大雪山の絶滅危惧種、エゾオコジョ。そのオコジョが私の前で◯◯◯をした本当の理由を考えてみた

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オコジョは体長20cmほどの小型の哺乳類だ。日本には北海道にエゾオコジョ、本州にホンドオコジョの2亜種が生息しているが、その違いはエゾオコジョの方がやや大きい程度で、互いにとてもよく似ている。私がよく観察しているのはエゾオコジョの方で、今回のコラムでは大雪山のエゾオコジョの生態について紹介する。

文・写真=昆野安彦

目次

大雪山の哺乳類

大雪山の高山帯は見通しがいいので哺乳類にもよく遭遇するが、大雪山で出会う確率の高いものを私の経験から順にあげてみると、エゾシマリス、キタキツネ、エゾシカ、ナキウサギ、エゾユキウサギ、エゾヤチネズミ、ヒグマ、そしてエゾオコジョになる。

大雪山の哺乳類というとナキウサギが有名だが、ナキウサギを見るのが実際はそう簡単ではないことを考えると、ナキウサギよりもさらに稀なエゾオコジョに出会うのがかなり難しいことが分かるだろう。

その理由の一つは、エゾオコジョが岩場をおもな狩場とする小型の肉食動物という生態が考えられる。エゾオコジョの捕食対象はおもにネズミ類だが、大雪山でネズミ類が潜んでいるのは岩場の隙間のことが多い。

そのためエゾオコジョも岩陰に潜んで狩りをするので登山者の目につきにくいというわけだ。その点、同じく岩場を棲み家とするナキウサギが岩の上に出て鳴いたりする習性のために比較的目につきやすいこととは対照的だ。

ちなみにエゾオコジョの生息地は北海道でも山岳地帯に限られ、また個体数が少ないことから、絶滅のおそれのある野生生物の種をまとめた環境省レッドリストでは、準絶滅危惧(NT)に指定されている。

大雪山のエゾオコジョ(7月下旬)
大雪山のエゾオコジョ(7月下旬)。黒い瞳で私を見つめる姿は、まさに「大雪山の妖精」だ

突然、目の前に現われた

私が大雪山でエゾオコジョを観察しているのは、トムラウシ山、緑岳、そして白雲岳などだ。これらの山は中腹から山頂まで大きな岩がゴロゴロする山容の山だが、遮るもののない登路から望む山岳風景はとても秀逸だ。大雪山に滞在するときには、私はたいてい、このうちのどれかの頂に立っているが、その副産物としてエゾオコジョにも何度か遭遇してきた。

その遭遇体験を振り返ってみると、多くは遠くからチラッと見た程度のものだが、去年の夏はそれまでとは異なるとても不思議な体験をすることができた。どんな風に不思議だったのか、そのときの様子を少し詳しく書いてみよう。

大雪山のエゾオコジョの生息環境(白雲岳、2230m)
大雪山のエゾオコジョの生息環境(白雲岳、2230m)。大きな岩の隙間が彼らの「棲み家」と「隠れ家」になっている

俊敏な動きに目が回る

それは7月の終わりのことだった。昼過ぎ、今日は何もいなかったなと帰ろうとしたとき、突然目の前の岩場に1頭のエゾオコジョが現われた。

その距離わずか3m。滅多に会えない生きものなので逃げられないうちにとカメラを構えたわけだが、どうも様子がおかしい。逃げ去るどころか、私の周りをぴょんぴょんと激しく動き回るからだ。まるで「私の俊敏な動きを見てください!」と言わんばかりに。

突然、目の前の岩場に姿を現したエゾオコジョ(7月下旬、大雪山)
突然、目の前の岩場に姿を現したエゾオコジョ。一体、何を考えているのだろう(7月下旬、大雪山)

結局その不思議な行動は5分余りも続いた。おかげで私は「エゾオコジョの七変化」と呼ぶにふさわしいさまざまなポーズを撮ることができたが、小さなカメラのファインダー越しにその動きを追っていたためか、撮り終えると、何だか頭がくらくらするような感じになった。目が回ってしまったと言ってもいいだろう。

私は帰路につきながら、先ほどのエゾオコジョの不思議な行動は一体何だったのだろうと考えた。

私の目の前で激しく躍り始めたエゾオコジョ(7月下旬、大雪山)
と思いきや、私の目の前で激しく躍り始めた(7月下旬、大雪山)

不思議な行動の意味

調べてみると、オコジョの仲間は捕獲対象の動物を見つけると、その周りで激しくダンスのようなジャンプを繰り返し、相手がその踊りに見とれて催眠状態に陥った隙に首筋に噛みついて狩りをするという、独特の行動が観察されていることが分かった。

私の目の前で激しく躍り始めたエゾオコジョ(7月下旬、大雪山)
あちらと思えば、またこちら。これが「死のダンス」なのだろうか(7月下旬、大雪山)

この踊りは最後には相手を死に至らしめることから「死のダンス」と呼ばれており、YouTubeには自分よりも大きいアナウサギを狩る様子を記録した『オコジョの死のダンス』(ナショナル ジオグラフィック TV)という動画が公開されている。

