発見、上高地のミャクミャク!? 日本アルプスの名花、ヤマシャクヤクに会いに6月の上高地の森を歩いてみた
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言い回しは、美しい佇まいの人を形容する言葉として古来、よく使われてきたものである。この中の芍薬はシベリア、中国、モンゴルが原産のボタン科植物、牡丹は中国原産のボタン科植物だ。中国ではその美しさから、芍薬は花の宰相(大臣)を意味する「花相(かしょう)」、牡丹は百花の王を意味する「花王(かおう)」とそれぞれ呼ばれている。日本にはどちらも古い時代に中国から渡来したが、その美しさから観賞用としての栽培はもとより、絵師からは画題としてもよく取り上げられてきた。たとえば、葛飾北斎には「牡丹に蝶」、伊藤若冲には「芍薬群蝶図」という作品がある。
文・写真=昆野安彦
日本のボタン科植物
一方、日本にはボタン科の野生種も2種が自生している。ヤマシャクヤクとベニバナヤマシャクヤクだ。どちらも北海道~九州の山地帯に分布するが、個体数は少なく、環境省のレッドリストでは、ヤマシャクヤクは準絶滅危惧、ベニバナヤマシャクヤクはもう一ランク上の絶滅危惧Ⅱ類に分類されている。
上高地ではベニバナヤマシャクヤクを見たことはないが、ヤマシャクヤクの方は何度か観察している。今回のコラムでは、上高地で出会ったヤマシャクヤクの魅力と生活史について、紹介することにしよう。
豪華なヤマシャクヤク
上高地では笹が繁茂していない落葉樹林の林床で見られるが、私の観察では北向き斜面の日陰に多く見られた。そうした場所は夏でも直射日光を受けることが少なく、通年を通して冷涼な環境が支配している。ヤマシャクヤクの繁殖には、そのような環境がきっと適しているのだろう。
なお、上高地の林床は笹に広く覆われることが多く、ヤマシャクヤクの自生に適した環境はそう多くない。上高地でヤマシャクヤクの個体数が少ないのは、そうした自生に適した環境の少なさも関与しているのだろう。
上高地での花期は5月下旬~6月中旬だ。その頃に遊歩道を歩くと、時折、白い大きな花が咲いているのに出会う。一つの茎に一つの花をつけるが、5~7枚の花弁からなるカップ状の花の直径は5センチほどもあり、このどこか豪華で大きな花が開花していれば、遠くからでもその姿を見つけることができるだろう。
雄しべの色彩がアクセント
花の構造について述べると、中央に緑色の雌しべが通常3個あるが、そのまわりを多数の雄しべが取り囲んでいる。この花を横から見ると、白い花弁の先に雄しべの黄色い葯が僅かに見えるが、この黄色と白い花弁との対比が絶妙で、ヤマシャクヤクの清楚な美しさの源になっているように思われる。
また、ヤマシャクヤクの花を上から見ると、中央の部分が赤紫色をしていることに気づく。この赤紫色は雄しべの花糸の基部の色だが、この赤紫色が加わることにより、ヤマシャクヤクの美しさは、さらに一段と際立つ。
もっとも、花の見頃期間はとても短く、おおむね開花してから3日も経つと終盤を迎える。カップ状の花弁のまま落下することが多いが、時には花弁が開き切り、クレマチスの花と見間違えるような状態になることもある。写真はそのクレマチス状態の花だが、なかなかいい感じだと思いませんか。
花粉を昆虫が運ぶ虫媒花
ヤマシャクヤクは虫媒花で、おもに昆虫が受粉に貢献している。まだ撮影には至っていないが、上高地ではマルハナバチの仲間が花を訪れているのを見たことがある。ただ、まだ撮影に至っていないように、上高地ではこの花を訪れる昆虫の数はそう多くはないのではと思う。
上高地ではヤマシャクヤクの個体数はごく少なく、場所によっては広い面積に1株しか咲いていないことがある。こうしたケースでは、たとえ昆虫が花を訪れても、別のヤマシャクヤクの花に花粉を運ぶことができないこともあるだろう。
このように、上高地でヤマシャクヤクが少ない理由のひとつは、花そのものの個体数が少ないことによる受粉の制約もあるのではないかと思っている。
