地球史上最大級の恐竜の命を支えていた! 居酒屋でおなじみのある食べ物とは?

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河合隼雄学芸賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリーであり、故池内紀氏も絶賛した名著がオールカラーになって文庫化されました。

「土は生命のゆりかごだ!快刀乱麻、縦横無尽、天真爛漫の「土物語」」仲野徹氏(大阪大学名誉教授)。「この星の、誰も知らない5億年前を知っている土を掘り起こした一冊。その変化と多様性にきっと驚く」中江有里氏(女優・作家・歌手)。

本書から一部抜粋して紹介します。

 

 

森を食べ尽くすブラキオサウルス

今から3億年前、微生物(キノコ)が落ち葉などの植物を分解することによって、植物と土との栄養分のリサイクルが成立するようになった。

草食動物たちもまた、セルロースの分解を微生物との共生に頼っている。葉のみを食べると決めた以上、生きるエネルギーの全てをそこから獲得する必要があり、特化した消化の仕組みが必要となる。

地球史上最大級の草食動物(恐竜)、ブラキオサウルスを例に考えよう。まだ被子植物が増加していなかった2億年前(ジュラ紀)、ブラキオサウルスは何を食べていたのだろうか? ブラキオサウルスの食生活を雄弁に物語る〝土〟の化石が見つかっている。ウンコの化石である。

この中身を調べた研究によって、ブラキオサウルスが、マツ目の針葉樹、そしてイチョウやシダの葉を食べていたことが明らかとなった。現存する最大の草食動物・アフリカゾウと同じような代謝の仕組みを持っていたとすると、全長20メートル以上、体重70 トンの体を維持するためには、1日に200キログラム(乾燥重量)もの葉を食べる必要があるという。

想像してみよう。2億年前の亜熱帯林では、1ヘクタール(100メートル×100メートル)あたりの葉の生産量は約6000キログラムである。日本の南西部に広がる照葉樹林の生産量と同じくらいだ。この葉をすべて食べ尽くしたとすると、1ヘクタールの森が1ヶ月で丸裸になることになる。

つまり、1頭の恐竜が生きるためには、12ヘクタールの森林が1年間に食べ尽くされる計算になる。想像を絶するスケールの環境破壊である(注:爬虫類の代謝速度なら、10 分の1の1・2ヘクタールで充分となる)。

ブラキオサウルスの骨格化石は、針葉樹から形成された石炭と一緒に見つかることが多い。針葉樹の有機物は、微生物の嫌うポリフェノールを多く含むため、石炭紀を終わらせたキノコ(白色腐朽菌)の出現後も、やはり分解は遅かった。

ブラキオサウルスの主食は、高さ30~80メートルにもなる針葉樹・アロウカリア(ナンヨウスギ)の葉だったといわれているが、現存する爬虫類には針葉樹の葉は食べられない。昔のマツからは松やにの化石(琥珀)も発見されておらず、葉も今よりも柔らかく美味しかったのではないかという説もある。

いずれにせよ、この難物を恐竜がどう消化したのか?という問題は残る。
ひとつの仮説としては、草食動物の胃袋で起こる発酵である。

ウシ、ヒツジ、キリンなどの反芻動物の胃袋(ルーメン)では、細菌、原生動物、カビが共生している。このルーメンの微生物たちは有機物を提供してもらう代わりに、酵素(セルラーゼ)を出してグルコースへと分解する。

さらに発酵によってグルコースからつくり出された酢酸などを、宿主は吸収しエネルギー源とする。ウシはセルロースのかたまり(紙など)を食べても、50~80パーセントを消化できる。数パーセントしか吸収できないヒトとしてはうらやましいかぎりだ。

恐竜はウシのように4つも胃を持たないし、歯型から推定しても、よく嚙んでいたわけでもないようだ。それでも、腸内でしっかり発酵させれば、食べにくい葉でも高いエネルギーを生み出せることが確認されている。

ブラキオサウルスの体が大きくなった理由には、巨大なアロウカリアの葉に届くようになったメリットだけでなく、食べた葉が大きな腸内を通過する時間が長くなることで、発酵を促進する効果も得られるおなかの事情もあった。アロウカリアなどの針葉樹やイチョウ、ソテツの葉を胃の中で細かくし、発酵させることによって生じるエネルギーによって、ブラキオサウルスは生きていたようだ。

