行程・コース
天候
晴れ後曇り/小雨/曇り/曇り後晴れ
登山口へのアクセス
タクシー
この登山記録の行程
登山口(1,110m、6:55)十石峠(8:30)音更山(11:35)石狩岳(13:10)川上岳(14:50)ニペノ耳(15:20)幕営(1,705m、16:40/4:55)根曲廊下(5:55)沼ノ原(9:30)五色ヶ原(12:10)五色岳(13:45)化雲岳(15:05)鞍部幕営(1,795m、15:50/5:05)トムラウシ山(7:35)三川台(9:30)ツリガネ山(1,655m、11:00)ッコスマヌプリ(1,610m、12:55)双子池幕営(15:00/4:10)オプタテシケ山(6:25)ベベツ岳(7:30)石垣山(8:00)美瑛富士(9:25)美瑛岳(11:10)望岳台(935m、13:35)
高低図
登山記録
行動記録・感想・メモ
間一髪で千歳行の航空券を手に入れ、金曜日夜の便で羽田を発ち、札幌を素通りして旭川のビジネスホテルに泊る(これまた、やっと予約を取る)。
玲峰山岳会の倉品・浅見さんに柏山岳会の加瀬さんを加えた4人パーティーで、『海の記念日』の連休にトムラウシ山へ登る。
翌朝、頼んでおいたタクシーに乗って長躯ユニ石狩岳登山口へ向かう(1時間半、24,000円)。石狩岳から五色ヶ原を経てトムラウシに登り4日間で十勝岳まで縦走するには、水場の関係等で1日10時間以上を歩かなければならず、“時は金也”なのだ。
登山口を予定より1時間早く幸先良く出発して雨上がりの清々しい沢沿いの道をヒグマの事を気掛かりに思いながら元気に歩くと、リスが木の枝の上で歓迎する。狭まった沢に残雪が現れ、標高1,300m付近からは這松が生える。
十石峠まで登ると潅木帯が明るく開け、這松斜面の上に聳えるユニ石狩岳が緑を装って美しい。稜線は雲の中に隠れている事が多いが、曇り時々晴れの天気で、「先ずは良かった」と喜ぶ。
前方には三角形の鋭鋒が時々姿を現すが、トムラウシ山ではなく南に位置する天狗岳だろう。峠で2人と出会い、心強く思いながら先へ進む。P1,685付近では、濃いピンクの頭でっかちでシオマネキを連想させるエゾツツジに出会う。稜線には大輪のエゾキンバイや他にも諸々の高山植物が咲き誇っており、女性陣は大いに喜ぶ。
音更山への途中でキタキツネにも出会う。濡れそぼった子狐だと思うが、近付いても逃げようとせず人間の方がドギマギする。 音更山から石狩岳へ下って行くと1人登って来る。南面からのシュナイダーコースと言うのがあって、石狩岳と音更山を目指すらしい。
石狩岳の登りでは岩が出てくるが、高山植物も一層多く盛んになる。山頂に出ると鈍く輝く沼ノ平の湖沼群を雪渓かと見紛うが、大沼は一際はっきりと大きく白い。しかし、五色ヶ原はガスに煙って定かではない。
P1,924からは顕著な尾根が右に派生しており、はっきりした踏跡(獣道?)が雪渓の横と下方に付いている。が、縦走路は真直ぐに伸びており、川上岳を踏んでニペノ耳へ達し、少し下ったピークの南面の草原で高山植物を眺めながら一本立てる。
鹿が現れ、盛んに警戒音を発しながら竹薮の中へ消えて行くが、我々もそろそろ行動停止の時間だ。予定地は根曲廊下の1,289mの水場のある鞍部だが、まだ1時間は掛かりそうだし、樹林帯の中での幕営はあまりぞっとしない。
P1,729と稜線に挟まれた小窪地に雪渓と水溜りが残っているのを見て偵察に下ると、踏跡の脇に大きな熊の糞が2個落ちているではないか! しかし窪地の草地には明らかな幕営の跡が認められる。散々迷った挙句、「先人も無事に翌日を迎えた事だろうから」と、ここに幕営する決意をする。
熊と糞で汚された水がと女性陣には不評だが、雪渓の溶けた薄汚い水を集めて炊事の用に供し、煮沸して飲料水とする。寝る前に全員で大声を出して熊に対して人間の存在を明らかにして、シュラフに潜り込む。
夜半の小雨で木々は濡れて瑞々しく、冷気が心地好い。とは言え、雨カッパを着けていないとズボンが濡れ、新品のゴアテックス内張りの布靴も間も無く水を含んでくる。
