『日本百名山』にも数えられ、甲府盆地の北東に位置し、山梨・東京・埼玉とつながる秩父多摩甲斐国立公園の一部でもある大菩薩嶺。江戸時代には、武蔵国と甲斐国を結ぶ旧青梅街道の重要な峠として、多くの人々が往来していたという。そんな大菩薩嶺をとくに有名にしたのが中里介山の長編時代小説『大菩薩峠』だが、その内容について知る登山愛好者は少ない。
標高は2057mと2000m級の山だが、車でアクセスできる最も標高の高い登山口は1600mのため、交通至便で登りやすく、首都圏の日帰りハイカーに人気が高い。
そして、大菩薩嶺を巡るコースは、初心者向けから中級者までバラエティ豊かで、特に新緑や紅葉の季節と時期を違えて何度登っても飽きることがない。カラマツ林や鬱蒼とした苔の森、険しい岩場、山野草の群生など、山道では歩みを進めるごとに景色の変化を楽しめる。
その最大の魅力は雷岩から大菩薩峠の間の開放的な笹の平原の尾根歩きと、裾野まで見渡せる雄大な富士山の絶景で、南アルプス、乗鞍岳、八ヶ岳、雲取山、大菩薩湖の眺望も美しい。
さらに大菩薩嶺の魅力を高めているのが、点在する山小屋や茶屋、周辺の温泉だ。登山口の目印にもなっているロッジ長兵衛や福ちゃん荘は前泊にも休憩にも便利で、時間の余裕があるなら峠に建つ介山荘に一泊して甲府盆地の夜景鑑賞をしたり、富士見山荘で天体観察をするのも思い出深い経験になるだろう。
そのほかにも昔ながらの趣ある佇まいの丸川荘や千石茶屋も魅力に溢れ、麓にある裂石温泉雲峰荘や奥多摩温泉小菅の湯、やまと天目山温泉は良泉揃いだ。こうした山小屋などが多いのは、ハイカーにとって安心でもあり、また楽しみでもあるだろう。
ぜひこれから紹介するコースに挑戦して、魅力あふれる大菩薩を堪能しよう。地元観光協会が主催するトレッキングツアーも人気なので、チェックするのもおすすめだ。
カラマツが美しい唐松尾根や眺望が見事な大菩薩峠手前の笹尾根の下りなど、3時間ほどで大菩薩嶺の魅力をコンパクトかつ存分に楽しめる周回コース。初心者やファミリーでも登りやすいので、百名山デビューにもピッタリだ。
まずは駐車場や公衆トイレのある標高約1600mの上日川峠(ロッジ長兵衛)を出発し、福ちゃん荘~唐松尾根~雷岩~大菩薩嶺~雷岩~賽ノ河原~大菩薩峠~富士見山荘~福ちゃん荘~上日川峠と帰ってくる、大菩薩を楽しむ最もポピュラーなコースだ。
ちなみに、山頂の大菩薩嶺は針葉樹林の中で眺望は望めないうえに狭いので、見晴らしのいい雷岩~大菩薩峠での休憩がおすすめだ。
高低図
コースの起点と終点はvol.1のコースと同じ上日川峠だが、少しだけ大回りする本コースもオススメだ。福ちゃん荘~雷岩~大菩薩嶺~雷岩~大菩薩峠へと歩いて眺望を楽しんだ後は、さらに南に進み、熊沢山~石丸峠~上日川峠へと歩くコースを歩いてみたい。
熊沢山は樹林に覆われた林、石丸峠は草原歩きを楽しめる見渡す限りの笹原、さらにその先は新緑が美しいカラマツ林など、大菩薩嶺や峠周辺だけでなく、下山道も変化に富んでおもしろい。王道のコースとのコースタイムの差は30分程度、余裕のある人はぜひ大回りすることをおススメしたい。
高低図
大菩薩の魅力をたっぷり味わいたいなら、上日川峠の駐車場ができるまではメインの登山口だった標高900m付近の大菩薩峠登山口から周回するコースがオススメだ。大菩薩峠登山口から上日川峠~大菩薩峠~大菩薩嶺~丸川峠へち進み、大菩薩峠登山口へと周回する約7時間のロングコースとなる。
登りは大菩薩嶺の南面を通るので賑やかで明るい雰囲気だが、下りの北面(特に山頂から丸川峠までの針葉樹や苔の森)は暗くしっとりした山道で、劇的に変わる大菩薩嶺の両面を楽しむことができる。また、丸川荘周辺の草原は山中のオアシスともいわれる場所で、春から秋にかけては花が咲き乱れる人気の休憩ポイントだ。
周回コースなのでバスでもマイカーでもアクセスできるのも嬉しい。バスの場合は大菩薩峠登山口バス停で下車、車の場合は無料の丸川峠駐車場がある。下山前後には、美容の湯としても人気の裂石温泉雲峰荘にぜひ立ち寄りたい。
高低図
アクセスのいい上日川峠を出発し、奥多摩方面・小菅村に降りていくコースも魅力たっぷりだ。上日川峠から大菩薩嶺や大菩薩峠を目指すのは、他のコースと同様だが、大菩薩峠から石丸峠へと進んだ後には進路を東に取り、長大な牛ノ寝通りの尾根を下り小菅へと降りる。約6時間のコースのうち2/3ほどは下りで、スリリングな場所は少ないが、14km以上と道は長く健脚向けのコースとなる。
牛ノ寝通りは、石丸峠付近から鶴峠の間にある標高1300~1400mの緩やかな尾根で、ブナやミズナラの広葉樹の巨木が明るい森をつくっている。紅葉はもちろん、新緑もすばらしいので、大菩薩峠に小屋泊まりして時間をかけて歩くのもおすすめだ。
さらに、小菅には日帰り温泉施設の「奥多摩温泉小菅の湯」があり、奥多摩行き、および大月行きのバスが発着しているので、縦走登山者には嬉しい。小菅の湯で入浴や食事をして、長い山旅を楽しみたいコースだ。
高低図
大菩薩嶺からは南にも長大な尾根が続いていて、この尾根は小金沢連嶺とも大菩薩連嶺とも言われていて、JR中央本線まで歩いていける。もし健脚に自身があり、時間がたっぷりあるなら、この南へと続く尾根を進んでみたい。
石丸峠からは~小金沢山~牛奥ノ雁ヶ腹摺山~黒岳~湯ノ沢峠へと進み、やまと天目山温泉へと下山するのが一般的だ。小金沢山や牛奥ノ雁ヶ腹摺山、白谷ノ丸は富士山ビューの絶景ポイントとして知られ、稜線上では歩くごとに近づいてくる富士の雄姿を満喫できる。
大菩薩嶺をバックに気持ちのいい稜線や森を歩く約7時間のコースを存分に楽しみたいが、やまと天目山温泉からJR甲斐大和駅まではバスの本数が少ないので注意が必要だ(徒歩だと1時間ほど)。
また、もし時間も体力もあるなら、湯ノ沢峠からさらに南下して滝子山を経てJR中央本線の笹子駅へと進みたい。なお、途中の湯ノ沢峠には避難小屋・水場・駐車場・トイレもあるので、ここで泊まることもできる。テントを背負って行くことも可能だ。
高低図