「もしもーし、遭難しました」。携帯電話普及による安易な救助要請の増加に懸念
20年間、警視庁青梅警察署山岳救助隊を率いてきた著者が、実際に取り扱った遭難の実態と検証を綴る。安易な気持ちで奥多摩に登る登山者に警鐘を鳴らす書、ヤマケイ文庫『侮るな東京の山 新編奥多摩山岳救助隊日誌』から一部を紹介します。現在は携帯電話からスマートフォンへとさらに便利に進化しましたが、本質的な部分は変わらないのではないでしょうか。
文=金 邦夫
「もしもーし、遭難しました」
1999年5月21日、山岳救助隊に青梅本署から電話が入った。「御岳インフォメーションセンターから『高水三山に登った女性2名が惣岳山付近で道に迷っていると携帯電話で救助要請が入った』と連絡があった」というものであった。
私はすぐ、女性の携帯電話番号をプッシュしてみた。若い女性が出た。「もしもし、こちら青梅警察署の山岳救助隊ですが、どうしたんですか?」と聞くと、「ああ救助隊の方ですか、友達と二人で高水三山に登ったのですが、道に迷ってしまいました。いまどこにいるのかもわかりません。どうしたらいいでしょう」と答えが返ってきた。
横浜から来た23歳と21歳の女性2名、彼女たちは今日午前10時ごろ、御岳のインフォメーションセンターでもらった略図をたよりに、御嶽駅から高水三山に向けて出発した。三山のうち最初の山である惣岳山を目指したのだが、ピークには着かず、そのうち下り坂となった。なおも下っていくとヒノキの林の中に入り、道も細くなって枝分かれし、心細くなってきたので、パンフレットに書いてあった「御岳インフォメーションセンター」に、持っていた携帯電話で連絡を取った、というものであった。
高水三山のあの広い道が細くなったというからは、どこか枝道に迷い込んだのだろう。まだピークは踏んでいないというから、巻き道を通って岩茸石山の方向に向かったか、それとも沢井か丹縄のほうに降りてきているのかもしれない。
数年前、行方不明者の捜索で、あのあたりはくまなく歩いているので、大体の地形は把握している。私は電話で「そこから見えるもの、なんでもいいから教えてほしい」と言ったら、「林の中でなにも見えない」との答えだった。「それならそこまで来るあいだに見えたもの、なんでもいいから教えてくれ」と聞くと、「ところどころに何番鉄塔に到るという杭が立っていた」と言う。私はピンときた。そこは沢井の青渭神社裏に下る、鉄塔の巡視道だ。彼女らは、惣岳山のピークを右から巻き、さらに東側に折れ、沢井に下るルートをたどったのだろう。
私は彼女らに「大体の場所はわかった、体力は大丈夫か」と聞いたところ、「どこもケガはしていないし、若いから体力は大丈夫」との答えが返ってきた。「それではゆっくりでいいから、その道を下ってきなさい。なにかあっても携帯電話があるから大丈夫だ。そこを下れば大きな神社の裏に着くはずだ、その神社のところで待っていなさい。私もすぐそちらに向かうから」と言ったところ、安心した声で「そうします、よろしくお願いします」と言って電話を切った。
私は江上隊員と山岳救助車で沢井の青渭神社に向かった。なんと便利なものができたのだろう。今回は単なる道迷いでしかないが、これなら遭難者と直接話をしながら捜索ができる。携帯電話はこれからの山岳救助で大きな武器になることは間違いない。
青渭神社の大きな鳥居の下で、彼女たちはニコニコ笑いながら私たちを待っていた。事情を聞くと、二人は御岳周辺の散策に来たのだが、インフォメーションセンターで高水三山の略図をもらったので、それではここに登ってみようと出かけて、道に迷ってしまったものであった。「山はそんな安易な気持ちで登っては、大きな遭難事故の原因になる」と気合いを入れ、御嶽駅まで山岳救助車に乗せて送ってやった。
侮るな東京の山 新編奥多摩山岳救助隊日誌
奥多摩のリアルがここにある。 山岳救助隊を20年にわたって率いた著者が鳴らし続ける警鐘。
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