私が大雪山で遭遇したエゾオコジョの不思議な動きはこの死のダンスに近いものが感じられたが、私はアナウサギよりも遙かに大きいので、さすがにその可能性は低いだろう。

後述するように、エゾオコジョは好奇心が強い動物と言われ、私の前に現われたのも、単に見慣れぬ生きもの、この場合は私の正体に関心があったからだろうと思う。もっとも、そのときのエゾオコジョの本当の目的を正しく知ることは不可能でもある。そのため、私を捕獲対象としていた可能性をまったく否定することはできないことも付け加えておく。

私の目の前で激しく躍り始めたエゾオコジョ(7月下旬、大雪山)
あまりに素早い動きなので、カメラを構える私も目がまわりそうだ。もしかすると、これが催眠効果なのか?(7月下旬、大雪山)

アタックザックにアタック

動物写真家の久保敬親さんが写真を担当された「日本哺乳類図譜」(山と渓谷社刊)には、エゾオコジョが好奇心のたいへん強い動物であることが紹介されている。

実際、私が出会ったエゾオコジョも最後には私のアタックザックにアタックするという、見事な語呂合わせのサービスまで見せてくれた。そのときの写真をよく見ると、顔をザックに押し当てて内部の様子をうかがう仕草が見られ、たしかに好奇心の強い動物だということが伝わってくる。

なお、今だから話せるが、エゾオコジョが私のザックにアタックしているとき、カメラで撮りつつも、まさか穴を開けたり、あるいはザックの中に入ったりはしないだろうなと、若干、不安に思ったことを書いておく。

また、私は大雪山では岩の上に腰を下ろして小休止することがあるが、自分よりも大きなアナウサギを襲うというオコジョの死のダンスを知ってからは、念のため、付近にエゾオコジョがいないことを確認するようにしている。それはうとうとしているときに首筋を咬まれると致命傷になるからで、万が一にもそんなことは起こり得ないだろうとは思うが、用心に越したことはないからだ。

アタックザックにアタックするエゾオコジョ(7月下旬、大雪山)
最後にはなんと私の「アタックザック」にアタック! とてもうまい語呂合わせだなと、一人静かに感心したのだった(7月下旬、大雪山)

ナキウサギとの関係

私が大雪山で実際にエゾオコジョの狩りの現場を見たことのあるのはエゾヤチネズミだけだ。場所は白雲岳避難小屋だったが、2020年に建て替えられる前の古い小屋の時代、小屋にはネズミが居ついていたため、エゾオコジョも時折現われて狩りをしていた。ここに掲げた写真はそのときのものだ。

大雪山ではエゾオコジョとともにナキウサギとエゾシマリスも同所的に生息しているが、果たしてエゾオコジョはこれらも襲うのだろうか。知人から聞いた話だと、エゾオコジョはナキウサギも捕食するそうなので、時と場合によっては、そうしたケースもあるのだろう。

最近、大雪山でナキウサギが少なくなったという話をよく聞くが、その原因がエゾオコジョによるものではないかとの説がある。果たして真相はどうなのだろう。

参考までに書くと、今回のエゾオコジョの撮影地では毎年、途切れることなくナキウサギを観察している。エゾオコジョはナキウサギを捕食対象として狩るのは勿論なのだろうけれど、広い範囲から駆逐してしまうことはないのではとも思っている。この点については、今後も両種を注意して観察を続けるつもりだ。

エゾヤチネズミを捕らえたエゾオコジョ(7月下旬、大雪山)
エゾヤチネズミを捕らえたエゾオコジョ(7月下旬、大雪山)。私はネズミ以外の哺乳類を捕らえた瞬間は、まだ見たことがない

伏せ字に入る言葉

冒頭でエゾオコジョに出会うのがかなり難しいと書いたが、私の経験ではエゾオコジョを目当てに生息地に赴いた場合、10回通って1回でも見られれば、いい方だ。野生動物の宝庫である大雪山でも、エゾオコジョはそれほどレアな生き物と言えよう。

その一方で、「初めて大雪山に登って、エゾオコジョにも会いました!」という方も何人か知っている。こうした出会いの差異は、結局のところ、本人の気持ちとは別の何らかの偶然が支配するところが大きいのだろうと思う。

なお、今回の記事のタイトルには◯◯◯として伏せ字を誂えてみたが、ここまで読んでこられた読者の皆さんなら、その伏せ字が何の言葉かは、きっともうお分かりだろう。私が意図した◯◯◯に入る言葉は、ダンスである。

私のおすすめ図書

日本鳥類図譜

日本鳥類図譜

すごい本です。浮世絵を思わせるみごとな表紙は希少種のシロハヤブサだそうです。これだけでもすごいのに、本文の写真はこれとほぼ同等のものがずっと並ぶのですから、久保さんの写真家としての力量がよくわかる一冊です。北海道から南西諸島に生息する野鳥198種で構成されていますが、生態に関する解説も参考になりました。私の中ではヤイロチョウとキンバトの美しさが、とくに印象に残っています。

著者 久保敬親(写真)、樋口広芳(監修)、柴田佳秀(著)
発行 山と溪谷社(2020年刊)
価格 4,620円(税込)
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関連動画

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プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。東京大学農学部卒(農業生物学科)、東北大学農学部名誉教授。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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