何だろうこれは? マダニやニホンジカなど上高地で出会ってビックリした生きもの8選

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上高地を何年も歩いていると、ときおり、いないはずの生きものとばったり出会うことがある。いないはずというのは、実際にそれまで上高地では目撃記録がなかったとか、あるいは調べてみたらすでに記録はあったけれど、出会った時点では最初の発見ではないか、と思った生きもののことだ。そうした生きものに出会った場合、私は少し混乱するが、夢ではなく現実のことなので、なるべく写真に記録するようにしている。今回の記事では、私がこれまで出会った、そんな生きものたち8種を選んで紹介しよう。

文・写真=昆野安彦

目次

ソウシチョウ

ソウシチョウは「日本の侵略的外来種ワースト100」に選ばれている野鳥だ。自然分布は中国やインドなどだが、日本ではペットとして移入された個体が野外に逃げ出し、現在は留鳥としておもに関東以西で繁殖が確認されている。

2022年5月26日、私は河童橋からウェストン碑に続く遊歩道をゆっくり歩いていたが、とある場所でソウシチョウに出会った。目の前にいたのはほんの数秒だったが、数枚、シャッターを切ることができた。このとき、近くにもう一羽いたので、恐らくペアで行動しているように思われた。

国立環境研究所の侵入生物データベースによると、本種の個体数増加は在来種の繁殖に影響を与える可能性があり、影響を受ける在来種として、メジロ、コマドリ、ウグイス、コルリが挙げられている。上高地にはウグイスとコマドリが多く、またコルリもいるので、今後、どのような影響を与えるか、注視する必要があるだろう。

河童橋の近くでタニガワハンノキの小枝にとまるソウシチョウ(2022年5月26日)
河童橋の近くでタニガワハンノキの小枝にとまるソウシチョウ(2022年5月26日)。背景の白い樹皮はシラカバの木だ

ヒキガエル

上高地にもヒキガエルが生息している。これは以前から知られている周知の事実だが、実際に出会うと、大きな個体では体長が18cmに達するものもあり、その大きさも相まって、少しびっくりする。

日本のヒキガエルの正しい名称はニホンヒキガエルだが、形態によって2亜種に分けられる。ニホンヒキガエル(基亜種)とアズマヒキガエルで、上高地にいるのはアズマヒキガエルの方だ。

私が上高地で出会ったのは3回だが、写真は2022年9月14日、徳沢の右岸林道でのものだ。ヒキガエルは春の繁殖期になると水辺に雌雄が集まり、いわゆる蛙合戦という、メスをめぐるオス同士の争いが起きるが、私はまだ上高地では見たことがない。早春に訪れた時は水辺を注意してみようと思っている。

徳沢の右岸林道で出会ったアズマヒキガエル(2022年9月14日)
徳沢の右岸林道で出会ったアズマヒキガエル(2022年9月14日)。このような大きな体になるまでに、3年もかかるそうだ

アオダイショウ

2021年6月7日、小梨平キャンプ場を歩いていたら、管理棟近くの奥小梨橋という木橋でアオダイショウに出会った。2m近い大きな個体であった。ヘビも上高地にいることはすでに周知の事実ではあるが、実際に会うとかなりびっくりする。

その後もヘビには時折出会っているが、たいていは遊歩道で、あまり絵になるものは撮れない。その点、このアオダイショウは小梨平の木橋という、非常に上高地らしい場所にいてくれたので、その点は、なかなか良いヘビだったと思っている。

先ほど、上高地にもヘビがいると書いたが、アオダイショウ以外で上高地に生息しているのはシマヘビとヤマカガシで、私はどちらも出会ったことがある。

なお、奥小梨橋は2024年暮れに新しいものに架け替えられたので、その点でもこの古い木橋での写真は、なかなか良い記念になったと思っている。

小梨平キャンプ場の奥小梨橋にいたアオダイショウ(2021年6月7日)
小梨平キャンプ場の奥小梨橋にいたアオダイショウ(2021年6月7日)。かなり大きな個体で、びっくりした

