『大雪山、五つの色』。高山蝶のウスバキチョウを題材にした、神話のようなストーリー
ずいぶん前のことだが、ある年の6月、雨のために白雲岳避難小屋で停滞しているとき、私は冷たい小屋の中でひとり、大雪山の地図に見入っていた。ほかにすることがなかったからだが、私は地図に書かれた小屋周辺の山を一つずつ目で追っていた。
文・写真=昆野安彦
目次
山名に色がつく大雪山の山を四つ見つける
「赤岳、黒岳、白雲岳、緑岳・・・」
そのとき、小さな衝撃が走った。これらの山の名前にすべて「色」が付いているからだ。
別にどうということではないのかもしれない。しかし、大雪山に思い入れのある私には見過ごすことができない事実だった。その理由はそれまでその手の話を一度も耳にしたことがなく、もしかすると私が最初に気づいたのではないかと思ったからだ。
ウスバキチョウの翅の色彩と、赤岳、黒岳、白雲岳の「三色」
次に考えたのは、この四つの色に何か特別の意味があるのではないかということだった。単なる偶然かもしれない。しかし、神話や寓話が好きな私は、この四つの色に大雪山の神様が仕組んだ何かの秘密が隠されているのではないかと想像を膨らませた。
このように書くと笑われそうだが、何もすることのない避難小屋での停滞時には、ついこんなことにも時間を使ってしまうものだ。
「赤、黒、白、緑、・・・」
私は四つの色を前に考え込んだ。そして一つのことが頭に浮かんだ。それは大雪山の自然を代表する天然記念物の高山蝶、ウスバキチョウとの関係だ。この蝶は黄色いイメージがあるが、実際はそうでもない。とくに雌の翅は黄色の部分が少なく、黒、白、それに赤の色も目立つ。
さらに幼虫は黒い色彩で、高山植物の女王とも呼ばれるコマクサの赤い花弁を食べて成長する。また、この蝶は岩礫に卵を産み付ける習性があるが、その卵は白い色をしている。
このように、ウスバキチョウの形態と生態には、黄色のほかに、赤色、黒色、白色の3色が密接に関わっている。
緑岳の緑色は、ウスバキチョウが舞うハイマツの色とする
「赤は翅の濃厚な赤い紋。黒は幼虫の体色でもいいし、翅の黒い模様でもいい。白は雌に目立つ白い紋と白い卵。緑はこの蝶が好んでそのまわりを飛ぶハイマツの葉の緑でいいだろう・・・」
ウスバキチョウの翅の色に緑色はないが、ハイマツの緑の梢を飛ぶことや、晴天が悪天に変わるとハイマツに潜り込んで悪天候をやり過ごす習性など、この蝶の生態とハイマツには密接な関係がある。
そこで、緑岳にはウスバキチョウの生態と関係のあるハイマツの緑色の意味が隠されているとしてみた。
大雪山に「黄」の色のつく山はなかった
ここまでは順調だったが、ここで困った。肝心かなめの「黄色」がない。ウスバキチョウと結びつけてストーリーを完結させるには、どうしても黄色の付く山が必要だ。私は地図をもう一度見つめた。
しかし黄色が付く山はなかった。黄色で思いつく山といえば硫黄岳だが、大雪山にはなかった。十勝連峰に硫黄沼があったが、山ではないことや、沼を蝶に結び付けることが躊躇されたため、採用しなかった。
「面白いストーリーが出来そうだったけど、残念だな」
少し気落ちしたが、白雲小屋のまわりに色が付く山が四つもあるという事実は、知られていそうで知られていない気がする。それに気づいただけでもよしとするか¬。私はそう自分に言い聞かせると、地図を畳んだのだった。
「黄」の色が付いた場所を見つける
それから2、3日後、私はまた小屋の中で大雪山の地図を広げていた。黄色の付く山が見つかるとは思っていなかったが、目は自然といろいろな場所をさまよっていた。そしてトムラウシ山から十勝連峰に視線を移したときだった。一つの地名が目にとまった。
「こ、が、ね、が、は、ら・・・・・・」
黄金ヶ原だ。私の頭の中では、黄色の付く山としては硫黄岳の先入観があり、「黄金」にも黄の文字が含まれていることを完全に失念していた。