1,289mの鞍部は竹薮に囲まれ、水場は左の方にあるが、空地では凄まじい数の蚊が舞っている。「こんな所には泊れなかった。昨日の幕営地選定は正解だった!」と皆で喜ぶ。
小雨が降り出した中を、カッパの上下を着込んだ完全武装で笹の間の道に入り込むと、密生した笹が道に覆い被さり、あるいは雪の重みで倒れた笹が道を塞いでいる。全身で笹を押し分け道を切り開いて進むが、雨と汗に塗れた上に笹の煤がくっ付いて真っ黒になる。
油断すると枝分かれした獣道に入り込んで行方不明になってしまいそうだし、「道形だけは確りしていて心強い味方だ」と思っていると、山側の笹の成長の勢いに押されて突然道が途切れたりして全く油断が出来ない。緩い地形の所で道を外すと厄介なので、慎重に辛抱して進む。幸い、道はP1,375の南を巻いて地図通りに通じている様だ。
水の溜った緩い沢状の地形を下り、1,309mの鞍部から待望の登りに転じると突然人が現れてお互いに吃驚する。60歳前の小柄な人だが、単独の沢登り支度で首からホイッスルを下げて熊へ備えている。
人に出逢った懐かしさから、休憩方々暫く雑談する。「どちらへ行くのですか?」と聞くと、「この部分だけ歩き残しているもので。この先で沢を下降して沼ノ平の登山口に帰ります」と言う。「ここは迷い易いんですよ」、「笹を伐採すると好いのにねえ」、「昔からこの状態ですよ」と元気で、健闘を祈って別れる。事ここに至って、『根曲廊下』が単なる地点の名前ではなく根曲竹の密生する間に廊下の様に付けられた縦走路を意味する事を思い知った次第だ。
台地の肩に出てやっと笹薮漕ぎから解放され、果てし無く続く様に思われる腰丈位の笹の間の道を急ぎ、潅木の間に広がる池塘の縁に出て雨に打たれながら立休を取る。距離約2.5㎞で登り150m、下り50mの根曲廊下に3時間を要した事になる。
沼地に迫り出して生えた潅木と池塘の境目を道を探しながら磁石で進むと、石狩岳以来初めての道標『ヌプントムラウシ温泉分岐』が現れ、やっと人心地が着く。
沼ノ原へ向かう道は俄然良くなり、沼ノ原登山口からの道との合流点には十数人が休んでいる。登山口からは次々とハイカーが登って来て、突然の賑やかさに戸惑いを感じるが、雨具を脱ぎ、真っ黒な顔を池塘の水で綺麗にして大休止を取る。
天気は芳しくなく前進の気を殺がれそうだが、かと言って下山する気はしない。木道をテンポ良く歩き、大沼を廻り込んで沼ノ原を抜け、水量豊富な五色の水場へと下って行く。無色透明でやや無味の、雪融け水の味だ。
ここから、ぬかるんでグチャグチャの道を100m登ると五色ヶ原の末端で、笹の中をクチャンベツ川右俣上流に向かってトラバース気味に高度を上げ、雪融け水を集めて勢いよく流下する沢の右岸を付かず離れず登るとあちこちに雪渓が現れて、煙る水蒸気がひんやりと体と心を冷やす。濡れそぼってザックを下ろし、小沢の水で喉を潤しながら食事を摂って体力と気力を養い、登行への意思を持続させる。
沢形が消えると雪渓も消えて草原が広がり、高山植物の出番となる。標高1,625m付近で一本立てる頃(12:10)には幾分天気が好転し、五色岳とその裾野の広大な五色ヶ原が姿を垣間見せて遠来の客を喜ばせる。
標高1,800m前後にはキンバイやウルップソウがすくすくと育って花開いており、見惚れつつ歩く。やがて、主稜の一角にある這松に覆われた五色岳に登り着く。北へ白雲岳を経て旭岳への縦走路が通じているのだが、踏跡が細いのは以外だ。
一休みして背丈を越す這松の中の道を化雲岳へ向かう。広い雪渓をトラバースして巻道分岐(14:45)から砂礫の道を頂上へ向って登り、霧が去来する中、化雲岳の象徴である大岩の前で写真に納まる。
登りから解放された喜びで足取りも軽くなり、ヒサゴ沼上部の鞍部へ向かって下る。明日の事を考えて今日は横着して鞍部に泊る積りだから、「他の登山者が消えてしまう頃に到着しよう」と周囲を見渡しながらゆっくりと下る。
