富士山は、異国の山から日本の象徴へと移り変わった 〜富士山今昔物語〜

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

毎年、多くの登山者でにぎわう富士山。日本一の頂から見られる景色は格別ですが、富士山への知見を深めておくと、よりすばらしい体験になるはずです。
登るだけではわからない、富士山の歴史と文化を紹介します。
今回は、美の象徴としての富士山の秘密に迫ります。

その昔、富士山は異国の山だった?

写真の説明

その美しい山容は、日本の美の象徴となっている

今でこそ日本のシンボルとして、広く親しまれている富士山だが、都が京都にあった平安時代以前は存在を伝え聞くだけの伝説の山だった。

現存する最古の富士山画は、平安時代に描かれた「聖徳太子絵伝」だと言われている。

「聖徳太子が神馬に乗って空を飛び、富士山に登頂を果たした」という伝承の通り、馬に乗って富士山を越えようとする聖徳太子が描かれている。富士の高嶺は総じて伝え聞くだけの幻想的な幽山であり、想像上の異国の山と捉えられていたので山容も現実の姿からは程遠いいびつな形であった。

その後、『万葉集』や『伊勢物語』などで富士山の雄大さが語られるようになると、都の人々は好奇心をかき立てられていく。

鎌倉時代から室町時代にかけて、東海道の往来が増え徐々に富士山が周知されるようになると、絵画作品にも多く登場するようになる。しかし、あくまで富士山は物語の背景として描かれることが多く、富士山自体が主体として描かれることはなかった。

富士山絵画ブームが花開いた江戸時代

富士山が芸術のテーマとして確立されたのは江戸時代だ。

室町時代に禅僧の間で日本の象徴として富士山が徐々に描かれるようになり、徳川家が江戸に幕府を開いた江戸時代に一気に花開いた。

徳川家は幕府の権威を高めるため、江戸から見える日本一の秀峰を権威の象徴として御用絵師に書かせるようになった。幕府の御用絵師だった狩野家は、将軍が座る床の間に富士山の絵を描いていたとされている。富士山を描いた床の間の前に将軍が座り、家臣たちは下段の間からそれを仰ぎ見ると、将軍と富士山が重なって見える構図になっていた。

江戸の町で一際目立つ江戸城と、そこから見える富士山は、セットで描かれることが多くなり、時代の象徴となっていた。

徳川家の権威の象徴として描かれることが多くなった富士山だが、そうした時代背景とは関係なく、富士山は江戸の人々には人気の画題のひとつだった。

市井に広まった浮世絵では、美人画や役者絵と並んで、富士山が人気の題材となっていた。今でこそ東京からはビル群に阻まれて富士山を眺めづらくなってきているが、江戸の街からは富士山が日常の光景として見えていたのだ。

幕府と江戸の町民、双方の心を動かした富士山は、やがて日本の象徴として日本人の心に深く刻まれていく。

北斎と広重、ふたりの富士山

富士山を描いた浮世絵師として現代においてもその名が広く知られているのが、葛飾北斎と歌川広重だろう。

葛飾北斎は、江戸後期に活躍した浮世絵師。70年間で3万点以上の作品を発表した鬼才は、富士図版画集「冨嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)」を中心にさまざまな富士山画を残してきた。

その「冨嶽三十六景」のひとつ、「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」は世界的にも有名な北斎の代表作だ。高く荒々しい波頭と遠くに静かにたたずむ富士山が、遠近法で見事に対比されている。

写真の説明

冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏

北斎と同時期に活躍した歌川広重は、ゴッホやモネに影響を与えたといわれる浮世絵師。風景画が有名で、代表作に「東海道五十三次」などがある。

「名所江戸百景 水道橋駿河台」は、端午の節句の鯉のぼりを手前に、富士山を奥に描いた大胆な構図が特徴的だ。富士の頂よりも高く登る鯉は、出世を象徴している。

写真の説明

名所江戸百景 水道橋駿河台

二人に描き方の違いはあれど、富士山を背景に庶民の風俗を描くことが多かった。浮世絵は江戸の町民に、あるいは江戸を訪れた旅人の土産物として愛されていた。写真がない時代、富士山と町民の暮らしが描かれた絵画は、大切な思い出として残せるものだったのだ。

日本のシンボルとなった富士山

明治時代から戦時中において、富士山は日本のナショナリズムを高めるツールとして用いられるようになる。一方で、民謡に富士山が登場するなど、国民の日常生活に「美の富士山」が入り込んでいく。富士山が崇高で美しいものだという認識が、全国民の間に芽生えるようになっていった。

現在、富士山は日本を可視化するアイコンのひとつとして、日本の美の象徴として描かれるようになっている。公共機関の宣伝ポスターから下町の銭湯の壁画まで、日本人の暮らしのなかに富士山があり、欠かせない存在となっている。

富士山の登山情報をまとめた「富士山ナビ」もチェック!

富士山ナビ

富士山はなぜ日本一の山なのか?

毎年、多くの登山者でにぎわう富士山。日本一の頂から見られる景色は格別ですが、富士山への知見を深めておくと、よりすばらしい体験になるはずです。 登るだけではわからない、富士山の歴史と文化を紹介します。

編集部おすすめ記事