行程・コース
天候
快晴/快晴/快晴
登山口へのアクセス
マイカー
この登山記録の行程
自宅(3:40)松本IC(6:00)新穂高温泉(7:10~8:00)登山口(1,470m/10:00)大ノマ乗越幕営(14:50/8:15)大ノマ岳(9:15)秩父平(9:30)下降点(10:15~45)板戸岳(12:00~30)下降点(15:10)大ノマ岳(16:00)テント(16:15/7:10)弓折岳(7:40)双六池(9:15~10:00)双六岳(11:20)双六南峰(11:55~12:30)出合(2,455m/12:55)大ノマ乗越(14:15~55)蒲田川左俣(1,470m/16:55)ワサビ平小屋(17:15)新穂高温泉(18:25)自宅()
高低図
登山記録
行動記録・感想・メモ
8年振りに蒲田川左俣谷林道を歩く。スキー板(5kg)と4日分の食料で重いザックが肩に食い込み汗が滲み出る。ワサビ小屋手前の広場で一本立てて行くと、途切れ勝ちな雪も次第に多くなり、登山口の橋の袂で2本目を立てて大汗を拭う。
目の前には雪を一杯に詰めて真っ白い秩父(小)沢が広がり、最奥には弓折岳が聳えている。6名が目の前を登って行き、よく目を凝らすと1ピッチ先にも黒い点がゆっくりと動いているのが見える。荷を軽くすべくシールを付けて板を履く。
秩父沢の出合付近はデブリで10m程も高くなっておりその膨大な量に驚くが、沢から押し出された土砂の堆積が下地になっているのだろう。雪の斜面で半円形に囲まれた沢底はパラボラアンテナの焦点の様に太陽光が集中して暑く、肌着一枚になって腕捲りして登る。しかし、暑さに加えて傾斜も増し、1ピッチ50分がだんだん短くなり、遂には続けて30分とは歩けなくなる。
斜面の勾配は大ノマ乗越へ向かって増すばかりで、スキーアイゼンを着けてもシールでの直登が困難になり、大きくジグザグを切って登る。軽装の小屋泊りの3人組が一直線に登って行くのを感心して見惚れる次第だ。その中の一人はなかなか年季の入った歩き方だが、4日分の食料とテントを背負っていてはあんな歩き方は土台無理と言うもの!
8年前は初日に弓折岳まで登るのがやっとだったので、今回も大いに苦戦を予想していたのだが、15時前には乗越に登り着いて先ずは一安心する。先着して大休止を取っていたスキーヤーは、反対側の双六谷へ華麗にターンして滑り込んで行く(雪質の変化の激しい山で、滑り始めて直ぐにターンするなんてなんと無謀な!ほら、言わないこっちゃない)。本谷出合まで滑降を楽しんだ後、沢沿いに高度を稼いで双六小屋まで行くのがスキーヤーズルートらしい。
傾斜の緩い双六谷側の斜面にツェルトを張る。3泊する予定なので、鋸で雪を切り出して雪営地を造成する一方、1m余の高さにブロックを積み上げて三方を囲って確りと風対策をする。雪が腐っているので直ぐに手袋が濡れてしまうが、素手では冷たくて手に負えない。
途中で天気図を取り、17時頃荷物を中に入れてやっと落ち着く。この頃には気温が下がって雪はバリバリに凍る。隣にも、双六池まで行くのを諦めた3人組がテントを張っている。ガスに点火して水を造り、炊事を始める。この時期は含水率が高いので造水も捗り、明日の板戸岳往復の手順を考えながらのんびりと食事を摂る。
「食後のお茶を一杯」とコンロに点火しようとすると、マッチの頭の硫黄が燻って燃えず、瞬く間に手持ちのマッチ棒を消耗してしまいそうになり慌てる。「予めガスを出しておいてマッチを擦れば、硫黄に点火した瞬間にガスに燃え移るだろう」と気付き、やっとコンロの点火に成功する。
