北海道に新たなロングトレイルを。協力者の思いと長大な未来図 ~屈斜路カルデラ外輪山トレイルVol.3

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

北海道東部に準備が進められている「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」。このトレイルに携わる関係者の思いを、ロングトレイルハイカー齋藤正史さんが取材した3回連載の完結編。ロングトレイルの未来へ向けて、北海道だから実現してほしいという提言にも注目。

 

地元の協力者なくては進まない。ボランティアで関わる4人に話を聞く

2019年10月、僕はトレイルのセミナー講師として美幌町を訪れた。2日間の滞在で、2日ともに雨に見舞われることになったが、セミナーでは、「トレイルとは何か?」という内容から、海外のトレイルの事情、僕が現在活動する蔵王国定公園でのトレイルの事例の話をさせていただいた。

地元の観光関係の方を中心に、70名ほどの参加があり、講演後はトレイル構築に関する質問なども多数いただき、地域の関心の高まりを感じた。セミナーの翌日は悪天だったが、試験的に刈り払いしたルートを歩いた。北海道の想像を超える熊笹の状況に驚いたのだった。

美幌峠牧場より


「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」の2019年の取り組みは、①美幌峠現地踏査 ②第2回美幌峠現地踏査 ③藻琴山現地踏査 ④北根室ランチウエイ視察研修 ⑤美幌峠~津別峠踏査 ⑥⑦⑧熊笹試験伐採 ⑨トレイルセミナー ⑩第2回美幌峠~津別峠踏査 ⑪ロングトレイル上映会と、2018年に比べて多くの踏査や研修等が行われた。

僕は、2019年にルート上の熊笹の試験伐採としてトレイルの整備にまでこぎつけたことは大きな前進だったのではないかと思っている。それには、協議会幹事メンバーだけでなく、関係者の協力無くしては前には進まなかった。

深い笹薮に覆われたルートをマーキングしていく


トレイルに魅力を感じ、地域のために尽力している方々からは、言葉の端々にその熱い想いが現れている。「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」を積極的に関わっている4名の方にお話を伺った。

 

美幌町で民宿を営む小形勇一さん

美幌町で民宿を経営する小形勇一さんは、日本のロングトレイルの第一人者である故・加藤則芳さんの本や、山と溪谷社のロングトレイルの本などで、ロングトレイルに興味を持たれたそうだ。また、隣接する中標津町にある、「北根室ランチウエイ」が開通したのを横目に、地元美幌町でもトレイルが作られることが決まり、想いを強くされた。

「私たちの共有財産である風光明媚なこの大自然を小さなお子さんからお年寄りまで、歩く体験を通して教育や健康づくり、思い出づくりの一環として未来に受け継いで欲しい」とおっしゃっていた。今回取材した中で、僕が一番印象に残ったのは、小形さんの「このロングトレイルが、歩くその人の人生の糧となり、思い出の一片となれば」という言葉であり、アメリカのトレイル文化に置き換えれば「トレイルエンジェル(ハイカーを手助けしてくれる人々の総称)」的な存在にも感じたのだ。

 

フリーペーパーの記者をしている成田浩二さん

地元フリーペーパーの記者をされている成田浩二さんは、ご自身が記者として取材をする中で、「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」に魅力を感じ自分なりに手伝えればと思ったそうだ。最初は、山が好きだし実現してほしいと思っていたのだが、トレイル計画の取材や手伝いをする中で、なんとしても実現させたいという想いに変わっていったそうだ。今後もルートの維持管理やPRについても積極的に協力し、地域のみなさんと「開通」という目標を達成したいという熱い想いを持たれていた。 

 

美幌町地域おこし協力隊の河本真由子さん

河本真由子さんは、現在、美幌町地域おこし協力隊としてトレイル計画に参加されているのだが、地域おこし協力隊に応募したきっかけが、トレイル計画に携わりたいという想いだった。念願かない実際に担当してみると、思っていたよりもトレイルを作ることは複雑だったという。様々な事情で構想が中止になったり、頓挫したりするトレイル計画が多いと聞くのはこのせいかもしれない、と感じたのだった。

しかし、多くの問題があってもそれを乗り越えて計画を実現させ「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」のルートの真ん中である美幌峠に、ビジターセンターを作って運営したい、というトレイル開通への想いや、その先を見据えた意見を伺った。

 

美幌町教育委員会の前田政文さん

美幌町教育委員会の前田政文さんは、トレイルの計画を知人から聞き、「そんな壮大な計画があるならぜひ実現させたい」と思い、参加したそうだ。トレイルを「自然と共生し、地域の観光と融合させた形で発展させていきたい」。また、トレイルをきっかけに、美幌峠からの壮大な景観を、世界の方々に知っていただく機会になれば、とおっしゃっていた。

 

屈斜路湖の雄大な景色を見てほしい。旗振り役・信太真人さんの思いは・・・

そして、今回取材した4人をはじめ、協議会の関係者も一様に、このトレイルの魅力に挙げているポイントは、「屈斜路湖の雄大な景色」だという。

このトレイルの旗振り役であり、中心となる美幌観光協会事務局長の信太真人さんにも、トレイルについての想いを聞いた。

なお、信太真人さんには連載第1回でこのトレイル構想が動き出すまでのお話を伺っている。(→連載第1回「北海道に新たなロングトレイルプロジェクト! 「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」とは? 」