ブラキオサウルスのおなかでは、発酵のなかで、酢酸だけではなくメタンガスも生産される。主役は、メタン細菌と呼ばれる古細菌である。35億年前の地球にすでに存在し、原始の地球を暖める働きを担ってきた微生物の一種だ。

なにせメタンガスの温室効果は二酸化炭素の25 倍にもなる。最近では、水田からのメタンガスや、ウシのげっぷ、私たちのオナラに含まれるメタンガスも、温暖化の原因として厄介者扱いされることもある。

恐竜の胃からも、発酵によって1日2700リットルものメタンガスがげっぷやオナラとして大量に放出されたと推定されている。これらは、2億年前の地球を温暖化させるのに充分な量である。このスケールを思えば、お父さんのオナラにも寛容になれそうだ。

恐竜というとティラノサウルスなどの肉食恐竜が有名だ。博物館の展示物のなかでは圧倒的な存在感を放つ。しかし、食物連鎖と生態系のなかでは、構成員の一部にすぎない。肉食恐竜の生存を支えるのはトリケラトプスなどの草食恐竜である。

10パーセント以上草食恐竜を食べてしまうと、ティラノサウルスは早晩、滅びてしまうという。さらに、草食恐竜の胃袋を満たすのは植物であり、恐竜の生存は植物の一次生産に依存していた。

ブラキオサウルスの場合、その生存はアロウカリアと、それを分解する腸内微生物に依存している。そして、もちろん、2億年前の針葉樹の生存は、酸性土壌が支えている。恐竜たちがどれだけ大きな顔をしていても小さな微生物たち、そして土には頭が上がらないのだ。

 

恐竜、ギンナンを食べる

恐竜にはエネルギー以外にも問題がある。巨大な骨格化石は、恐竜が、リンとカルシウムも大量に必要としたことを意味している。ママさん恐竜は、卵を産むためにもカルシウムとリン、そして窒素を大量に摂取しなければならない。

恐竜の体内成分も元をただせば植物であり、土である。酸性土壌に育った、栄養分の少ない針葉樹・アロウカリアの葉だけでは足りない。人間と同じで、副食も必要なのだ。

この役割を、イチョウの実(ギンナン)が果たしたと考えられている。ギンナンにはタンパク質やリンなどの栄養分がたっぷり含まれている。小さなギンナンが大きな恐竜の栄養分を補っていたようなのだ。ブラキオサウルスはどうやって大量のギンナンを確保できたのだろうか?

イチョウは逆境に強い植物だ。今日でも過酷な環境にさらされる街路樹として力を発揮している。2億年前、そのタフさを生かし、破壊王・ブラキオサウルスの闊歩(かっぽ)した荒れ地に空間(ギャップ)を見つけて、イチョウの稚樹が育ったと考えられている。

恐竜は森の中を歩くだけで、ギンナンを実らせるイチョウの生息環境を生み出すことができたのだ。恐竜がただの破壊者ではないところに自然界の仕組みのおもしろさがある。

もちろん、栄養分の多い果実の獲得にはライバルが多い。大型恐竜は、小型恐竜、そして人類の祖先・哺乳類に取って代わられていく。巨大化は繁栄の証しのようで、絶滅への序章だった、という話を私たちは笑うことはできない。

 

※本記事は『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が語る土と人類の驚異の歴史。 土に残された多くの謎を掘り起こし、土と生き物の歩みを追った5億年のドキュメンタリー。


『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』
著:藤井 一至
価格:1210円(税込)​

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【著者略歴】

藤井一至(ふじい・かずみち)

土の研究者。1981年富山県生まれ。 2009年京都大学農学研究科博士課程修了。京都大学博士研究員、 日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。 専門は土壌学、生態学。 インドネシア・タイの熱帯雨林からカナダ極北の永久凍土、さらに日本各地へとスコップ片手に飛び回り、土と地球の成り立ちや持続的な利用方法を研究している。 第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)で河合隼雄賞受賞。

note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

大地の五億年

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリー。故池内紀氏も絶賛した名著が、オールカラーになって文庫化されました。

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