しかし、マッチの残りは3本しか無く、炊事毎に1本で済ませるとしても3泊するためには最低5本は必要である。水も造らなければならず、朝晩をパンの食事にするにしても暖かい飲み物位は欲しいし、この時期に火気無しの炊事は考えられず、このままだと明日には下山しなければならない。
本番用に持って来るのを忘れて予備のマッチを使用したのだが、1年以上も持ち歩いているので厳重な包装にも拘わらず湿気っていたと言う訳だ。全く恥ずかしい次第だが、意を決して隣のテントに助けを求める。「マッチが有ったら分けて欲しいのですが」と。「有るんだよなあ。ライターをあげるよ」と明るい声が返って来て、危機を脱する。
雲一つ無い夕暮れは「こんなにも大気が澄んでいるのか!」と思う程に澄明で、槍ケ岳と大喰岳のカールがアーベントロートに甘く輝いて今日1日のアルバイトを慰め、明日の好天を約束する。
朝寝を楽しんで起きると快晴だ。アイゼンを履きスキーをザックに付け、隣のテントに声を掛けて出発する。3人は双六岳に行くと言う。
大ノマ岳の雪面は程好くクラストしてアイゼンの利きが心地好いが、息切れがして一気に頂上までと言う訳には行かず、途中で大雉を撃ったりして以外と時間を食う。頂上に立つと、秩父平の上に急な雪壁と雪庇が見て取れる。
秩父平へは、傾斜の緩い滑降には魅力的な斜面が下っているが、時間を節約するためにアイゼンでトットットと先を急ぐ。双六岳周辺にはスキーに打って付けの斜面がゴロゴロしており、幾らでも滑降を楽しむチャンスがあるので、ここの滑降を諦めても惜しい気はしない。左足上がりの斜面のトラバースは右足にのみ負担が掛かってあまり歓迎しないが、15分で鞍部に下り一息入れる。
岩尾根の左から大雪面を廻り込んで尾根の上に出ると、上部の岩稜へ抜ける所が急で手強そうなので、再び雪面にルートを取って左上し縦走路の道標に出る。目指す板戸岳と途中の尾根の全貌を見渡す事が出来る。尾根の途中に在る2,343mの三角点までは無立木の雪面が続いており、「予想通りだ。して遣ったり!」とほくそ笑む。大休止をして食事を摂り滑降の準備をする。アイゼンとバイルは這松の下に用心深くデポする(乗越から笠ヶ岳の方へはトレースが無いので盗まれる心配は無さそうだが)。
地図で地形を確認して滑降ルートを決め、P2,667mの北西斜面から滑り始めて左の沢に滑り込み、途中で左の斜面に移って、まだクラストしている急斜面を斜滑降で緩く慎重に下る。傾斜の緩い疎林の上縁を翳めて小沢に入り、大きくターンしながら目指す尾根へ滑り込む。快適そのもので、一気に降りてしまうのが勿体無い。立ち止まり、振り返って自分の(華麗な?)トレールを眺めて悦に入る。
2,465mの鞍部で踵の固定を外して20m程登り返し、広く緩い尾根の背を自在に滑ると、双六谷の上に双六岳が大きな塊となって座を占める。標高2,400m付近からは傾斜が増して尾根が狭くなり、針葉樹も混んでスキーでの下降は無理となる。
林の中の雪は陽射しが無いので堅く、靴が潜らずに歩き易く下りのピッチが上がる。最低鞍部から60m登り返すと待望の板戸岳だ。途中に赤布は全く見当たらなかったが、山頂にも人の痕跡は無い。
黒部五郎岳が目と鼻の近さになり、乗越小屋は夏と同じ様にゆったりと落ち着いた感じで雪原の中に建っている。五郎右衛門谷は雪に埋まっているが、下部の方には滝が現われて水飛沫が舞っている。黒部五郎から左に派生している尾根は完璧な雪稜で、スキーには非常に魅力的だ。アプローチがどうなっているか調べて見よう。笠ヶ岳が打込谷の奥に高く輝いて、端正だが猛々しさも感じさせて見栄えがする。