笹薮に現れた巨大倒木はGoogle Earthでも確認できる


「当初は、国立公園設立時からの計画でもあるので、満喫プロジェクトに準じていけば、すぐにトレイルができるのだろうと考えていました。今は事業として動いている状態なので 担当者は仕事と意識して活動していますが、当初は違いました。そんな中、木村先生をはじめ、環境省や、協議会幹事のメンバーのみなさんに、『信太さんが進めないとだめだ』言っていただいたことで、自分の中に覚悟のようなものが芽生えたのでした。2019年度は とりあえず全ルートをみんなで藪漕ぎして調査してみようと考えていました。まず、フィールドを熟知することで、いろいろなアイディアや、できること/できないことの取捨ができると思ってました。」

太く強いクマザサを試験的に伐採する作業


「2018年度末に、現場に詳しい森林管理署の署長に『ぜひ職員さんも一緒に調査に協力してほしい』と、声をかけたところ、トレイル計画に対して非常に前向きな理解をいただきましたが、『この距離を短期間で藪漕ぎ調査するのは無茶だ』と厳しいアドバイスをいただきました。実際、初めて藪漕ぎをした時に、この言葉の意味がわかりました。そこで軌道修正し、全部いっぺんに調査するのではなく、こつこつできる時にやることにしました。」

「幸い、このころ心強い有志が集いつつありましたので、心が折れることはありませんでした。きっと1人だったら挫けていたと思います。物理的にも精神的にも、心強い有志に支えられながら活動しています。これからも難しい問題が出てくると思いますが、みんなで協力し、新しい仲間を増やしながら、トレイル開通に向けてスピード感を持って歩んでいきたいと思います。」

美幌峠の朝焼け


僕自身も、山形で同じように旗振り役として活動しているので、信太さんの苦労は痛いほど分かった。僕も「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」の活動を励みに、山形のトレイル作りを頑張りたいと改めて思ったほどだった。

 

北海道だからできる! 国立公園をつなぐロングルートを想像する

最後に、「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」につい、僕なりの期待や未来について考えてみた。

日本国内において、国立公園や国定公園を積極的に通過させるトレイルは少ない。

アメリカの主要なトレイルが、国立公園や州立公園、国立森林局のエリアを通過することを考えると、「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」は、そもそも構想自体が国立公園地内で完結している道のりであり、舗装路などはなく、ほぼ全てのトレイルが自然の道で構成されているのだ。つまり、アメリカのトレイルに近い形で作ることができるのではないかと思っている。そして僕は、このようなトレイルが日本国内にできること自体に、大きな期待を寄せている。

トレイル近くを流れる美幌川の清らかな流れ


また、北海道のダイナミックな地形を歩くということは、海外に行かずとも、アメリカのトレイルに近い、広大さや美しさを体験できるのではないか。これは、多くのトレイル愛好者にとって魅力的なはずである。

しかし、今予定している全長20kmという距離は、トレイルとしてとても短い。ならば、中標津町ですでに開通している「北根室ランチウエイ」と繋げることを考えるのはどうだろうか。

「北根室ランチウエイ」は、中標津町から弟子屈町のJR美留和駅までの71.4kmの道のりとなっており、摩周湖の南側を通過する。仮に、「北根室ランチウエイ」を通り、途中から摩周湖の北側を通過し、屈斜路湖の北側から「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」を通り、阿寒湖へルートが伸びればどうだろうか。

美幌峠北側からの屈斜路湖の景色


ゆうに150km以上の道がつながるのだ! 「北根室ランチウエイ」の牧場や雄大な地形を歩き、阿寒摩周国立公園に入って、摩周湖から屈斜路湖へ向かう風景展開、そして外輪山からパンケトー、阿寒湖を通り、阿寒湖町へと進む。そんなルートを想像しただけでも心が躍る。

この記事を読んでくれているみなさんにも、ぜひ地図を見て「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」周辺を想像していただきたい。途方も無い可能性が詰まっていることに気付くはずだ。

現実的な問題としては、「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」の20kmのルート整備が、非常に重要なポイントになると思っている。熊笹の深い道のりは、そう簡単に道として開けない。この難問は、国立公園を管理する環境省の方の指導の下、多くの方の協力と地道な作業をすることでしか解消できないはずなのだ。

大倒木で休憩する


今回のレポートをきっかけに、「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」の構想を知っていただき、興味のある方は、ぜひ現地のお手伝いに参加していただけたらと思う。

きっとたった20kmでも「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」が開通した先には、僕が想像するよりはるかに大きな可能性や未来が広がっているはずだ。文明と自然を結びつけ、周辺地域の道と人を結び、やがて世界のトレイルやハイカーと繋がっていくだろう、そんな未来に期待したい。

 

*****

※2020年7月現在、三町による「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」には専用のウェブサイトがないので、イベントの情報などは、美幌観光物産協会ホームページを参照ください。

美幌観光物産協会:http://www.bihoro-k.com/

プロフィール

齋藤正史(さいとうまさふみ)

1973年、山形県新庄市出身。ロングトレイルハイカー。
2005年に、アパラチアン・トレイル(AT)を踏破。2012年にパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を踏破。2013年にコンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)踏破し、ロングトレイルの「トリプルクラウン」を達成した。日本国内でロングトレイル文化の普及に努め、地元山形県にロングトレイルを整備するための活動も行なっている。

NIPPONのロングトレイル ~「屈斜路カルデラ外輪山トレイル」~

北海道に新たなロングトレイルのプロジェクト「屈斜路湖カルデラ外輪山トレイル」がスタートしました。国内外各地のロングトレイルを歩いてきた、ロングトレイルハイカーの齋藤正史さんが現地を視察。これから広がる新しいトレイルの構想について関係者を取材しました。この様子を3回に渡って紹介していきます。

編集部おすすめ記事