花の浮島、北海道・礼文島。標高は500mもないのに、高山植物の宝庫になる理由

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北海道・稚内市の西方60kmの日本海上、日本最北の離島の礼文島。この島は夏になると約300種の高山植物が咲き乱れる、文字通り「花の浮島」となる。最高点でも標高490mなのに高山植物が咲き乱れるのは何故なのだろうか?

 

北海道北部に位置する礼文島は、「花の浮島」と呼ばれるほど花の多い山である。早春から夏まで、いつも花が多い。そんな中で特に固有種が多く見られる季節が、晩春の5月下旬から6月初旬だ。2018年の6月中旬の9日間、「花の浮島」礼文島を歩いてみた。

今年の礼文島はとにかく寒い年である。薄手のシャツの上に中厚手のシャツ、さらに薄手のフリースとソフトシェルジャケットを重ね着してもまだ寒い日が続いた。手はかじかみ、ズボンの下にはタイツをはいて、さらにオーバーパンツを重ね着してやっと落ち着くほどであった。気温が10度を越すと暖かく感じた。

今年は全国的に花の開花が早く、春のはじめは暖かい日が続いたようであったので、礼文島の高山植物の開花も同じように早めだった。しかし6月に入って寒い日が続き、咲いてしまった花も枯れずに残っていたものが多かった。島ごと冷蔵庫の中に入れていたようなものだったのだ。

礼文島の固有種と言えば一番有名なのはレブンアツモリソウである。礼文町ではレブンアツモリソウをモチーフにしたゆるキャラ「あつもん」を大々的に宣伝している。

礼文島の固有種で象徴的な存在のレブンアツモリソウ

 

レブンアツモリソウはラン科の植物で、草丈は10~30cm。花は直径10cm以上もあろうかという大きな花。袋状の唇弁が目立ち、上部の花びらが袋に蓋をし、左右にも花びらがあるように見える。レブンアツモリソウは美しく貴重な花であるため、昔は大量に盗掘されて減ってしまったが、今は手厚く保護され、少しずつ個体数を増やしているようである。大事にしたい野生植物だ。

レブンアツモリソウをアップで撮影。花は直径10cmにもなる

 

礼文の名がつく植物はほかにいくつかある。レブンシオガマはキタヨツバシオガマの特に大型のもので、草丈は60cm近くにもなり、花は10段以上、葉は5枚以上輪生するものをいう。本州中部の高山帯にあるヨツバシオガマと比べるとその差は大きい。6月の礼文島の草地にはどこにでも生え、車道脇にも雑草のように生えて美しい花を咲かせていた。

レブンシオガマは本州の高山で見るヨツバシオガマと比べると格段に大きい

海をバックに咲くレブンキンバイ。礼文島では高山植物が海近くに咲く

礼文の名がつくもうひとつの植物がレブンキンバイソウ。本州の高山帯にあるシナノキンバイや北海道にはえるチシマキンバイソウに近い種類の高山植物。花は直径5cmにもなり大きく目立つ。花びら状の萼片は枚数が多く5~10枚もある。花弁は花びら状の萼片より小さく、雄しべの周りにある。草丈は50cm。

礼文の名はつかないが、フタナミソウも礼文島でしか見られない。花は大きなタンポポのようだが、葉の下部の総苞と呼ばれる部分は鱗状、葉は切れ込みがなく、厚く光沢がある。山中の岩上に咲く美しい花である。フタマタタンポポと間違えて「フタナミタンポポ」と言いやすいがそれは間違いである。

「レブン」の名前は付かないが、礼文島固有種のフタナミソウ

 

標高490mの“低山”ながら高山植物の宝庫の理由

標高の低い礼文島に、なぜこれほど高山植物が生え、花が多いのであろうか。理由としては、日本最北に近い場所にあるために寒く、高山植物の宝庫であるユーラシア大陸と樺太(サハリン)を通じ、地理的に近いことがあげられる。

氷河期には、大陸とつながっていたので多くの高山植物がやってきた。氷河期が終わると、礼文島は冷涼な高山的気候と、低山といえ複雑な地形により、多くの高山植物が生き残ることになった。高山がない標高の低い島に高山植物が残るようになったのはいくつか理由がある。また、夏にも霧が出やすく気温が上がらないことも理由のひとつであろう。

チシマフウロ。その背後には利尻山が見える

 

しかしそれでは夏の寒さにも強い針葉樹やダケカンバなど寒さに強い木々がないことを説明できない。高山植物は背が低い。このため木が生えるような場所だと、太陽光線を受けることができないために枯れてしまう。木が生えることができない環境が高山植物に必要なのだ。

礼文島には高い山がなく、風通しが良い。今回の滞在時も毎日強い風に吹かれた。このため、冬の季節風が吹く時には、さらに強い風が吹く。寒いうえに強い風が吹くので、礼文島ではあまり深く雪が積もらないという。特に島の南北の岬のあたりや、西海岸には強い風が吹く。

実は深く雪が積もった方が、地面は暖かく保護される。雪が深く積もった場合には、 地表近くは0度以下になることは少ない。雪は寒気から大地を守る、防寒着のようなものである。雪で作ったカマクラの内部が暖かく感じるのと同じ仕組みである。

このため、吹き溜まりになって雪が深く掴む場所には、背の高い木が生き残ることができる。反対に冬に季節風の風当たりが強く、風にえぐられ積雪が少ない場所には、背の高い木が生えることができない。背の高さが1m程度と低いチシマザサですら、ある程度積雪に守られないと冬に生き残ることはできない。

礼文島の西海岸の様子。木が少ないことが確認できる

 

このような厳しい場所でも生き残ることができるのが高山植物である。多くは北方から氷河期にやってきた高山植物は、寒さに強く、冬の寒さにも負けない生存システムを持っている。だから雪に保護されなくても、厳しい冬を生き残ることができた。このような理由が複雑に重なり、礼文島は標高の低い場所に樹林がなく、草地が広がり、花が美しい高山植物がたくさんある「花の浮島」になったのである。

これに対してすぐ南東にある利尻山には高い山があるため、山裾は礼文島と比較すると風が弱い。さらに山があるために上昇気流が起きやすく、積雪が多くなりがちで背が高い木が生き残ることができる。島全体としては木々が発展し、高山植物は風当たりの強い山の上にだけある。だから利尻山の上部には高山植物が沢山あっても登山者にしか見ることはできない。もっとも登山道は長くきついので、登山者も花をのんびり見ている暇がないのが現実だろう。

高い山があるかないか。これがふたつの島で、海岸近くにまで花が多いか少ないかを決定している。自然って、本当に不思議なものだ。もちろんだからこそ面白い。

 

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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