岩がゴロゴロする鞍部に何とかスペースを見付けて2人用テント2つを張り、近くの雪渓へ雪を採りに行くと岩の間からナキウサギが顔を出す。
昨夜は雨も降らず、今日は天気も好さそうだ。今朝も5時出発と好調で、いよいよトムラウシ山へ向かう。小丘と無数にある窪地の間には花が美しく咲き乱れ、朝日を浴びながら進んで行くと、天沼の雪渓には数張りのテントが在る。「知っていれば、我々もここまで前進したのに」とは後の祭り。
P1,995に向かって緩く登ると次第に視界が開けてくる。後方には複雑な地形の向こうに化雲岳がペチャパイを思わせてなだらかに横たわり、前方にはトムラウシの岩山が次第に迫り上がってくる。北沼湖畔には雪渓が融け残っており、崩落した雪塊が水面に顔を出して輝いているアルペン的な景色に皆が沸く。
傾斜の増した岩肌の間を一頑張りして、トムラウシ山頂に立つ。百名山の1つだが、視界が無いのが惜しい。浅見さんは1年振り2度目の登頂だそうだが、「昨年に続いての視界不良だ」と言う。
山頂から南に向かって岩の間を急降下するとガスが薄れ、山頂の西にある雪渓の下方に快適そうなテントサイトが広がっており、暢びやかな雰囲気が溢れている。小丘の南裾を緩く上がって廻り込み、南沼の方へ下りて行く。
ここから三川台まで3km余に亘る緩い尾根が東西に伸びているのだが、ユウトムラウシ川上流に面する南面は切り立った崖になっているのに反し、クワウンナイ川上流の北面には黄金ヶ原が広がって高山植物の宝庫となっており、大群落に目を見張る。
霧の中に果てし無く続くハクサンイチゲの広がりを見て「流石に北海道の山だ!」と感銘し、コザクラの仲間やツガザクラのピンク色の襲来に嘆声を上げ、十勝岳に登った折に初めて目撃したイソツツジの小粒で端正な白色との再会を嬉しく思いながら歩く。
トムラウシ山から十勝岳への縦走は稜線上だけでも18時間(美瑛岳までは15時間)を要するが、途中には美瑛富士避難小屋しか無く、中間点の双子池付近で幕営する必要がある。従って小屋泊りの登山者が居なくなって、三川台まで数名と擦れ違うのみである。この尾根は殆どが草原で大雪山塊では屈指の高山植物の見所と言え、「他の人にも見せてあげたい」と思うが、途中に小屋が無いので誰でもと言う訳にゆかないのが惜しまれる。
最後に出会った単独の男性は「三川台の先は酷い笹薮だ」と捨て台詞を吐いていたが、「何せ我々は根曲廊下経験者だ」と意に介する事なく先へ進む。
左へ南転して崖を下り、いよいよ十勝岳へ連なる尾根に入り込む。這松と笹が生えて身を包むが、道は確りと続いている。ツリガネ山の肩へ登って一本立て(這松に覆われて山頂への道は無い)、潅木帯をコスマヌプリへ向かう。対向して来る数パーティーと出会ってエールを交換して登る頃、黒雲が迫って雨が降り始めるが、雷は杞憂で済む。
コスマヌプリの山頂も割愛して(這松、道無し)双子池への下降に移ると、小雨の中の緩く長い下りに次第に厭きてくる。鞍部へ近付くに連れて道はぬかるみ、長い笹でますます足元があやふやになって惰性で歩くが、鞍部に在ると信じ込んでいた池もテント場もそこには見当たらない。がっかりしながら緩い登りに転じて、「何れ何処かに在る筈だ」と沢沿いに行くと霧の切目の先に雪渓とテントが見上げられる。
斜面に融け残っている雪渓末端の標高1,400m付近にあり、既に4張りが設営してある。雨に濡れた裸地にテントを張り、雪融け水でカッパの泥を落として一息吐き、落ち着いた処で炊事に掛かる。小雨は止まないが、ホットウィスキーで心地好くなりながらテントの中で食事を取る。
加瀬さんと小川は下山して今日の飛行機で東京へ帰らねばならない。浅見・倉品さんは羊蹄山に登ってから帰京すると言う。20時50分発の飛行機に確実に間に合うべく、早起きしてまだ暗い中を出発する。
登山道の位置が判らないので見当を付けて雪渓を登ると、雪渓の左沿いに付けられている夏道に出るのに少々時間を食い、雪渓の最上端付近で早めの1本目を立てる。この頃には清々しい朝の陽が射して好天を約束し、意気が上がる。後方にはトムラウシ山が雲の上に姿を現し、初めてその見事な山頂を目にして、百名山の1つである事を納得する。
