山岳・風景写真の教科書 第13回 残雪の山と桜

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2年目となる本連載。今号からは季節の題材を取り入れながら「この一枚を撮る」をテーマに進めます。今回は、残雪の山と桜を取り入れる作品についての解説です。

文・写真=菊池哲男

時期と構図

都内の桜は例年3月末が見ごろですが、長野県白馬(はくば)村では4月末~5月上旬に見ごろを迎えます。都内に比べると開花は約1カ月遅く、北海道と同じくらいの季節感です。

白馬村野平(のだいら)地区に、残雪の白馬三山をバックに有名な1本桜があり、例年5月初めに満開になります。このころ、山麓はもちろん、メインの雪山の手前の山に雪はなく、茶色い斜面がむき出しになっていて、写真的にはマイナスイメージです。これを雲海で隠そうと考えました。

撮影の流れ

AM5:10

桜がかすかに見えるだけで背景は真っ白。予想どおり雲海の中に入っています。このままずっと雲海の中ということもまれにありますが、次第に消えていくことが多いのでシャッターチャンスを待ちます。朝焼け狙いの人たちはほとんど帰ってしまいました。

AM6:20

雲海が下がってきたのか、1本桜の視界は悪くなりましたが、ガス越しに残雪豊富な白馬三山と上空の青空がうっすら見えるようになってきました。

AM6:40

さらに雲海ラインが下がり、待望の青空と真っ白な白馬三山が姿を現わしてきました。茶色い部分を隠すようにちょうどよい位置に雲海が入ることで、白バックに桜も浮かび上がります。狙い通りの構図になりました。

撮影データ

Nikon Z 7 ISO200
VR70-200mm f/4G 自然光オート
F14 1/1000秒 PLフィルター

AM7:10

30分ほどで雲海はなくなり、背景のスキー場や街並みが見えてきたので撮影を終了しました。

マナーを守ろう

この作品を撮影したのは2019年5月で、その後、コロナの影響で立ち入り禁止になりました。2022年にも同じ場所で撮影しましたが、昨年2年ぶりに撮影に行くと桜の周りの農地に入らないよう柵が設けられ、桜の坂下には「野平(のだいら)来訪のみなさまへ」という看板と協力金箱が設けられていました。看板には「20軒あまりの住人が生活しておりますが、最近大勢のお客様がお越しになり、住民との間でトラブルが発生しております」とし、「ここを訪れるすべての方々に、この雄大な景観を見ながら、お客さまのひとときの安らぎと、明日への活力になることを住民一同願っております」と記されていました。地元の自慢の景観を次の世代に引き継いでいかれるように一人一人のマナー意識が問われています。

『山と溪谷』2025年5月号より転載)

プロフィール

菊池哲男(きくち・てつお)

写真家。写真集の出版のほか、山岳・写真雑誌での執筆や写真教室・撮影ツアーの講師などとして活躍。白馬村に自身の山岳フォトアートギャラリーがある。東京都写真美術館収蔵作家、公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、日本写真協会(PSJ)会員。

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。

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山岳・風景写真の教科書

『山と溪谷』で2024年5月から連載の『山岳・風景写真の教科書』から転載。写真家の菊池哲男さんが山の写真を撮る楽しみをお伝えします。

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