【TBS『クレイジージャーニー』出演で話題】灼熱の熱帯雨林で汗まみれ泥だらけ… 異色の土研究者が書き上げた「5億年の地球史」

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河合隼雄学芸賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリーであり、故池内紀氏も絶賛した名著がオールカラーになって文庫化されました。

「土は生命のゆりかごだ!快刀乱麻、縦横無尽、天真爛漫の「土物語」」仲野徹氏(大阪大学名誉教授)。「この星の、誰も知らない5億年前を知っている土を掘り起こした一冊。その変化と多様性にきっと驚く」中江有里氏(女優・作家・歌手)。

本書から一部抜粋して紹介します。

 

 

ゴッホも描いた土

色鮮やかな『ひまわり』によって色彩画家として名高いゴッホが、短い生涯を通して最も多く描いたのは、意外にも素朴な土と農民の生活だった。オランダの寒さ厳しい泥炭土地帯でジャガイモを育てて暮らす人々、温暖で肥沃な土の多い南フランスで小麦を育てて暮らす人々。

手で土を耕し、その手で土に種をまき、その手で収穫して食べる。宗教画や美しい風景画が好まれた時代にあっても、大地とともにひたむきに暮らす人々を描き続けた。その集大成がヤマケイ文庫『大地の五億年』の装画にもなっている「種まく人」だ。

種はたった一粒から多くの実をつけ、土を豊かにしていく。ゴッホが不変の価値を見いだした大地の生命力、その源泉となる「土」に注目したい。

 

土を切り口に、地球史を見る

生命を生みだし、吸いとり、また生みだす。土とは、大地とは一体何なのか。人類はふたつの物語によって説明を試みた。ひとつは宗教であり、もうひとつは科学である。『創世記』(旧約聖書)では、1日目に神が天と地をつくり、3日目に大地をつくり、植物を生えさせ、6日目に土から人をつくったという。もう一方の科学は、大地が生まれるまで、もう少し時間がかかるという見解を示している。

地球の歴史46億年の中で、41億年目まで地球に土はなかった。今から5億年前に植物が上陸したことで、緑と土に覆われた大地が誕生した。ここで、他の惑星にも共通する石や砂の物語から別れ、地球は独自の土の物語を紡ぎはじめる。

この土と生命の物語は、5億年という想像もできないほどの長編ドラマである。主役は、植物、微生物、ミミズ、恐竜、ヒト……。多彩なメンバーは入れ替わりが激しく、共有された台本はない。遅れて登場したお騒がせな生物(ヒト)は、物語の存続すら危うくしている。

土は、植物や昆虫の躍進、恐竜の消長、人類の繁栄に場所を貸すだけでなく、生き物たちと相互に影響し合いながら、5億年を通して変動してきた。長編ドラマといっても、カメラで撮影した記録があるわけではない。地下に埋もれた生き物たちの生活の記録を、スコップで掘り起こす試みである。

あえて地下、土にこだわるのには理由がある。地上で目にすることのできる生物や物質循環は、氷山の一角に過ぎない。

土の中にはいまだに科学のメス(スコップ)が及ばない多くの謎が残されている。なぜ、ミミズはひたすらに土を食べて耕すのか。なぜ、キノコはまずそうな倒木に加えて岩さえも食べるようになったのか。腐葉土を食べるカブトムシの幼虫は、なぜアルカリ性の腸内環境と特殊な細菌を備えたのか。

ひとつの手掛かりは、生き物はみな元をたどれば栄養分を「土」から獲得している、という原則である。ミミズよりもそのフンに、キノコよりもその菌糸に、植物よりもその根っこに、土の粒よりもそこをめぐる空気と水に、まだまだ多くの情報が秘められているはずだ。

土のことだけ詳しくなっても仕方がないと思うかもしれないが、土は多くの自然現象とつながっている。たとえば、アフリカのゴリラ、チンパンジーの個体数は熱帯雨林のフルーツの生産量に制限され、フルーツの生産量は赤土の栄養分に制限される。

時代をさかのぼれば、恐竜も巨大な身体を維持するために小さなギンナンを選んで食べた。それもイチョウが〝森のバター〟といわれるアボカドより多くの栄養分を土から吸収し、ギンナンに濃縮するためだ。

ヒトも例外ではない。土の栄養分は、歴史上しばしば食糧生産や人口増加を制限してきた。5億年かけて発達した生き物たちの独自の生き方は、土という窓を通して見ることで理解できるものが多い。

 

土の物語を読み解く

子どものころから土に憧れ、土の研究者になった。そんな人間を私はまだ知らない。灼熱(しゃくねつ)の熱帯雨林で、汗まみれ泥まみれになって土を掘り、30キログラムの土を担いで山を下りる。極北の大地でひとり、柱が立つほどの蚊に襲撃される。

白衣の科学者のイメージとはかけ離れたきつい現実に愕然(がくぜん)とし、こんなはずではなかったと思うこともある。それでも、スコップ片手に世界を飛び回るのは、土にはきつい労働を上回る魅力があるからだ。

身近なはずの土には、壮大な物語が閉じ込められている。深海や未知の惑星ではなく、足元の土にいまだに人類の理解が及ばない科学の最前線がある。高度な分析機器は必ずしも必要としない。スコップと長靴と蚊取り線香とおやつを用意して、土の物語を読み解こう。

物語の主人公は土だが、そこに生きる生き物たち、微生物、昆虫、恐竜、そして人間も含んでいる。見方を180度変えた自然史、人類史でもある。
少々マニアックな魅力に少しでも共感いただければ、この上ない喜びである。

 

※本記事は『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が語る土と人類の驚異の歴史。 土に残された多くの謎を掘り起こし、土と生き物の歩みを追った5億年のドキュメンタリー。


『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』
著:藤井 一至
価格:1210円(税込)​

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【著者略歴】

藤井一至(ふじい・かずみち)

土の研究者。1981年富山県生まれ。 2009年京都大学農学研究科博士課程修了。京都大学博士研究員、 日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。 専門は土壌学、生態学。 インドネシア・タイの熱帯雨林からカナダ極北の永久凍土、さらに日本各地へとスコップ片手に飛び回り、土と地球の成り立ちや持続的な利用方法を研究している。 第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)で河合隼雄賞受賞。

note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

大地の五億年

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリー。故池内紀氏も絶賛した名著が、オールカラーになって文庫化されました。

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