私はじっとその名前に見入った。間違いなく「黄」の字が付いている。黄色というよりも黄金に近い色彩の翅のウスバキチョウには、とてもふさわしい場所に思えた。
五色岳と五色ヶ原
この黄金ヶ原は山ではないが表大雪と十勝連峰を結ぶ縦走路の要所にあり、エゾノハクサンイチゲやチシマノキンバイソウなどの高山植物の大群落でよく知られている花の名所だ。もちろん、私も何度か訪れたことがあり、よく知っている。
さらに興味深いのは、先の四色の山々と黄金ヶ原の間に、五色岳と五色ヶ原があることだった。五色岳と五色ヶ原という名が大雪山の五つの色を意識して付けられたわけではないだろうが、すべてがうまく調和しあっているように思われた。
私が考えた寓話、『大雪山、五つの色』のストーリー
こうして、私は五つの色をウスバキチョウと結びつけることができた。もし神話や寓話を作るとしたら、たぶん次のようなストーリーになるだろう。
『その昔、神様がウスバキチョウを初めて大雪山に放つ時、記念にこの蝶に関係の深い五つの色が名前につく山と高原を大雪山に残すことにした。その五色とは、翅の色に関係の深い赤、黒、白、黄金色の四色、それにこの蝶が好んでそのまわりを飛ぶハイマツの緑色である。こうして赤岳、黒岳、白雲岳、緑岳、そして黄金ヶ原が誕生した。また、この秘密を解く鍵として、四つの山と黄金ヶ原の間に、五色岳と五色ヶ原を付け加えた。五色岳だけにしなかったのは、黄金ヶ原が山ではないので、黄金ヶ原に気づくよう、同じ高原である五色ヶ原も付け加えた・・・・・・』
この秘密は長い間、誰にも解き明かされずに守られてきたが、ついに私がその謎を解き明かした、という筋書きだ。なお、赤岳にしても黄金ヶ原にしても、ヒトが付けた地名なので矛盾していると思う方がいるかもしれない。しかし、ヒトがそのような地名を後年付けるように神様が仕組んであったとすれば、この筋書きでもまったく無理はない。
「この寓話のタイトルは『大雪山、五つの色』にしよう」
私はそうつぶやくと、広げていた地図をゆっくりとしまったのだった。
この寓話をもとに作った山の詩、『大雪山、五つの色』
さて、この話にはまだ続きがある。この寓話が完成したあと、やはり悪天候のために白雲岳避難小屋で停滞しているときに、『大雪山、五つの色』という山の詩を作ってみたことだ。20年以上前に作ったまま長く未発表だったが、この機会に、ここに紹介することにする。
大雪山、五つの色
(私の山の詩集より)
赤岳に立つと思うことがある
それは
コマクサの赤い花弁を食べて育ち
後翅に鮮やかな赤い紋のある蝶のことを
黒岳に立つと思うことがある
それは
幼生期を黒い衣装で過ごし
翅全体に黒条の紋がある蝶のことを
白雲岳に立つと思うことがある
それは
岩礫に産み付けられた白い卵と
雌の翅に白い紋様のある蝶のことを
緑岳に立つと思うことがある
それは
大雪山の山肌を緑色に染めるハイマツと
その梢を好んで舞う蝶のことを
そして,黄金ヶ原に立つと思うことがある
それは
黄金色の翅を輝かせ
大雪山に彩りを添える美しき高山蝶
その名はウスバキチョウ
赤,黒,白,緑,黄金色
その姿に隠された大雪、五つの色
私だけが知りえた、大雪山、五つの色
――昆野安彦
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| 発行 | 山と溪谷社(2024年10月発売) |
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プロフィール
昆野安彦(こんの・やすひこ)
フリーナチュラリスト。東京大学農学部卒(農業生物学科)、東北大学農学部名誉教授。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある
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