ルポ・休日は高川山へ。富士山に会いに行く

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明け方、朝食を持って始発列車に乗る。まだ見ぬ展望に胸をふくらませながら澄んだ空気の中を歩き始める。山頂では富士山が笑顔で出迎えてくれた————。『山と溪谷』2023年11月号の特集「全国絶景低山100」より、富士山の見える山を歩いたルポを抜粋して紹介しよう。

文=丸山瑞貴(山と溪谷編集部)、写真=矢島慎一、スタイリング=近澤一雅

歩いた人
ルポ「休日は高川山へ」歩いた人
渡邉明博(左)
わたなべ・あきひろ/1957年、東京都生まれ。低山フォトグラファー。〝富士山は恋人"と称しながら富士山を撮り続けている。2023年2月「ニッポンぶらり鉄道旅」(NHK)に出演。著書に『富士山絶景撮影登山ガイド』(山と溪谷社)など。

丸山瑞貴(右)
まるやま・みずき/低山の魅力は、朝ごはんを山頂で食べられることだと思っている入社1年目(取材時)の編集部員。


「富士山の見える低山は?」と問われてピンとくる山をあなたはいくつ思い浮かべることができるだろうか?

関東周辺であれば、晴れていれば山に登ればどこからでも富士山は見えそうな気もするけれど・・・。と私はボンヤリとした回答しかできなかった。「ここだ!」と思える富士山の見える山をもっと知りたい。そう思った私は、低山フォトグラファーで「富士山は恋人」をモットーに長年“恋人”の姿を撮影し続ける渡邉明博さんにおすすめの山を聞き、イチオシの「高川山」に一緒に出かけることにした。

登山前夜は、山頂で食べる朝ごはんをリュックに詰めて就寝。当日は朝3時過ぎに自宅を出て、車で大月駅の駐車場へ。夜が明ける前に大月駅発甲府行きの始発列車に揺られ一駅。初狩駅に到着したのは6時ぴったりだった。渡邉さんは早朝から笑顔がすてきだった。恋人である富士山を見たくてしょうがないという気持ちが伝わってきて、こちらまで笑顔になった。初狩駅で下車したのは我々だけで、周辺は早朝特有の、鼻からスッキリと冷たい風が抜けていくような空気に包まれていた。

初狩駅から舗装路を歩き始める。背後の山がほの明るく見えてきて、たなびく雲と澄んだ空気のおかげで周りの山が堂々として見えた。振り返ると滝子(たきご)山に見下ろされているようだった。標高1600m に満たない山だが、2000m以上はありそうな雰囲気が漂っていた。 「滝子山からも富士山がきれいに見えるよ」と教えてもらった。

大月駅で始発に乗り、まだほの暗い初狩駅から出発
大月駅で始発に乗り、まだほの暗い初狩駅から出発
木の根が露出した天然の階段を登る
木の根が露出した天然の階段を登る
登山口へ向かう。たなびく雲が滝子山にかかり幻想的な雰囲気
登山口へ向かう。たなびく雲が滝子山にかかり幻想的な雰囲気

駅から30分ほど歩くと登山口に到着。男坂女坂コースへ向かう。

しばらく歩き足元を見ると、かわいらしい芽を出したドングリがいくつか落ちていた。秋に来れば、たくさんドングリを拾えるかもしれない。親子で登山をするにもピッタリのコースだなと思った。またいろいろな鳥の鳴き声も聞こえる。まだ暗いうちから木立の中を歩いていたので気づかなかったが、夜が明けて、周りは朝になったようだった。

渡邊さんから「女坂のほうが傾斜が緩くて、僕もよく利用するよ!」とアドバイスがあり、女坂から登ることを選んだ。登っている途中は富士山が見えず、「本当にこの先、富士山がよく見えるのかな?」と高川山が初めての私は少し不安になってきた。しかし渡邉さんのとても楽しそうに登っている様子を見ると、安心して登れた。

女坂を登りきり、男坂と合流。大きめの石が出ているごつごつした登山道を少し歩くと、富士山の頭がちょこんと右手に現われた。意外と大きい。駅からここまで、富士山は一回も見えなかっただけに、頭が見えただけで盛り上がった。

「恋人」が見えて喜ぶ渡邉さん
「恋人」が見えて喜ぶ渡邉さん

「僕が普段、暗い時間や、早朝に山に登るのは、空気が澄んでいる時間帯に富士山を見たいからなんですよ。やっぱり、恋人は、いちばんきれいな姿で見たいからね! じゃないと恋人にも失礼でしょう?」

渡邉さんは恋人への気持ちを笑顔で熱く語ってくれた。なるほど、私たちが富士山を見に山へ行くときは、天気や出発時刻がかなり重要なのだと思った。同時に、渡邉さんの富士山への気持ちを前に、私の山に対する気持ちはまだまだだったのかもしれない、とやや反省。 「待っててね~、もうすぐだからね!」と渡邊さんは恋人に語りかけながら前進。クマザサが両側に生えた登山道になり、それを登りきると開けた山頂に一気に飛び出す。