ツマグロヒョウモン

2022年7月13日、徳沢キャンプ場でタテハチョウ科のツマグロヒョウモンに出会った。南方系の蝶というイメージがあるので、とても驚いたことを覚えている。

本種は実際、南方系の蝶で、1980年代までは近畿地方以西でしか見られなかったが、徐々に生息域が北上し、現在は東北地方の南部でもほぼ定着している。仙台の私の自宅の庭にも、最近はよく現われるようになった。

幼虫の食草はスミレ類で、徳沢では林床のスミレ類に産卵するメスも見られた。スミレ類は上高地ではごく普通なので、もしかすると、恒常的に発生している可能性もある。

上高地ではそのほか、ウェストン碑付近でも見かけている。上高地での今後の動向を注意したい蝶の1種だ。

徳沢キャンプ場で撮影したツマグロヒョウモン(2022年7月13日)
徳沢キャンプ場で撮影したツマグロヒョウモン(2022年7月13日)。このあと、地面のスミレ類に産卵行動を行なった

モンシロチョウ

2023年6月7日、徳沢の梓川岸辺でモンシロチョウに出会った。上高地ではモンシロチョウによく似たスジグロシロチョウは多いが、モンシロチョウは稀で、このときが初めての出会いだった。

モンシロチョウは農耕地や都市公園など、人工的な環境によく適応しているが、上高地のような原生環境で見つかるのは、比較的珍しいことだと思う。

なお、本種の食草はアブラナ科で、農耕地ではキャベツやブロッコリなどの野菜類、都市公園では野草のイヌガラシなどで幼虫が見つかるが、もし上高地で繁殖しているなら、写真のヤマガラシなどが食草になっていると思われる。

徳沢の梓川岸辺でヤマガラシの蜜を吸うモンシロチョウ(2023年6月7日)
徳沢の梓川岸辺でヤマガラシの蜜を吸うモンシロチョウ(2023年6月7日)。蝶の中ではもっともポピュラーな種類だが、上高地ではとても珍しい

マメコガネ

2024年7月20日、徳沢キャンプ場でマメコガネの大群に出会った。最初はシダ植物の葉に群がっているのを見つけたが、キャンプ場を歩いてまわると、ハルニレ、コミネカエデ、オニシモツケ、アザミの1種などからも多数の個体が見つかり、大発生と言ってもいい状況だった。

徳沢キャンプ場のハルニレの葉を食べるマメコガネの集団(2024年7月20日)
徳沢キャンプ場のハルニレの葉を食べるマメコガネの集団(2024年7月20日)。徳沢ではそのほか、いろいろな植物からも多数の個体が見つかった

マメコガネはコガネムシの仲間で、日本全土に生息し、さまざまな植物の葉を食べることで知られる。とくに、ダイズやブドウなどの葉を食べる場合は農業害虫としても認識されている。ちなみに、マメコガネのマメは豆という意味だ。

このように、マメコガネは一般的には田畑が広がる里山でよく見られる昆虫なので、上高地のような原生環境で見られることは珍しいことだと思う。

なお、米国では日本原産の外来種として農作物に猛威をふるっており、Japanese beetle(ジャパニーズ・ビートル)の名で農家から恐れられている。上高地では、今後どのような生息の拡大が見られるのか、注意したいと思っている。

徳沢キャンプ場のマメコガネ(2024年7月20日)
徳沢キャンプ場のマメコガネ(2024年7月20日)。マメコガネのマメは豆という意味で、ダイズの葉などを食べる場合は農業害虫として認識されている

マダニ

2024年7月21日、私は小梨平の笹原で昆虫の調査をしていたが、ふと脛を見るとマダニがいるのに気づいた。幸い、咬まれる前だったので、指先にのせて撮ってみたのがこの写真だ。この日は暑いこともあってハーフパンツで調査していたが、その恰好がいけなかったようだ。

野生動物の血を吸血するマダニは、一般にササの葉上などで動物が来るのを待っており、今回のケースでは、私が吸血対象の動物とみなされたわけだ。

上高地にもマダニがいるだろうことは、うすうす思っていたが、実際に遭遇したのはこの日が初めてだった。マダニに咬まれると、さまざまな感染症に罹患する可能性があるので、皆さんも上高地の草むらなどを歩くときは、とくにお子さんをお連れの場合は、肌を露出しないよう、十分、注意していただきたい。