なお、ヤマシャクヤクの花にはフタスジカタビロハナカミキリというカミキリムシの1種が特異的に訪れることが知られているが、私は上高地ではまだこのカミキリムシを見たことがない。この点については、今後、注意してヤマシャクヤクの花を観察しようと思っている。
ミャクミャクによく似た果実
昆虫の働きによって受粉すると、バナナの房のような果実が形成されるが、この房は袋果(たいか)と呼ばれ、成熟すると果皮が1本の線で裂開して種子が姿を現わす。
ここで興味深いのは、この種子の色に赤と黒の2色があることだ。赤いのは結実しなかった不稔の種子で、黒い方が結実した稔性のある種子だ。一般に赤い不稔の種子が黒い稔性のある種子よりも多く、遠目から見ると、マムシグサの果実によく似ている。
不稔の赤い種子の役割
一説によると、この赤と黒の二色の色彩には、種子散布者である野鳥などの生きものに対して視覚による誘引効果があるのではと考えられている。アジサイの花では、雌しべと雄しべが不完全な装飾花が訪花昆虫の誘引に役立つと考えられているが、ヤマシャクヤクの不稔の赤い果実にも、アジサイの装飾花と同じような役割があるのかもしれない。
ところで、このヤマシャクヤクの果実だが、赤い種子が不規則に並んでいる様子は、私には大阪万博のマスコットである「ミャクミャク」を思い起こさせる。また、偶然だろうが、ミャクミャクとシャクヤクは、言葉としても発音が少し似ている。そのため、私はこの果実のことをミャクミャク君と呼んでいるが、皆さんはどう思われるだろうか。
いずれにせよ、ヤマシャクヤクの果実は秋の林床では異彩を放っており、このミャクミャク君探しを楽しみに秋の上高地を散策するのも、なかなか風情があっていいだろう。
ベニバナヤマシャクヤク
最後にお見せするのは、日本に自生するもう1種の野生種、ベニバナヤマシャクヤクだ。私はまだ野生のものは見たことがなく、この写真は仙台市内で植栽されていたものだ。
ベニバナヤマシャクヤクとヤマシャクヤクの違いは花の色がまず違うが、そのほか、雌しべの先(柱頭)がヤマシャクヤクでは少しだけ曲がるのに対し、ベニバナヤマシャクヤクでは強く巻き込むという特徴がある。写真の個体では、その強く巻き込んでいる様子がお分かりいただけると思う。
冒頭で述べたように、ベニバナヤマシャクヤクは全国的に野生の個体数はとても少ないようで、上高地でも見たことがない。恐らく、上高地には自生していないと思うが、同じ長野県の白馬村には自生地があるようなので、もしかするとあるかもしれない。
これから上高地を訪れた時は、そのことも念頭に遊歩道を歩いてみようと思っている。
私のおすすめ図書

山と溪谷増刊7月号 夏山JOY 2025
2年続けて猛暑でしたが、今年の夏はどうなるでしょうか。昨年の7月、私は学生時代に前穂高岳北尾根を登って以来となる涸沢を訪れました。かなり久しぶりの再訪でしたが、前穂や奥穂、北穂に囲まれた涸沢の豊かな自然環境は学生時代と変わらず、改めて穂高の自然の素晴らしさに気づかされました。今号の夏山JOYは日本アルプスを中心に最新の夏山情報で構成されているので、これから夏の計画を立てる方にはきっとお役に立つだろうと思います。私もどこに行こうか、そろそろ決めようと思っています。
| 著者 | 夏山JOY編集部・編 |
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| 発行 | 山と溪谷社(2025年6月9日発売) |
| 価格 | 1,430円(税込) |
プロフィール
昆野安彦(こんの・やすひこ)
フリーナチュラリスト。東京大学農学部卒(農業生物学科)、東北大学農学部名誉教授。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある
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