自転車と登山を組み合わせて、山をより深く味わう冒険へ
上り坂を登山口まで自転車で登り、その後登頂をする、ハードな自転車登山。登山のアプローチは短く、楽にしたいと思う人が多い中、どうして自転車と登山を組み合わせているのか。アプローチに自転車を使う山行の魅力を、土庄雄平さんに教えてもらった。
文・写真=土庄雄平
登山道を一歩ずつ進む登山、舗装路を風を切って走る自転車。この二つを組み合わせることで、山をより深く、より自由に楽しむ旅となる。移動そのものもアクティビティとなり、より大きな標高差で山のフィールドを味わえるのが、このスタイルの醍醐味だ。学生時代からこの旅の形に心を奪われ、10年以上全国各地の山々を自転車とともに巡ってきた私が、その魅力や楽しさを余すところなく紹介したい。
自転車が開いた山への入口
私が山の世界に足を踏み入れた理由は、登山ではない。きっかけは一台の自転車だった。京都で過ごしていた学生時代、通学用の自転車が壊れたときに父が贈ってくれたクロスバイク。はじめは数万円もする高価な贈り物に戸惑いながらも、ひとたびペダルを踏めば軽やかな走りと風の心地よさにすっかり魅了されてしまった。
当初は交通費を浮かせるために乗っていた自転車だったが、やがて大阪のアルバイト先まで通うようになり、気づけば走行距離はどんどん延びていった。このころには、ただ走ること自体が目的になり始めていた。京都という土地柄も大きい。市街地から30分も漕げば峠にたどり着き、京都周辺の峠を巡ることが日常となった。こうして自転車は、私にとって山への入口となった。
自転車と登山が交わる場所、乗鞍岳(のりくらだけ)
では、私の自転車ライフが登山と結びついたのはどの瞬間だったのか。それは北アルプスの「乗鞍岳」に足を踏み入れたときだった。登山者にとっては日本百名山の一つで、初心者でも挑戦しやすい名峰であり、サイクリストにとっては自転車で到達できる日本最高所という、双方にとって聖地ともいえる場所である。飛騨高山出身の先輩に「一度は行くべきだ」と勧められ、乗鞍岳をめざすことにした。
9月下旬、奇跡的にタイミングよく紅葉の盛りを迎えていた山肌は、赤や黄、オレンジに彩られ、まるで絵画の中を走っているかのような錯覚を覚えるほど美しかった。畳平(たたみだいら)に到着し、自転車を降りて、最高峰・剣ヶ峰(けんがみね)の頂上へと登る。標高差400mほどの登山を経て山頂に立った瞬間、北アルプスの大パノラマが視界いっぱいに広がり、息を呑むほどの圧倒的な景色に心を奪われた。
自転車と登山、二つをつなぐ理由
サイクリストは通常、峠をめざすことはあっても、自転車を降りてそれ以上をめざすことはほとんどない。しかし、私はそこで気づいたのだ。それでは山の核心を逃しているのではないかと。逆に登山だけでは、麓や山腹の魅力を充分に味わえない場合もある。登山道の起点までは車で点と点を移動することが多く、移動自体は単なる通過点に過ぎない。
自転車と登山を組み合わせることで、山麓から山頂までを一筆書きで楽しめる。このスタイルは見た目は華やかだが、実際はかなり泥臭い。前に立ちはだかる坂道に立ち向かうには、どこまでも気力と体力が問われる。だが、その先に広がる山頂からのパノラマは、言葉を失うほどの達成感を与えてくれる。積み重ねた疲労も苦労も、山頂からの景色を見た瞬間にすべてが報われる。
日本を駆け抜ける自転車と登山の旅へ
この経験を経て、私は全国の山々を自転車と登山で巡るスタイルに夢中になった。北海道の知床(しれとこ)・羅臼岳(らうすだけ)、四国の石鎚山(いしづちやま)、九州の阿蘇(あそ)・くじゅう連山など、各地で自転車を駆使して山麓まで移動し、そこから山頂へと挑んできた。このスタイルの醍醐味は、身体一つで自由を感じながら愚直に一歩ずつ山をめざすことにある。大学卒業後、慣れない社会人生活に閉塞感を感じていた私にとって、山をめざすこの時間こそが最高の潤滑油となってくれた。
自転車で長い距離を走ると、その道中で土地の文化や景色に触れたり、地域の人と自然に言葉を交わしたりする機会が多い。たとえば、何度も通った北海道では、日本百名山をバイクで巡っているライダーと意気投合し、濃い時間を過ごした。そうした出会いから生まれる会話やつながりは、自分の価値観を広げてくれる大切な糧になっている。
頂から麓へ、山の楽しみ方が広がる
自転車と登山をひとつにすると、アスファルトの道から登山道までが連続するひとつの旅になる。道中、山麓の町や温泉、景勝地に目が向き、それぞれが山とどう関わっているのかを考えながら進む旅になる。自転車での移動は、山へのアプローチを一つのストーリーに変え、自然と真正面から向き合う時間を増やしてくれる。その体験は、筆舌に尽くしがたい充実感として心に残る。
山の印象は、より標高差を伴って立体的に記憶され、景色や風の音、町や峠の空気までが鮮やかに脳裏に焼きつく。疲労を乗り越えてたどり着く登頂の喜びは、唯一無二のご褒美と言える。自転車と登山を組み合わせるスタイルを、ハードル高く感じる人は、まずは身近な山を自転車で訪れてみてはどうだろうか?歩き慣れた山でも、新しい発見や魅力に出会えるはずだ。
プロフィール
土庄雄平(とのしょう・ゆうへい)
1993年生まれ、愛知県豊田市出身。会社員として働くかたわら、フリーの山岳自転車旅ライターとして活動する。春は日本アルプス山麓に咲く桜、夏は清流や滝の涼、秋は白山の紅葉、冬は東海地方の雪山に広がる霧氷と、四季折々の山の表情を求めて旅を続ける。ホーム山域は両白山地や阿智セブンサミット。離島の山や山奥にたたずむ秘湯も好む。いつか我が子と共に山登りを楽しむ日を夢見ている。
自転車 × 登山
自転車と登山を組み合わせると、クルマや公共交通機関とはひと味違った風景が見えてきます。自転車のサドルにまたがって、あの山めざしてペダルを踏めば、新しい楽しみに出合えます。
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