小梨平の笹原で遭遇したマダニの1種(2024年7月21日)
小梨平の笹原で遭遇したマダニの1種(2024年7月21日)。昆虫と違い、脚は4対、計8本あることが分かる。マダニがどのくらいの大きさかも分かるだろう

ニホンジカ

2021年7月16日、私は上高地浄化センターから焼岳登山口までの林道を一人で歩いていた。時折現われる野鳥や昆虫を撮影しながら焼岳登山口に着くと、私は目の前に広がる、枯れ木が林立する広大な湿地帯をゆっくりと見渡した。

とくに何もいないな、と思っていたとき、突然、3mほど離れた草むらから茶褐色のとても大きな動物が飛び出した。多分、私の気配を感じてうずくまっていたのが、我慢し切れずに飛び出したのだろう。

あまりの衝撃に気を失いかけたが、なんとかこらえてその動物を目で追うと、それは私から50メートルほど離れた灌木の前で立ち止まって振り返った。ニホンジカのメスだ。

あれ、上高地にシカなんかいたかな?と思い、取るものもとりあえず、この場合は構図や露出の設定などだが、カメラをシカに向けた。

幸い、このシカは私をしばらく凝視したままだったので、静止画像のほか、焼岳登山口の案内板も入れた動画も撮影することができた。

焼岳登山口で出会ったニホンジカ(2021年7月16日)
焼岳登山口で出会ったニホンジカ(2021年7月16日)。上高地では初めての撮影と思われる

SNSで調べてみると、上高地の遊歩道で撮影されたニホンジカの写真は見つからなかった。おそらく、私の写真が初めてではないかと思う。

近年、個体数が増加傾向にあるニホンジカの森林生態系への影響が各地で報告されている。上高地ではまだ具体的な被害例はないようだが、環境省は2022年度からニホンジカの試行的捕獲調査を上高地で始めることを発表している。

2024年6月に上高地で実施されたニホンジカ捕獲調査の説明板(左)。右は焼岳の火山情報(上高地・焼岳登山口付近にて)
2024年6月に上高地で実施されたニホンジカ捕獲調査の説明板(左)。右は焼岳の火山情報(上高地・焼岳登山口付近にて)

果たして上高地のニホンジカにはどのような未来が待っているのだろうか。今後、この点にも注意して上高地を歩くつもりだ。

なお、2024年6月6日、河童橋と明神の間の梓川の砂地でニホンジカと思われる足跡を確認している。この足跡はカモシカの可能性もあるが、もし私の識別が正しいなら、ニホンジカはすでに上高地のかなりの範囲を行動圏として利用しているのかもしれない。

2024年6月6日に上高地の明神で撮影したニホンジカと思われる足跡
2024年6月6日に上高地の明神で撮影したニホンジカと思われる足跡。梓川岸辺の砂地のため、くっきりと偶蹄類特有の蹄の形が残されていた

以上、私がびっくりした上高地の生きもの8種を紹介した。このうち、ニホンジカについては、撮影地が上高地と分かる動画も撮っており、私のYouTubeで公開している。

このニホンジカの例でなくても、初めての発見ではないかと思われる動画や写真を撮ったときには、撮影した場所が分かる映像を残すことも、自然観察者の大事な務めではないかと思っている。

私のおすすめ図書

ヤマケイ文庫 病気の9割は歩くだけで治る! PART2

ヤマケイ文庫 病気の9割は歩くだけで治る! PART2

歩くことが好きなので、ふだん家にいるときは、歩いていける範囲内での自然観察を楽しんでいます。感覚的には上高地の遊歩道を歩いている感じです。歩くと路傍の自然や季節の移り変りがよく分かり、気持ちも体調も良くなります。この本は医学博士の著者が歩くことの大事さをまとめた一冊です。登山家の皆さんならすでに歩く習慣はおありかと思いますが、理論的に書かれたこの本を読むと、さらに歩くことの重要性と健康への理解が深まると思います。

著者 長尾和宏
発行 山と溪谷社(2024年刊)
価格 990円(税込)
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プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。東京大学農学部卒(農業生物学科)、東北大学農学部名誉教授。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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