最高点の真西に在る三角点へ雪原が続いているが、「どうせ雪の下で見付からないだろう」と、負け惜しみ気味に自分を納得させて行くのを諦める。大ノマ岳は遥か遠くに高く、帰り着くには相当の時間を要する様に見え、「今日は早く帰着して、テントでゆっくり休める」との読みは完全に外れ、4時の天気図を書くのさえ怪しくなって来た。
スキーデポに戻り、シールを着けてP2,480mへ登り返す。ここから鞍部へ滑降し、小尾根を越えて大斜面の下を巻く様に小沢を斜滑降で下り、縦走路に突き上げている沢に滑り込む。再びシールを着けて左のP2,667mの斜面に上がり、大きくジグザグを切りながら縦走路へ登り返す。
アイゼンを回収し、シールのまま急斜面に滑り込んで斜滑降で高度を下げ、最後は直滑降で秩父平へ降りる。鞍部の手前の斜面では二人組が雪洞掘りの真最中で、明日は笠ヶ岳も人を迎える事になる訳だ。一息入れてスキーアイゼンを着け、北側斜面にルートを取って大ノマ岳の頂上まで一定の勾配で登る。
頂上に登り着き、雪の上に体を伸ばして休む。弓折岳の人影を見ながらシールを外し、滑降に向かって気持ちを引き締める。登りの時は尾根の幅が狭い気がしたので緊張気味に滑り始めるが、腐った雪が程好い重さでブレーキになり安心してターン出来る。次第に気持ちに余裕が出来て、右手が秩父沢へ切れ落ちている狭い尾根を幾分得意げになって滑り、瞬く間に鞍部のテントへ帰着する。
今回の山行の本命である硫黄尾根赤岳に登頂すべく早起きするが、出発が少々遅れる。補助ザイルとバイルを持ち、スキーを背負って弓折岳へ登る。平坦な頂上部には2張りのテントが在り、91年5月にビバークした這松に囲まれた窪地も健在である。双六小屋へは小ピークを上下する尾根道が続いており、かなりの人が下山して来る。
尾根が複雑でルート選定が難しく視界不良だと行動が困難な事や、岩場に着いた雪が少なくて腐ると難度が高くなり、白樺平への尾根は雪を踏み抜いて這松の間に落ち込み苦労する等々と、硫黄尾根を登攀した5人パーティーから貴重な話を聞く。昨日は白樺尾根に幕営したそうだが、「ザイルを使ったりして時間を食い、赤岳から双六池まで10時間掛かった」と言う。技術的には何とかなりそうだ(女性を交えた5人のメンバーの様子や装備から判断すると、2人が後の3人を引き連れて登ったと言う処だろう)が、今からでは時間的に遅く、這松帯で苦労して本日中に帰れない可能性が高そうだ。
今日の赤岳登頂を断念し、第三目標の双六岳南峰へ登る事にする。「そうと決まれば急ぐ事も無い」と、西鎌尾根の状態を眺めながらのんびりと快晴の雪稜歩きを楽しむ。
双六小屋で一本立て、缶ビールを買い込む。池のテントは3張りと驚く程少ないが、小屋に入って「お客は多いの」と聞くと「予約客だけでも60人居り、全部で100人以上居ます。予約していない人でも泊めない訳には行かないのでね」と、予約無しの宿泊申込みと勘違いして迷惑そうな素振りだ。8~9割がスキーヤーらしい。
双六岳の肩までの登りは長い。小屋の西方の大雪面を大きくジグザグに登り、這松の生えた小段の上に出て、肩の東斜面を三俣蓮華岳の方へトラバースする。這松を交えた緩やかな雪稜が伸びており、数粒の黒点が動いている。双六岳の直ぐ先の鞍部にはテントも在り、それぞれに好天の春山を満喫している。斜面の雪の軟化は浅く、かと言ってアイゼンがよく利く程にはクラストしておらず、スリップした挙句に高度を損する事の無い様にと慎重に進む。
