【アイヌと神々の物語】パナンペとペナンぺが、神からもらった二羽の小鳥の正体とは?

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アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第7回は、神の国へ行った二人の若者の話です。

 

 

パナンペと小鳥

パナンペ(川下の者)という私のほかに人間でいるのは、川上の方に住んでいるペナンペ(川上の者)が一人だけです。

パナンペとペナンペの私たちは、たった二人の人間なので仲よく暮らして、たくさんのシカを捕りクマを捕り、何不自由なく暮らしていました。シカを捕ってもクマを捕ってもその肉だけを食べ、それらの頭をどうすることもなく、そのまま捨てていました。

そのようなある日のこと、二人はどちらからともなく、どこかへ行きたい衝動にかられ、がまんできなくなりました。そこで二人とも家から出て海辺へ行き、私(パナンペ)は自分の舟をスイッと押し出し、二人で乗りこみました。

ペナンペも私も、行き先の目当てがあるわけでもなしに乗ったので、お互いに顔を見合わせていましたが、どちらからともなしに櫂(かい)を手にとって、沖の方へこぎはじめました。

しばらくこぐうちに、ずうっと向こうの方に山が見えたので、その山へ向かって力いっぱいこぐうちに、だんだんと山が近づいてきました。その山は高い高い山で、山の頂は雲に覆われて見えないほどですが、山すその方にはきれいな砂浜が見えました。

ペナンペと二人で相談をして、その砂浜へ舟を上げました。舟を砂浜へ上げた私たちは、「今夜はここで泊まることにしようか」と言いながら山の方を見ていると、岩山の急な斜面を一人の女が下りてきています。

あのような急斜面を歩けるのは、人間ではないかもしれないと思いながら見ていると、女は私たちのそばへやって来ました。近くで見ると本当に美しい娘で、その娘は私たちに、「二人の若者よ、わたしと一緒に来なさい」と言うのです。

しかし、私たち二人はためらいました。なぜなら、あのような急な山を人間の足ではとても登れないと思ったからです。でも娘が無理に誘ってくれたので一緒に歩き、急な登りにさしかかってからは、私たちは娘の両方の手へぶら下がるような格好で歩きました。そうすると、私たちはなんの苦もなく登れて、あっという間に山の上へ着きました。

山の上へ着いてみると、山の反対側は緩やかな斜面で、その斜面は美しいカヤ原でした。カヤ原の向こう端の方にかなり大きい家、それも金造りの家が見えています。娘はその家の方に向かって歩き、私たちは間もなく家の前へ着きました。

家の外で立ち止まって辺りを見回すと、家の東側には二本のエゾマツが生えていて、そのエゾマツの高さは空の表に届くかと思われるほどの高さです。そして、そのエゾマツの上から、一羽の青い小鳥がすうっと舞いおりて木の中ほどまで来ては、また舞い上がるという動作を繰り返しています。

もう一本のエゾマツからは一羽の白い小鳥が舞いおり、舞い上がるのを繰り返しています。それを見た私たちは、神の国らしい場所での情景にすっかり見とれ、心から愉快な気持ちになって立っていました。

すると、家の中から老人らしい声がかかって、「用事があって来てもらったので、早く家の中へ入ってきなさい」と呼びかけられました。私たち二人は遠慮して、入口の戸を開けるのにも土際(つちぎわ)へ手をかけるように腰をかがめて、そっと戸に手をかけて開けました。

はうようにして敷居を越え、家へ入ってみると、かなり年老いた夫婦が座っていて、先ほどの娘は、この家の一人娘のように見えます。炉端へ座った私たちへ老人がいうのには、次のような話でありました。

「今日ここへお前たち二人を呼んだ理由は、お前たちはシカを捕ってもクマを捕っても、それらの頭を神として祭りもしないで捨てていた。シカやクマは、獲物のうちでも特別大切な神なのに、それを粗末にしていたことは許せない。罰を与えようと思ってお前たちを呼んだがどうする」と大変きつくしかられました。

慌てた私たちは、「私たちパナンペとペナンペは、二人のほかには人間を見たこともないので、シカやクマを神の国へ送り返す方法も知らずに今まで過ごしました。これからは、シカやクマを神として大切に扱い、その頭を神の国へ送りますのでどうぞお許しください」と泣きながらお願いをしました。

すると老人は、「それは本当か」と何回も念を押して聞き、私たちは本当にクマやシカを神として祭ることを約束しました。すると、神である老人は、「これからは必ずクマやシカを神として祭るようにしなさい」と言って許してくれたのです。

