何だろうこれは? 北アルプス・上高地で見つけたキノコの素性を調べてみた

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梓川の岸辺に河畔林が広がる上高地には、遊歩道沿いの倒木などでキノコを見る機会が多い。私は折に触れて上高地のキノコを調べてきたが、今回の記事では、私がこれまでに撮影してきたキノコが何という種類か、同定してみた結果を紹介する。なお、「同定」という言葉は科学用語のひとつで、生物の分類学上の位置(所属)を正しく決めることである。この同定に際しては、科や属レベルでの位置が分かっても種名までは決められないことが多々ある。そうした場合、無理に種名を決めるのではなく、「〇〇科の1種」や「〇〇属の1種」とすることも、正しい同定結果とされている。

文・写真=昆野安彦

目次

ヤマケイのキノコの本

今回の記事の上高地のキノコの同定にあたっては、山と渓谷社から出ている『くらべて分かる きのこ(原寸大)』を使用してみた。この本は日本で見られるおもなキノコ約440種を原寸大で紹介した写真図鑑で、似ている種に関しては、識別点がわかりやすく解説してある。

野山で見かけたキノコが何という種類か、自分で調べてみようと思う方には、この本はとても参考になるだろう。なお、上高地ではキノコの採取ができないので正しい同定には限界があり、「~と思われる」とした種類があることをお断りしておく。では、以下に私が写した上高地のキノコを紹介してみよう。

ハナビラタケ(ハナビラタケ科)

小梨平キャンプ場の遊歩道で見つけた、子供用のサッカーボールほどもある大きな球状のキノコ。私は自分でピザ生地を作るが、イースト菌を加えて発酵させた小麦粉の丸くまとまった姿にそっくりで、見つけたとき、すぐにピザ生地のことが思い浮かんだ。

ハナビラタケ(ハナビラタケ科)
何だろうこれは? 蒸しパン、それともピザ生地!?(6月下旬、小梨平)

それにしても変わった形のキノコだ。周囲の環境もいれて撮っておいたが、調べてみるとハナビラタケであった。

ハナビラタケ(ハナビラタケ科)
調べてみるとハナビラタケ科のハナビラタケだった(6月下旬、小梨平)。前の写真の拡大写真だが、柔らかそうなその表面を、思わず触ってみたくなった

キイロスッポンタケ(スッポンタケ科)

小梨平近くの遊歩道で見つけた独特な形をしたキノコ。名前は傘の形がカメ目のスッポンの頭に似ていることに由来する。

ハルニレと思われる倒木に生えていたが、その美しい黄色の傘が森の中ではとても目立ち、童話の世界に迷い込んだような、不思議な光景であった。上高地では少ないキノコのようで、私はこの一度しか見たことがない。

キイロスッポンタケ
上高地のキイロスッポンタケ(6月下旬、明神)。苔むした倒木の上で、一種独特な雰囲気を醸し出していた

ホコリタケ(ハラタケ科)

徳沢付近の遊歩道で見つけたキノコ。成熟すると球形の頂部の黒い部分に孔が開き、そこから胞子が出る。その胞子が埃のように飛ぶ様子からホコリタケという名前がつけられた。

ホコリタケ
上高地のホコリタケ(6月下旬、徳沢)。玩具をばらまいたようにも見える。キツネノチャブクロという別名がある

上高地以外でもよく見られるキノコなので、実際に触ってみたことがあるが、たしかに埃のような胞子が頂部の穴から噴き出す様子がとても面白かったことを覚えている。

ラッシタケ科と思われるキノコ

徳沢付近の遊歩道の倒木上で見つけたキノコ。とても小さなキノコだが、コケの中から伸びている姿が、まるで森の妖精のようにも見えて楽しい。

写真のような小さなキノコは倒木上などでよく見かけるが、似たような種類が多く、正しい同定は思いのほか難しい。私はラッシタケ科のベニカノアシタケではないかと考えたが、もしベニカノアシタケなら、その名前の由来は「紅蚊脚茸」で、蚊の脚のように細くて紅いキノコという意味だそうだ。

ラッシタケ科と思われるキノコ
薄茶色の傘をもつ上高地のラッシタケ科と思われるキノコ(6月下旬、徳沢)。とても小さなキノコで、傘の直径は1cm未満だ

タマチョレイタケ目のキノコ

徳沢付近の遊歩道の切り株で見つけたキノコ。おそらく、ツガサルノコシカケの幼菌と思われるが、幼菌での正しい同定は難しいので、ここではタマチョレイタケ目の1種にとどめておく。なお、タマチョレイタケは漢字で書くと「玉猪苓茸」で、猪苓とはイノシシの糞のことだそうだ。

この仲間のキノコは大きくなると、サルが腰かけられそうに見えることが「サルノコシカケ」の名前の由来だ。上高地にはサルが多いが、仔ザルが実際に腰かけているところを見たことがある。きっと先人はその様子から「猿の腰掛」と名付けたのだろう。

タマチョレイタケ目のキノコ
上高地のタマチョレイタケ目のキノコ(6月下旬、徳沢)。傘が開く前の幼菌と思われるが、上品な和菓子のような趣がある

ハナビラダクリオキン(アカキクラゲ科)

徳沢付近の遊歩道の朽ちた切り株で見つけたキノコ。不定形のゼラチンのような黄色の子実体が、花びらのように集まっている。名前の意味は「花びらダクリオ菌」で、ダクリオというのはこのキノコの学名(Dacrymyces chrysospermus)の属名に由来していると思われる。

