山岳・風景写真の教科書 第12回 月のある山岳風景
私は「月こそが夜の女神、月を味方にした者が山岳夜景を制する」と思っています。その日の月について調べて、作品に月を効果的に取り入れてみましょう。
文・写真=菊池哲男
月の背景
月は夜空にある天体の中で最も親しみのあるものです。ウサギが棲んでいるという言い伝えや、竹から生まれた絶世の美女かぐや姫の「竹取物語」が知られ、また古くから和歌に詠まれ親しまれてきました。明治5年までは月の満ち欠けを基準に決めた暦、太陰太陽暦=旧暦を使用していました。
月の動き方
山岳風景での月は、望遠鏡を使って月のクレーターを撮影するのとは違い、特別な機材を使用しません。月の満ち欠け(約29.5日周期)と方位を理解し、月そのものを被写体として画面に入れたり、月光を利用して月明かりに浮かぶ山や雲海、高山植物などを撮影したりします。
月が昇ってくる時刻は毎日約50分ずつ遅れます。大まかなイメージとして三日月は夕方、残照の西空にあり、上弦の月は日が暮れるころに南中し、真夜中に西の空に沈んでいきます。満月は夕方に東の空から昇り、朝に西の空へ沈み、また下弦の月は夜半ごろに昇り、朝にはまだ空高くに残っています。この中で月のない時間帯が星のいちばん輝くときということになり、一晩中月が見えない日が新月となります。
月の明るさ
月の明るさは満月で約マイナス13等もあり、全天一明るい星シリウスはマイナス1.5等、金星はマイナス4.9等です。ちなみに1等違うと明るさは2.5倍違います。そのため露出次第では月に照らされた風景は昼間のような写真になってしまいます。また暗い夜空にある月は明るすぎて、その形を地上の風景と一緒に写すことはできません。ハレーションを起こして大きく写るか、月の形を出そうとすると風景が露出不足で真っ黒になってしまいます。満月前後の月は夕に昇り朝に沈むので、地表近くの月の形や模様を風景と共に写すことができます。
作例の紹介
白馬鑓ヶ岳より月光浴の白馬岳
山小屋の灯や星が写っていることから夜を暗示し、大きな星は太陽ではなく、月であることがわかります。明け方に昇ってきたのは月齢27の細い月ですが、それでも明るいため形は写りません。月光に照らされた雲海が美しく、作品のポイントになっています。
撮影データ
| 撮影日時 | 8月13日 2時40分 |
|---|---|
| 焦点距離 | 16mm |
| 絞り | F2.8 |
| シャッタースピード | 15秒 |
| ISO感度 | 2500 |
朝焼けの北穂高岳に沈む月
満月を1日過ぎた十六夜月(いざよいづき)が朝焼けに染まる北穂高岳の山頂に沈んでいきます。満月前後の月はとても明るいので、山風景と一緒に月の表面の模様を写せるのは朝夕の空が明るい時間帯のみです。
撮影データ
| 撮影日時 | 11月5日6時30分 |
|---|---|
| 焦点距離 | 160mm |
| 絞り | F8 |
| シャッタースピード | 1/400秒 |
| ISO感度 | 200 |
(『山と溪谷』2025年4月号より転載)
プロフィール
菊池哲男(きくち・てつお)
写真家。写真集の出版のほか、山岳・写真雑誌での執筆や写真教室・撮影ツアーの講師などとして活躍。白馬村に自身の山岳フォトアートギャラリーがある。東京都写真美術館収蔵作家、公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、日本写真協会(PSJ)会員。
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
山岳・風景写真の教科書
『山と溪谷』で2024年5月から連載の『山岳・風景写真の教科書』から転載。写真家の菊池哲男さんが山の写真を撮る楽しみをお伝えします。
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