そして、「お前たちがここへ来た印に、外に立っているエゾマツにいる小鳥を一羽ずつ持ち帰るように。そうすると、あとはどうなるかわかるであろう」ということでした。外へ出た私(パナンペ)とペナンペは、神の老人の言葉に従い、青い小鳥をペナンペが、白い小鳥を私、パナンペが一羽ずつもらって懐(ふところ)に入れました。

迎えに来てくれた娘がまた私たちを送ってくれて、普通では歩けそうにもないあの岩山の絶壁を娘の両手につかまって下り、私たちの舟のある砂浜へ戻ってきました。娘は山の上の家へ戻り、私たちは舟に乗って家へ帰ってきました。

一夜明けると、昨日もらって来たあの小鳥たちが、きれいなきれいな娘に生まれ変わっていたのです。ペナンペと私は顔を見合わせて驚き、そして心から喜びました。

それから何日か過ぎ、私もペナンペも、もとは小鳥であった娘と結婚しました。私たちは以前と同じように狩りに行き、シカを捕り、クマを捕ってはその肉を食べ、神様に教えられたように頭を神の国へ送り返すようにしました。

そうするようになってから、シカもクマもとくにたくさん捕ることができるようになり、食べ物に不自由するようなことはまったくありません。私の妻もたくさんの子どもを産み、ペナンペの所にも子どもが生まれ、今では大勢の子どもに囲まれて暮らしています。

というわけで、最初はパナンペとペナンペという男二人だけでしたが、神の国へ行き小鳥と思ってもらったのが娘になり、私たち人間が増えたのです、とパナンペという一人の男が語りました。

語り手 平取町二風谷 貝沢ちきし
(昭和39年5月22日採録)

解 説

パナンペとペナンペ、川下の者と川上の者、『パナンペとペナンペ』の話は人間誕生の話であり、この話には男は二人だけいますが女はいません。それで神様が二人を呼びよせて小鳥を一羽ずつ与え、それが女に変わって子どもを産んでくれるという話です。

シカやクマを粗末にして、神様にしかられる部分は『パナンペとペナンペ』と同じように聞こえますが、このようにしてシカやクマを祭りなさいと、何回も何回もウウェペケレ(昔話)という形で獲物に感謝することを教えているのです。

この話を聞かせてくださった貝沢ちきしフチ(おばあさん)は、荷負に生まれ、二風谷に暮らし、子どもも大勢おり、たくさんの孫に囲まれた幸せなフチでした。声のきれいな、そしてアイヌ風の遊びの時にはヤイサマという歌も上手に歌える物知りの方でした。

またこのフチはイムをする人でした。イムというのは、昔のアイヌ婦人の中でしばしばする人がいたものです。これは走れというと走らないといった、こちらが命令したことと反対の動作をすばやくする、陽性のヒステリー的なものです。昭和六十二年現在も、イムをする人は何人かは二風谷でもいますが、これらのアイヌの風習も遠からず忘れられるのでしょう。

(本記事は『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』からの抜粋です)

 

『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』

アイヌ語研究の第一人者である著者が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の物語を読みやすく情感豊かな文章で収録。主人公が受ける苦難や試練、幸福なエンディングなど、ドラマチックな物語を選りすぐった名著、初の文庫化。​


著者:萱野 茂
発売日:2020年3月16日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫544ページ
ISBNコード:978-4635048781
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820490450.html

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『アイヌと神々の謡 カムイユカラと子守歌』

著者が聞き集めた13のカムイユカラと子守歌を日本語とアイヌ語の併記でわかりやすく紹介。好評発売中のヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』の続編であり、完結編!
池澤夏樹氏、推薦!


著者:萱野 茂
発売日:2020年8月14日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫488ページ
ISBNコード:978-4635048903
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820048900​.html

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【著者略歴】
萱野 茂(かやの しげる)
​​1926年、北海道沙流郡平取町二風谷に生まれる。小学校卒業と同時に造林・測量・炭焼き・木彫りなどの出稼ぎをして家計を助ける。
アイヌ語研究の第一人者でアイヌ語を母語とし、祖母の語る昔話・カムイユカラを子守唄替りに聞いて成長。
昭和35年からアイヌ語の伝承保存のため町内在住の古老を中心にアイヌの昔話・カムイユカラ・子守唄等の録音収集を始め、金田一京助のユカラ研究の助手も務めた。
昭和50年、『ウウェペケレ集大成』で菊池寛賞受賞。また昭和28年からアイヌ民具の収集・保存・復元・研究に取り組み、昭和47年「二風谷アイヌ文化資料館」を開設。2006年に死去。

アイヌと神々の物語、アイヌと神々の謡

アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。

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