ちなみに本種が属すアカキクラゲ科の「キクラゲ」は漢字で書くと「木耳」。姿が人の耳に似ていて、食感がクラゲのようなことに由来するそうだ。

ハナビラダクリオキン
上高地のハナビラダクリオキン(6月下旬、徳沢)。黄色いお菓子のゼリーのような、ちょっと変わった姿のキノコだ

モエギタケ科のキノコ

徳沢付近の遊歩道のハルニレの樹幹で見つけたキノコ。スギタケではないかと思うが、スギタケにはよく似た種類が多く、他種の可能性もあることから、モエギタケ科の1種とした。

上高地では樹幹や切り株でよく見かけるキノコだが、たいてい、写真のように複数がまとまって生えている。とても見つけやすいので、遊歩道を歩くときは注意するとよいだろう。

モエギタケ科のキノコ
上高地のモエギタケ科のキノコ(6月下旬、徳沢)。上高地では多いキノコで、灰色の樹幹に生えていると、その茶白色の色合いがとても目立つ

ベニタケ科のキノコ

ホコリタケを見つけた徳沢の同じ場所に生えていたベニタケ科のキノコ。ドクベニタケに似ているが、この仲間には、チシオハツ、シュイロハツ、ニシキタケ、ヒナベニタケ、コベニタケなどの似た種類が多く、写真だけでは正確な同定ができなかった。

傘の赤い色と柄の白い色がとても美しいキノコで、今回紹介した11種のなかでは、一番、一般の方がイメージする「キノコ」に近い形のキノコだと思う。

ベニタケ科のキノコ
上高地のベニタケ科のキノコ(6月下旬、徳沢)。赤い傘と白い柄の姿は、ディズニー映画に出てきそうな雰囲気がある

イヌセンボンタケ(ナヨタケ科)

徳沢付近の遊歩道の切り株で見つけたキノコ。多数が群生しており、一見すると白い粒々の液体が切り株から滲み出ているようにも見えて面白い。

名前のイヌはあまり利用価値のない植物の名前によく使われる言葉で、同様の例は、たとえば、「イヌガラシ」や山椒によく似た「イヌザンショウ」がある。イヌセンボンタケの場合、可食のキノコではあるが、食用価値が少ないことから「イヌ」が付けられているようだ。なお、センボンタケの名前は多数が群生する様子からで、漢字で書くと千本茸になる。

イヌセンボンタケ
上高地のイヌセンボンタケ(6月下旬、徳沢)。一見すると、切り株から白い液体が染み出ているようにも見える

イグチ科のキノコ

小梨平キャンプ場のカラマツ林に生えていたキノコ。イグチ科のキノコは、傘の裏面が通常のキノコのようなひだ状ではなく、管孔と呼ばれる微細なチューブ状のスポンジのような構造となり、この写真の個体にもその特徴が表れている。

この個体はハナイグチ、またはヌメリイグチの可能性が高いが、イグチ科には互いによく似た種類が多いので、ここではイグチ科の1種とした。

ハナイグチをはじめ、イグチ科のキノコには食用になるものが多い。秋田県に住んでいたとき、近くの山にハナイグチの群生地があり、その傘が開く頃になると、よく採取して食べたのは、秋田にいたときの懐かしい思い出になっている。

イグチ科のキノコ
上高地のイグチ科のキノコ(9月上旬、小梨平)。キャンプ場の中のカラマツ林に生えていたが、このまま大きくしたら雨宿りスポットに使えそうだ

タマゴタケ(テングタケ科)

河童橋近くの梓川右岸の林道で見つけたキノコ。橙赤色の傘の色がとても特徴的で、遠目からもすぐにタマゴタケと分かった。タマゴタケの名前の由来は、幼菌のときに白い卵のような形の外皮膜(つぼ)に包まれているからだが、写真の幼菌では、この外皮膜はすでに消失している。

シロタマゴテングタケやドクツルタケなど、猛毒の種類が多いテングタケ科だが、本種は美味な食用キノコとして知られている。

タマゴタケ
ウラジロモミの樹下に生えていた上高地のタマゴタケ(7月中旬、岳沢登山口)。かなり大きく、高さは15cmほどある。左のタマゴタケは傘が開く前の幼菌だ

以上、私が観察した上高地のキノコ11種類を紹介した。なお、『上高地自然ハンドブック』(自由国民社、1997年改訂新版)には、上高地のキノコとして15種類が紹介されている。参考のために書いてみると、ハナビラタケ、ヌメリスギタケモドキ、エノキタケ、カワラタケ、チャカイガラタケ、ツガサルノコシカケ、カバノアナタケ、カンバタケ、ナラタケ、チャナメツムタケ、キツネノチャブクロ(別名ホコリタケ)、ツチスギタケ、ハナイグチ、ベニテングタケ、そしてマツタケだ。

温暖化などの影響で上高地のキノコの種類も徐々に変化している可能性がある。おそらく、『上高地自然ハンドブック』が刊行された当時に比べれば、上高地のキノコ相も変化しているのではないだろうか。

皆さんのなかにもキノコに関心のある方が多いと思うが、上高地を歩く機会があれば、今回の記事のことも思い浮かべながらキノコの観察していただければと思っている。

私のおすすめ図書

くらべてわかる きのこ(原寸大)

くらべてわかる きのこ(原寸大)

この本は日本のキノコ約440種について、原寸大の美しい生態写真を用いたキノコ図鑑です。似ている種については識別のポイントが的確に示されているので、キノコ初心者にも分かりやすい内容になっています。キノコ採りでは毒キノコを判別することがとても重要ですが、初心者の方は、まずはこの本を参考に毒キノコから覚えると良いでしょう。コラム記事の「丸いきのこ」、「冬虫夏草」、「サンゴ形のきのこ」もとても参考になりました。

著者 大作晃一(写真)、吹春俊光(監修)
発行 山と溪谷社(2015年刊)
価格 1,980円(税込)
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プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。東京大学農学部卒(農業生物学科)、東北大学農学部名誉教授。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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