コニーデ形火山の美しい斜面をじっくりと登ってオプタテシケ山の北の肩に立つと、稜線の直ぐ先に朝日に輝く丸い塊の山頂が現れる。稜線のツガザクラの群落に目を見張って先を急ぎ、山頂の冷気の中で輝く朝日を浴びて気持ちが高揚する。残念ながら十勝岳方面は雲が多く、十勝岳・美瑛岳・美瑛富士の山頂を一望する事は出来ない。
オプタテシケ山から2段に下って霧の舞う砂礫の鞍部で一本立ててベベツ岳へ向かうと、美瑛小屋からオプタテシケを目指す人が三々五々に登って来る。石垣山を越え、端整な造りの美瑛小屋を眺めて鞍部へ下ると再び這松等の潅木が現れ、日に焼かれながら歩く。
雪渓に出て、これを登路に採って美瑛富士山頂へ向かう。額から汗が滴り落ちるが、雪塊を取って口に入れ額に当てて得がたい冷たさを楽しむ。雪渓には3人ともそれ程不安は無いようで、楽しく快調に登り、山頂で寛ぐ。雪渓登りで濡れた靴を脱ぎ、裸足になって靴下を搾る。間近に見上げる美瑛山頂では登山者が活発に動いており、闘志を掻き立てる。
夏道を下って鞍部から最後の330mの登りに掛かり、ほぼ予定の時間に締め括りの美瑛岳に到着する。今回は時間切れで割愛せざるを得なかった十勝岳との間は、ポンピ沢が山頂直下まで侵蝕して赤茶けた溶岩が剥き出しになっており、その迫力のある眺めを4日間の山行の最後の印象として頭に焼き付けながらゆっくりと食事を摂る。
美瑛岳は望岳台からの日帰り登山者でなかなか賑やかだ。標高差が1,200mあって登り4時間、下り3時間のタフなコースなので頂上であまりゆっくりする時間は無い様子で、我々も彼等に促される様にして腰を上げ、望岳台へ向って下山を始める。
西尾根を400m下り、ここからポンピ沢の川原へ200m急降下して左岸へ渡り、十勝岳の北麓をトラバースしてスキー場の上部へ向かう。この間は緩やかな道で、高山植物も多く雲ノ平と呼ばれている楽しい所だ。
望岳台へ向かって下ると、美瑛川対岸の台地の上に白金模範牧場がゆったりと展開しているのが見え、北海道の広大な自然を再認識する。
望岳台に下山して土産物屋の親爺に交通事情を尋ねると、「タクシーは美瑛駅にしか居ないから、温泉に入るんだったら白金温泉まで送ってやるよ。皆さんが揃ったらそう言って下さい」と言われ、「他に真意があるのだろうか」とあまりにも親切な申し出に我が耳を疑う。
「加瀬さんが下山するまでには1時間くらいあるだろう」と、カンカン照りで熱々のコンクリートの上にザックの中身を広げると、びしょ濡れのテントも瞬く間に乾き、気持ち同様に軽くなる。やがて浅見さんが降りて来て、加瀬・倉品さんも思ったよりずっと早く下山して来る。
白金温泉まで送ってもらうが、ガソリン代も受け取らず、こちらから頼んだ様な塩梅なので恐縮の他無い。ホテルの入浴料は1,200円と高いが、「世話になった地元に金を落とさなければねえ」と全員納得して温泉を楽しむ。
タクシーの運転手の話を興味深く聞きながら美瑛駅へ向かい、町長の方針に成る駅前商店街の個性的な建物群を興味深く眺める。
この旅は最後まで付いており、現れたのは夏の間1日数往復走っている木製椅子の特別列車で、緑豊かな大地を渡って来る夏を感じさせない風が、開け放たれた広い窓からふんだんに入って来る。タフで欲張った縦走を達成した満足感に浸りながら心地好過ぎる風に吹かれ、“北海道の夏”を心底から味わえる幸せを思う。
倉品さんは何時もの様に元気で、浅見さんは相変わらず足が速く、幕営山行を一緒にした事が無くて多少心配だった加瀬さんも毎日10時間を歩き抜いて、全員揃って予定通り山頂に立つ事が出来た。「上手く行けば付録に」と思っていた十勝岳は流石に無理だったが、4日間通算で行動時間40時間、距離62km、登り5,200m、下り5,440mの縦走は、「平均年齢55才の4人パーティーにしては出来過ぎた成果だ」と自画自賛する。
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