【世にも奇妙な風景】カナダ北部の町に出現する「酔っぱらいの森」とは?

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河合隼雄学芸賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリーであり、故池内紀氏も絶賛した名著がオールカラーになって文庫化されました。

「土は生命のゆりかごだ!快刀乱麻、縦横無尽、天真爛漫の「土物語」」仲野徹氏(大阪大学名誉教授)。「この星の、誰も知らない5億年前を知っている土を掘り起こした一冊。その変化と多様性にきっと驚く」中江有里氏(女優・作家・歌手)。

本書から一部抜粋して紹介します。

 

 

カナダ北部で孤独な調査

大西洋を挟んだカナダ北部には、一風変わった景色がある。木がよろよろと傾いて乱立しており、〝酔っぱらいの森〟と呼ばれる。被子植物の登場によって北へと追いやられたマツ科の針葉樹のうち、カナダ・シベリアの極地に逃げ込んだものたちには、厳しい洗礼が待っていた。

極北というだけあって、カナダ北部の町・イヌビックは、日本から飛行機5便を乗り継いだ先、北極海のすぐ近くにある。カナダ・エドモントンからイヌビックへ飛び立つと、草原地帯・プレーリーの農村風景は一転して、針葉樹の森と湖の世界へと変わる。陸路なら、デンプスターハイウェイと呼ばれる砂利道を行くことになる。

大自然に囲まれた「極北のオフロード」はライダーたちの憧れと聞く。ただし、泥まみれになること、ガソリンスタンドなしで数百キロメートルを行かねばならないことには相当の覚悟が必要だ。200平方キロメートルほどの面積に研究者1人、グリズリー(ヒグマの一種)1匹、蚊無数……「クマはさみしくないのだろうか」。孤独と向き合う調査がはじまる。

 

酔っぱらいの原因

極北の大地にはあたり一面、針葉樹林(タイガ)が広がっている。冷温帯林とツンドラの間、極寒の地に成立した林である。すぐそこには森林限界がせまっているだけあって、木がぽつぽつ生えているだけだ。

天然林と聞けば、ついつい多様性豊かな熱帯雨林やブナ林を想像してしまうが、カナダのタイガ林の低地には、黒トウヒという1種の針葉樹が優占している。日本のスギ人工林のような整然とした姿ではなく、3メートルから7メートルの高さの木がよろよろと傾き、まるで酔っぱらっているような有り様である。

〝酔っぱらい〟の原因は、永久凍土にある。氷河期、雨が少ないカナダの大陸性気候下では、大地が氷河に覆われていない時期があった。氷河という〝毛布〟がなく、厳しい寒さにさらされた地表は凍りはじめ、カナダ北部やシベリアには、広く永久凍土が生成した。

カナダ・イヌビックでは、氷河期の寒さによって大地は深さ200メートルまで凍結した。夏に土の表面が溶けることはあっても、深いところの土は凍ったままだ。

日本では「身も凍る寒さ」という言葉を使うが、これは氷点下10℃くらいまでを指す。一方、極北の大地の冬は氷点下40℃にもなる。こちらは「土も凍る寒さ」といえる。

日本の永久凍土は富士山や大雪山、立山の山頂付近のごく一部に限られるが、地球全体を見渡せば、永久凍土は陸地面積の25パーセントを占め、北極を囲む陸地の広範囲に分布している。

 

ひねくれる黒トウヒ

永久凍土といっても、夏の数ヶ月間に限り表層土は溶ける。ただし、シャーベット状の土の30センチメートルより下には、カチンコチンの氷、凍土層が続く。溶け出した水は凍土層に浸透を阻まれるため、地表面の土は水浸しのドロドロの土となる。

北欧のように針葉樹の下にはポドゾルが生成すると知られてきたが、実際の土は水田の泥に近い。日本からはるばる来て掘った土が、水田にそっくりとは驚かされた。

夏の間に泥沼化した土は、冬の到来とともに永久凍土に戻る。このとき、土は地表面から凍る。凍っていない土は地表の凍土と下層の凍土面に挟まれて圧迫され、上向きの力を生む。

また、水が凍ると体積が増え、土の体積が増加する。それによって地表面に凹凸ができる。

さらに、盛り上がったマウンドの脇に黒トウヒが生えると、その場所が乾燥する。

凹凸には水分のむらが生まれ、少し小高い乾燥したところに地衣類が生え、窪(くぼ)んだところにミズゴケが繁茂する。地衣類の遺骸は、とにかく分解しにくい。

地衣類の遺骸が分解するのを2年間待ち続けたことがあるが、結局10パーセントも分解しなかった。このため、地衣類が生える小高い場所にはさらに遺骸が堆積し、マウンドはゆっくりと立体感を増していく。

地衣類やコケの成長はゆっくりだ。数百年かけてマウンドが形成され、黒トウヒの居場所が傾いていく。これが〝酔っぱらいの森〟のからくりである。

トウヒの木が傾くことが年輪のゆがみに記録される。これによって、フラフラしているうちに、だんだん進む道が固まっていく(流されていく)、他人事とは思えない黒トウヒの生き様が年輪に刻まれている。

 

※本記事は『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が語る土と人類の驚異の歴史。 土に残された多くの謎を掘り起こし、土と生き物の歩みを追った5億年のドキュメンタリー。


『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』
著:藤井 一至
価格:1210円(税込)​

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【著者略歴】

藤井一至(ふじい・かずみち)

土の研究者。1981年富山県生まれ。 2009年京都大学農学研究科博士課程修了。京都大学博士研究員、 日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。 専門は土壌学、生態学。 インドネシア・タイの熱帯雨林からカナダ極北の永久凍土、さらに日本各地へとスコップ片手に飛び回り、土と地球の成り立ちや持続的な利用方法を研究している。 第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)で河合隼雄賞受賞。

note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

大地の五億年

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリー。故池内紀氏も絶賛した名著が、オールカラーになって文庫化されました。

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