結婚相手を探すホタルが、最後の最後に選んだのは誰だったのか?

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アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の13の謡(うた)を収録した『アイヌと神々の謡』。ヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』の対となる名著です。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第10回は婿探しに飛び回るホタルの謡です。 

 

 

※アイヌ語本文の次の行に、日本語訳を置いています(ただしアイヌ語本文と訳文とはその位置が必ずしも一致していません。訳すにあたって、日本語の言葉の流れをよくするため、3行から5行くらい先取り、あるいは後の行へ移した場合があります)。

ホタルの婿選び

トゥカナカナ チ・ムッカネ
 大きな体のわたくしは
トゥカナカナ アトゥイ・クルカ
 海の表の隅々(すみずみ)まで
トゥカナカナ エ・マッカクル
 強い光で照らしながら
トゥカナカナ アトゥイ・トモトゥイェ
 海の上を横切って
トゥカナカナ チ・ヤイ・コト
 自分に似合う婿(むこ)さんが
トゥカナカナ チ・フナラ・クス
 いないものかと探しに行った
トゥカナカナ パイェ・アシ・アワ
 しばらくの間飛んでいくと
トゥカナカナ ピリカ・オッカイポ
 いい若者が目に入った
トゥカナカナ チ・ヌカ・コロカ
 だんだんと近づくと
トゥカナカナ ウトンナ・シコ
 そのお方は斜視(しゃし)であった
トゥカナカナ チ・エ・コパン・カ
 それが嫌(いや)でわたくしは
トゥカナカナ オロワノ・スイ
 しばらくの間飛んでいき
トゥカナカナ チ・ムッカネ
 大きい体で飛んでいった
トゥカナカナ アトゥイ・ソ・クルカ
 海の表の隅々まで
トゥカナカナ エ・マッカクル
 強い光で照らしながら
トゥカナカナ パイェ・ア・アイネ
 しばらくの間飛んでいくと
トゥカナカナ シネ・オッカイポ
 一人の若者に出会ったので
トゥカナカナ チ・ヌカ・コロカ
 よくよく見るとそのお方は
トゥカナカナ コンカネ・シコ
 目の色が黄金色
トゥカナカナ チ・エ・コパンカ
 それが嫌でわたくしは
トゥカナカナ オロワウン・スイ
 そのあとふたたび飛んでいくと
トゥカナカナ パイェ・アイネ
 その次にまたわたくしは
トゥカナカナ ピリカ・オッカイポ
 いい若者に出会ったので
トゥカナカナ チ・ヌカ・コロカ
 よくよく見るとそのお方は
トゥカナカナ シネ・レッ・トゥ・コロ
 顎(あご)の所に一本のひげ
トゥカナカナ チ・エ・コパンカ
 それが嫌でわたくしは
トゥカナカナ オロワノ・スイ
 そのあとふたたび飛んでいき
トゥカナカナ チ・ムウッカネ
 大きい体のわたくしは
トゥカナカナ アトゥイ・クルカ
 強い光で海の表の
トゥカナカナ エ・マッカクル
 隅々まで照らしながら
トゥカナカナ パイェ・アイネ
 海の向こうへ飛んでいき
トゥカナカナ ピリカ・オッカイポ
 しばらく行くといい若者に出会ったので
トゥカナカナ チ・ヌカ・ルウェ
 よくよく見るとそのお方の
トゥカナカナ エネ・オカ・ヒ
 器量といえば
トゥカナカナ シキヒ・カ・ポロ
 体も大きく目も大きい
トゥカナカナ エトゥフ・カ・タンネ
 鼻だけ少し長いけれど
トゥカナカナ キワ・ネコロカ
 わたくしのようないい女に
トゥカナカナ チ・ヤイ・コト
 似合いの男と思ったので
トゥカナカナ シ・ネルウェ
 その若者をわたくしは
トゥカナカナ ネー・セコロ
 お婿さんに選んだので
トゥカナカナ ニンニンケッポ
 わたくしの夫はカジキマグロ
トゥカナカナ ハウェアン・シコロ
 強い魚がわたくしの婿だと
トゥカナカナ ネハウェウン
 一匹のホタルがいったそうだ

語り手 平取町去場 鍋沢ねぷき
(昭和44年2月19日採録)

解説

アイヌのカムイユカ(神謡)の自由さ、奔放さがよく出ている作品です。ホタルが自分の婿さんを探しに海の上を飛び、海の隅々まで照らします。そして斜視の男(ヒラメ)、黄金色の目の男(サメ)、顎ひげの男(タラ)、そして最後に力持ちで器量のいいカジキマグロに出会い、彼を夫に選びます。

カジキマグロ以外は魚の名を出していませんが、マグロを強く印象づけるためでしょうか。小さいホタルと大きなカジキマグロ、この組み合わせは、まさにカムイユカならではの世界です。このカムイユカは、山にいるアイヌたちが魚の特徴を覚えるのにとてもいい作品です。

子どもの遊びの一つに、ホタルを貝がらに入れて糸をつけ、土に埋め、「エホクキロロ サンケサンケ、エホクキロロ サンケサンケ(お前の夫の力を出せ出せ、お前の夫の力を出せ出せ)」と言いながら、貝がらを引っぱる遊びがあるそうです。ホタルは小さい虫ですが、夫はカジキマグロ、その強い夫の力を出しなさいといっているのです。

この作品が土台になった遊びなのでしょう。この遊びについては、語り手の鍋沢ねぷきフチ(おばあさん)から聞いたものです。私自身は、そのような遊びをしたことがありません。海に近いアイヌの子どもの遊びであったのでしょう。

この作品のサケヘ(※トゥカナカナ)も、意味はありません。サケヘは、次の言葉が出てくるまでの間(ま)であり、聞き手はそこで考える余裕があるので、話の内容を覚えやすかったような気がします。

 

※本記事は『アイヌと神々の謡~カムイユカラと子守歌~』(山と溪谷社)からの抜粋です

『アイヌと神々の謡~カムイユカラと子守歌~』

著者が聞き集めた13のカムイユカラと子守歌を日本語とアイヌ語の併記でわかりやすく紹介。好評発売中のヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』の続編であり、完結編!
池澤夏樹氏、推薦!


著者:萱野 茂
発売日:2020年8月14日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫488ページ
ISBNコード:978-4635048903
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820048900​.html

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『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』

アイヌ語研究の第一人者である著者が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の物語を読みやすく情感豊かな文章で収録。主人公が受ける苦難や試練、幸福なエンディングなど、ドラマチックな物語を選りすぐった名著、初の文庫化。​


著者:萱野 茂
発売日:2020年3月16日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫544ページ
ISBNコード:978-4635048781
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820490450.html

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【著者略歴】
萱野 茂(かやの しげる)
​​1926年、北海道沙流郡平取町二風谷に生まれる。小学校卒業と同時に造林・測量・炭焼き・木彫りなどの出稼ぎをして家計を助ける。
アイヌ語研究の第一人者でアイヌ語を母語とし、祖母の語る昔話・カムイユカラを子守唄替りに聞いて成長。
昭和35年からアイヌ語の伝承保存のため町内在住の古老を中心にアイヌの昔話・カムイユカラ・子守唄等の録音収集を始め、金田一京助のユカラ研究の助手も務めた。
昭和50年、『ウウェペケレ集大成』で菊池寛賞受賞。また昭和28年からアイヌ民具の収集・保存・復元・研究に取り組み、昭和47年「二風谷アイヌ文化資料館」を開設。2006年に死去。

アイヌと神々の物語、アイヌと神々の謡

アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。

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