肩に登り着いて緊張とアルバイトから開放され、岩礫と這松の鯨の背をのんびりと歩いて頂上を目指す。「8年前は視界ゼロの中を双六から蓮華まで歩いたが、よく一人で頑張ったものだ!」と、当時の充実した気力と体力を思い出して感慨深い。頂上で一息入れて食事を摂り、南峰へ向かう。
双六岳山頂の賑わいとは別してトレースさえ無い南峰を踏み、昨日登った板戸岳を親しく眺め遣りながら、這松の上に横になって休み大滑降に備える。
カールの上縁からそろりと斜滑降で滑り始める。傾斜が落ちた所でシュテムターンに移り、広く長く見えた斜面を呆気無い程簡単にカールの底まで下りる。本峰直下に食い込んでいる双六谷左俣が左から出合い、無数のトレールに合流して振り子ターンで下る。沢が細くなって傾斜が増す(下流に滝が在りそうだ)と、トレールが3つに分かれている。
右岸の大斜面へ向かい、大きく斜滑降して這松帯を越え、下段の斜面へ移って本流へ下降する。ターンを繋げて広大な斜面を好き勝手に滑り下りるのは山スキーの醍醐味で、思わず歓声が口を衝く。どんどん高度を下げて二俣まで下りると、双六岳は大きな図体の一角を望めるだけとなる。
本谷沿いにも雪はたっぷりと残っており、あっと言う間に乗越沢出合まで滑降する。下降者のトレ-ルを辿る乗越沢へのトラバースはシール無しでは不安定な登りで、途中で板を外して背負い、沢筋に入って急登する。
乗越からスキーで滑降するのでステップは殆ど残っておらず、午後の暑い太陽の下でのキックステップに体力を消耗し、筋肉の疲れが酷い。大ノマ乗越に登り着くと30人ものスキーヤーが休んでいる。シュラフを板に掛けて乾し、やれやれと腰を下ろし、ビールを飲みながら行動予定を再検討する。
明早朝に出発して雪がクラストしている間に赤岳へ登る事も不可能ではないと思われるが、帰りに時間が掛かるだろう。気になるのは天気だが、絹雲が現われて広がって来ており、1日後には雨(山では雪だろう)になると思われる。天気図を描いて確認するのが間違い無い処だが、明朝下山する場合、固い雪の滑降に梃子摺るのは目に見えており、苦しい思いをして登った左俣谷の大滑降の楽しみをみすみす放棄するのは如何にも切ない。
「赤岳へは3月頃か、雪の多いGWに再度出掛けるのが賢明だろう」と考え、本日中に下山する事に決める。そうと決まればあまりゆっくりとしていられず、手早くテントを畳んでパッキングする(ライターを貰った隣のテントは既に無い。~14:55)。
方向転換を繰り返して稜線直下の急斜面を慎重に下る。雪は腐って重く緊張感は無いが、スリップして高度を損するのは御免だ。傾斜が緩んだ処でターンしながらどんどん下る。小さい凹凸は大して気にならず、ザックの重みも気にせず豪快に滑降して快哉を叫ぶが、足の筋肉が持たないのは如何ともし難く、途中で何回か休みを入れる。鏡平への分岐点付近に張ってあるテントの横を翳めて滑り、左俣本谷に架かる橋の際までしぶとくスキーで下る。
重くなったザックを担いで黙々と林道を歩く。楽しみは温泉だが、今回も新穂高の(登山者のための)無料の温泉は入浴時間が過ぎて入れず、槍見温泉入口の川原に在る露天風呂へ向かう。円くて大きく湯量豊富な温泉の底に敷いてある玉砂利の感触は秀逸で、川原に向かって開けた開放感も素晴らしい。その上無料と来て、言う事無し。










