5億年前の地球に「最初の土」を誕生させた意外な生き物とは?

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河合隼雄学芸賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリーであり、故池内紀氏も絶賛した名著がオールカラーになって文庫化されました。

「土は生命のゆりかごだ!快刀乱麻、縦横無尽、天真爛漫の「土物語」」仲野徹氏(大阪大学名誉教授)。「この星の、誰も知らない5億年前を知っている土を掘り起こした一冊。その変化と多様性にきっと驚く」中江有里氏(女優・作家・歌手)。

本書から一部抜粋して紹介します。

 

わかっている中で地球最高齢(1000万歳)の土(アメリカ・バージニア州)

地球に土ができるまで

地球にあって、月と火星にないもの―それが土である。月や火星では岩が風化して、砂や粘土の堆積層(レゴリス)はつくられるが、土にはなれない。地球では、岩石からつくられた粘土や砂の上に、植物が死ぬとパタパタと堆積し混ざり合う。

これが土だ。植物が存在する地球にのみ土がある。

こう誇らしげに書いたものの、今から5億年前には、東南アジアの鬱蒼とした熱帯雨林もなければ、アフリカの砂漠もなかった。日本の美しいブナ林は……そもそも島すらなかった。他の惑星と同じく、つい最近まで地球にも土はなかったのだ。地球の歴史46億年のうち最初の41億年の間、大地には陸上植物がいなかったためだ。

それでは、最初の土とは、どのようなものだったのだろうか?

大地に植物も土もなかった5億年前に行ってみよう。といっても、タイムマシンはないので飛行機でせまっていく。オーロラが見られることで知られるカナダ北部の町、イエローナイフを訪れた。私の目的はオーロラではなく、地球最初の土だ。

イエローナイフの町を歩けば、あちこちで赤い岩石が露出している。この岩石はカナディアンシールドと呼ばれ、アメリカ大陸の核として5億年前から地表に露出し続けていたものだ。イエローナイフ空港に向けて降下すると、赤色の岩に白と緑のパッチ状の模様が見えてくる。歩いてみると、地面はふかふか、しかし落ち葉ではない。勇んでスコップを突き立ててみても、まったく歯が立たない。

そこには土はなく、緑色と白色の模様の〝じゅうたん〟がモコモコ育ち、岩にへばりついているだけだった。この生物の遺骸が最初の土となる。

この〝じゅうたん〟は、コケと地衣類の仲間である。コケは、地上で見つかっているなかで最古の植物だ。田んぼや池でプカプカしているアオミドロの仲間(藻類)をご先祖様に持ち、長い進化の末に陸に上がることに成功した。

身近なところでも、岩や道端のコンクリートにへばりついたコケを見ることができるが、太古から大きくは変わっていないはずだ。京都のお寺で見るコケも、5億年前の姿をとどめていると考えれば、寺自体よりよほど長い歴史を持っているともいえる。

もう一方の先駆者、地衣類はあまり馴染みがない。よくブナの木の樹皮に模様をつけている生き物たちだといえば分かるだろうか。ノルウェーが舞台とされるディズニー映画『アナと雪の女王』に登場するトナカイ(スヴェン)の好物はニンジンだが、トナカイの主食は地衣類だ。日本では道路脇でひっそりと生えている地衣類だが、世界を見渡せば陸地の8パーセントを覆っている。

地衣類は、カビ(菌類)と藻類が合体(共生)したユニークな生き物だ。藻類が光合成によって糖分を生産し、一部を同居するカビにプレゼントする。カビはそれをエネルギーにして岩や土に菌糸を伸ばし、水や栄養分を吸収する。その水や栄養分は藻類に受け渡され、光合成に使われる。

熟練した漫才コンビのような連携プレーを、私たちは「共生」と呼んでいる。岩石の露出する荒涼とした大地において、進化の末にタフさを獲得したコケと地衣類が最初の開拓者だった。

 

岩を溶かすコケ

ただ、岩は岩である。「石の上にも三年」といっても、岩から充分な栄養分を得るのは大変に思える。コケや地衣類は、どうやって栄養分を得ているのだろうか?

地衣類やコケを剝いでみると、岩が変色しているのが観察できる。地衣類やコケの周りの水分を抽出して分析したところ、水のpHは4と極めて酸性だった。コケや地衣類からは、なんらかの酸性物質が滲み出し、岩石を溶かしているようなのだ。

この酸性物質の正体は何か? そこから先はスコップでは掘り下げられない。学生だった私は、テーマの近い論文を書いていた分析化学の大御所、パトリック・バン・ヒース博士に思い切って質問メールを出すことにした。

著名な研究者から返事をもらえる確率は10パーセントもない。どこの馬の骨とも分からない学生の相手をする時間などないのだ。ところが、彼は丁寧に返事を書いてくれた。しかも、日本に来たいという。

空港の待合ロビーで高齢の紳士を待ったが、やってこない。ひとりぽつんと立っている若者がいたので、思い切って「あのー、アーユー ドクター・パト……?」と聞くと、返事は「イエス!」。本人だった。

なんと〝大御所〟は30代の若者だったのだ。タタミとウドン生活に感動するスウェーデン人研究者の協力によって、酸性物質の正体はクエン酸やリンゴ酸などの有機酸であることが分かった。ミカンやリンゴの酸っぱい味の成分である。

コケも地衣類も、岩との接触面でじわりと有機酸を放出する。すべては、生存に必須な栄養分であるリンやカルシウム、カリウムなどを獲得するためだ。同じ酸性の水でも、有機酸が共存すれば岩を溶かす能力が数倍にも高まる。光合成によってつくった貴重な糖分を有機酸に加工し、岩を溶かすというひたむきな努力が、コケと岩の間には繰り広げられているのだ。

酸性物質によって溶かされた栄養分の一部は地衣類やコケに吸収されるが、大部分は残存し、砂や粘土を形成する。地衣類やコケの遺骸(有機物)と砂や粘土が混ざり合ったもの、これが地球に現れた最初の土である。

 

※本記事は『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が語る土と人類の驚異の歴史。 土に残された多くの謎を掘り起こし、土と生き物の歩みを追った5億年のドキュメンタリー。


『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』
著:藤井 一至
価格:1210円(税込)​

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【著者略歴】

藤井一至(ふじい・かずみち)

土の研究者。1981年富山県生まれ。 2009年京都大学農学研究科博士課程修了。京都大学博士研究員、 日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。 専門は土壌学、生態学。 インドネシア・タイの熱帯雨林からカナダ極北の永久凍土、さらに日本各地へとスコップ片手に飛び回り、土と地球の成り立ちや持続的な利用方法を研究している。 第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)で河合隼雄賞受賞。

 

■関連リンク

「土」から巡る驚異の5億年、「土」と「生き物」の未来。@Lateral ※オンライン

7月16日(土)21:00~
https://twitcasting.tv/lateral_osaka/shopcart/160597

 

研究者と芸術家が「土」を語り倒すトークセッション
「土を描き、アートを掘る」@文喫 ※オンラインあり

7月29日(金)18:30~20:00
https://artofdirt-bunkitsu.peatix.com/

大地の五億年

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリー。故池内紀氏も絶賛した名著が、オールカラーになって文庫化されました。

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