山に囲まれた山梨ならではの気候 ご当地気象予報士が解説する山梨のローカル天気話

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「せまい日本そんなに急いでどこに行く」と交通安全の標語はいいますが、南北に長く、地形の変化が豊かなこの国には、都道府県ごとに知られざるローカル気象現象が存在しています。今回は、山梨県で気象キャスターを始めて4年目になった私が、山梨で見つけた珍しい天気の話題を紹介します。

 

夏の夜の寝苦しさを左右する朝曇り

山梨県の天気予報で特に難しいとされているのが気温の予想です。内陸にあって海の影響を比較的受けにくい山梨では、強い日射を受けて予想以上に気温が上がったり、放射冷却で熱が逃げてしまったりと、極端な気温になることもよくあります。

特に甲府の最低気温を左右するもののひとつが、未明から明け方にかけて甲府盆地に広がる下層雲です。正式な気象用語ではありませんが、地元の気象予報士は「朝曇り」と呼んでいます。下の画像は先月25日に出現した朝曇りの様子です。

山梨県の中・西部には、盆地の地形に沿うようにして一様に雲が広がっています。これは夜間気温が下がるとともに空気中に含まれる水分が凝結して雲を作ったもので、周囲の山地よりも低い高度で雲が発生しているため、山の稜線からは雲海が広がっているように見えます。甲府盆地では穏やかに晴れた朝は比較的頻繁に朝曇りが発生するため、晴れの予報だったのに朝起きてみると雲が垂れ込めていてびっくりすることがよくあります。

一方、朝曇りは穏やかに晴れるサインでもあり、気温が上昇する午前8時ごろにはたいてい何事もなかったかのように青空が広がります。

問題なのは、この朝曇りの雲が盆地に蓋をしてしまい、放射冷却をさえぎってしまうことです。下の気温のグラフを見れば、未明から明け方にかけての気温の下がり方の違いが一目瞭然です。朝曇りした朝は、しなかった朝と比べて気温が下がりにくくなるため、特に真夏は熱帯夜を引き起こす要因のひとつに挙げられます。

甲府では近年最低気温が25度を下回らない熱帯夜が増加しつつあり、熱帯夜になるかならないかでは注目度も異なります。真夏の最低気温の予想には気象庁の予報官も神経をすり減らしているのではないかと想像します。

 

峡東地域で恵みの雨となる夕立が多発するワケ

山梨は年間を通して降水量が少なく日照時間が長いことがよく知られています。その気候的特徴がフルーツ栽培に向いており、古くからモモやブドウの生産が大変盛んです。ただしひたすらカンカン照りならいいというわけではありません。夏の暑さ厳しい時期には適当な頻度で恵みの雨が必要です。ときどき夕立があったほうがいいのです。

甲府盆地のとりわけ峡東と呼ばれる地域(山梨市・笛吹市・甲州市)は、ある仕組みによって山梨県内でもとりわけ夕立が発生しやすいという特徴があります。その仕組みは、地形に起因した風の合流です。やや専門的になるため下図で説明しましょう。下図左側は、先月20日午後2時のアメダスが捉えた風の様子です。

静岡県の沿岸部から甲府にかけては、大河川である富士川沿いに海風が吹き込み、富士川の下流から上流に向けて北寄りの風がひと続きになっています。午前中は下流域だけだった海風も、昼過ぎになると甲府までたどり着き、午後2時以降の甲府では毎日のように北西~北北西の風が強まります。

一方、勝沼周辺では昼過ぎから夕方になると御坂山地や笹子の山から「笹子おろし」と呼ばれる局地風が弱いながら吹き降りてきて、南東の風が吹きやすくなります。甲府の北西風と勝沼の南東風はやがて合流し、風の合流点にあたる峡東地域では夕立を降らせるような対流雲の発生が多くなるのです。

この風の合流のことを、地元の一部の気象予報士の間で「甲府-勝沼収束」と呼んでいます。甲府-勝沼収束は笛吹市の石和温泉付近から一宮方面へと続いています。偶然か必然か、この一帯は特にフルーツ栽培の盛んです。ただ、対流雲が過剰に発達してしまうと降雹による農業被害も発生しやすい地域でもあるため、夏の午後に収束が強まるといつも緊張しています。

 

冷え込みにくい不思議な高原

山梨県の天気予報では標高800m以上の地域を高冷地と定め、特に秋冬の冷え込みに対して注意喚起をしています。県内にあるアメダスで気温を観測している地点のうち、北杜市大泉・河口湖・山中の3地点は標高800m以上にあり、高冷地に当たります。ただ、このうち北杜市大泉では、晩秋から冬の朝の冷え込みが甲府よりも弱いことがあります。要因のひとつが「斜面温暖帯」の存在です。

よく晴れた冬の朝は放射冷却がよく効いて、地表付近の熱はどんどん逃げていき、空気が冷やされます。このとき冷気は重いため、地面が傾いていると下へ向かって流れ出そうとする流れ、冷気流が発生します。その結果、冷気は盆地に集まって冷気湖を作る一方で、斜面の中間地点では冷気がたまりにくく、標高の割に比較的温暖な地域が形成されます。八ヶ岳南麓の広大な斜面の中腹に位置する大泉は案外冷え込みが弱いのです。

また、大泉は八ヶ岳から吹き下ろす八ヶ岳おろしの強風でフェーン現象が効きやすいため、風のある日はさらに最低気温が高くなる傾向があります。

プロフィール

宮田雄一朗

日本気象協会所属の気象予報士。山梨県で気象キャスターをしています。天気予報をきちんと伝えられるように奮闘中。日々の天気の話題の中で、登山にちょっと役立つ知識もお届けします。

日本気象協会

日本の気象コンサルティングサービスのパイオニアとして1950年に創立。以来、気象・環境・防災などに関わる調査解析や情報提供を行っている。
近年ではAIやIoT、気象ビッグデータの活用を通じ気象の調査解析、情報提供の精度を向上させ、気候変動への適応など持続可能な世界を実現する活動を支援している。
 ⇒tenki.jp

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