「お~~!!! 富士山だーー!」

撮影の矢島さんも一緒にみんなで歓声をあげた。雲一つない快晴の空の下、富士山がどーんと鎮座していた。登山道の様子からは想像がつかないほど山頂は広く、景色は四方に開けており見晴らしが抜群。「待っててくれてありがとう~。会いたかったよ~」渡邉さんの愛情あふれる言葉にこちらもなんだか優しい気持ちになった。富士山の景色を堪能し、周囲の山々を山頂の方位盤や持ってきた登山地図で調べる。何度も高川山に来ている渡邉さんがてきぱきと周りの山を指差し、名前を教えてくれた。山頂で景色をひととおり楽しんだ後は、腰を下ろして朝ごはんタイム。湯を沸かしていると、登山者が次々とやってきて、食べ終えるころには山頂はにぎわっていた。高川山は人気の山なのだ。休憩を終え、もう一度景色を楽しんだ後は、名残を惜しんで下山。渡邉さんは別れ際、恋人に「また来るね!」と言って投げキッスをしていた。

山頂には三六〇度の山名盤があり見える山の名前を知れる
山頂には三六〇度の山名盤があり見える山の名前を知れる
リニア実験線が眼下に走る
リニア実験線が眼下に走る
富士山をバックに地図を広げて山座同定
富士山をバックに地図を広げて山座同定
風のない日は日差しが暖かく、半袖が気持ちよい
風のない日は日差しが暖かく、半袖が気持ちよい
民家のある道を通り、下山。リニア見学センターをめざす
民家のある道を通り、下山。リニア見学センターをめざす
下りで見つけたテングチョウ。翅を広げて可憐な姿を見せてくれた
下りで見つけたテングチョウ。翅を広げて可憐な姿を見せてくれた

下山路はいくつかコースがあるので、案内板や地図を見ながら進んだ。 短いコースながらも、自然豊かでいろいろな表情を見せてくれる高川山。早起きして恋人に会いに行くという気持ちで、計画を立ててみるのがおすすめだ。

(取材日=2023年3月7日)

下山後はリニア館へ

高川山からの下山路を中谷コースにとると、山梨県立リニア見学センターまで歩いていける。ハイキング後に立ち寄るのもいい。「どきどきリニア館」では、リニアモーターカーの歴史や、超電導の仕組みなどを知ることができる。磁力浮上走行を体験できるミニリニアの乗車や、超電導体の特性がわかる実験の見学(写真下)など、子どもから大人までわかりやすい展示が多い。 開館時間は9時から17時までで、最終入館は16時30分。利用料金は420円(わくわく山梨館は無料)。開館情報を事前にチェックしておこう。

山梨県立リニア見学センター

Course Information

山梨県 高川山 976m
真正面に見る富士山の姿と三六〇度の大展望
高川山の山頂は広い。昼ごろは多くの人でにぎわう
高川山の山頂は広い。昼ごろは多くの人でにぎわう

高川山は、山梨県大月市にあり、同市が制定した富士山が美しく見える景色、「秀麗富嶽十二景」のひとつに選ばれている。周辺の駅からはアクセスしやすい人気の山だ。

初狩駅から舗装路を30分ほど歩き、登山口から入山。左側に柵が見えてきて、後ろを振り返ると安山岩の採掘現場が遠くに見える。この一帯は2500 万年前に形成された地形だとか。その後、男坂・女坂の分岐に到達。女坂を登りきり男坂と合流してすぐは、ごつごつとした登山道。富士山の頭が見え隠れする。傾斜が緩んでくると、クマザサの生えたゆったりとした道に。ここまで来ると山頂は近い。山頂に飛び出すと、一気に開ける三六〇度の展望に驚くことは間違いないだろう。広い山頂でゆっくりと景色を楽しみたい。下山時は、分岐が多いのでコース間違いには要注意。また、途中に水場はないので飲み水は背負って行こう。

歩行時間

計3時間20分

アクセス

[公共交通機関]行き:JR中央本線初狩駅 帰り:県立リニア見学センターバス停(富士急行バス)JR中央本線大月駅
[マイカー]大月駅発甲府行きの始発列車に乗るために、大月駅まではマイカーを利用する。大月駅周辺にコインパーキングあり。初狩駅近くに駐車場はない。始発以降は、公共交通機関の利用が便利

問合せ先

大月市観光協会 0554-22-2942
山梨県立リニア見学センター 0554-45-8121

ヤマタイムで周辺の地図を見る

この記事に登場する山

山梨県 /

高川山 標高 976m

山梨県大月市にある山で、山梨百名山の1つとして数えられ、秀麗富嶽十二景の山にも選定されている。 中央線沿線にありアクセスが良いことから、多くのハイカーで賑わう。山腹地下にはリニア実験線が走っている。山頂からの富士山の展望が良い。

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2024年5月号の特集は「上高地」。多くの人々を迎える上高地は、登山者にとっては入下山の通り道。知っているようで知らない上高地を、「泊まる・食べる」「自然を知る・歩く」「歴史・文化を知る」3つのテーマから深掘りします。綴じ込み付録は「上高地散策マップ」。

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雑誌『山と溪谷』特集より

1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。

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