後日、ネットにこのときの体験を書きこむと、山仲間から「鬼のいたずらじゃない?」とコメントがあった。

九鬼山はその名前にもある通り、鬼が関係している場所らしい。諸説あるが、大月市の百蔵山(ももくらやま)で生まれた桃太郎が鬼退治をして、9匹の鬼がこの山に逃げ込んだことが名前の由来だともいわれている。

無音の場所は、鬼が棲む異空間への入り口だったのか。その場所にずっと留まっていたとしたら、どんな目に遭っていただろうか。

もし山で急に静かな場所に出くわしたら、そこは異形の棲み処かもしれない。長くいることは、あまりおすすめしない。

山の心霊体験・不思議な体験に関するアンケート

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プロフィール

成瀬魚交(なるせ・うこう)

1990年生まれ。東海大学探検会OB。学生時代はスリランカ密林遺跡踏査、秋田県民間信仰調査などの活動を行なった。現在は編集者・ライターとして各地の渓谷や不思議スポットを訪れたり、聞き書きなどで実話怪談を手がける。

登山者たちの怪異体験

太古の時代から、山は人ならざるものが息づく異界だった。そうした空間へ踏み込んでいく登山では、ときとして不可思議な体験をすることがある。そんな怪異体験を紹介しよう。

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