南アルプス南部調査人、四国遍路を歩く①歩き遍路・ことはじめ

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弘法大師空海が修行した地・四国と、ゆかりの八十八寺をお参りする巡礼・四国遍路。南アルプス南部を主なフィールドとして長らく山歩きに傾注してきた筆者が、数カ月に渡って通い続け、歩き遍路を結願(けちがん、すべての霊場を回り終えること)した。その記録とともに、登山経験豊富な筆者ならではのアドバイスをつづっていく。

文・写真=岸田 明、カバー写真=愛媛県大洲市・肱川土手にて。奥は高山寺山

歩き遍路・発心(ほっしん)のいきさつ

長らく山を歩いてきた筆者にとって、同じ「歩く」こととはいえ、遍路と登山とはかけ離れた行為だと思っていた。そのため、死ぬまでに一度はお遍路に出たいと思いつつも、なかなか足が向くことはなかった。

しかし、コロナ禍や各地で起こる紛争、生成AIの登場など、これまでわれわれが連綿と受け継いできた価値観や倫理観は大きな変革を迫られ、世界が変化していく今、人間の根源である「心」の大切さが見直され始めているのではないかと思うようになった。そんなとき、ある書物で「遍路は歩くことが修行である」と書かれているのをたまたま目にした。

私は40歳を過ぎて以降、特にこの15年間、南アルプス南部を中心として毎年50日以上山に入り続けてきた。野山に分け入り自然に学び、その恩恵を肉体的にも精神的にも享受する自分の山行スタイルは、どちらかというと「山伏修行」に近い部分もあるのではないかと思っていた。

そう思うに至ったのは、山を登るようになってしばらくしてから、出羽三山神社の山伏修行「秋の峰入り」に参加したことが遠因だろう。そして自分もいつまでも歩けるわけではないと感じる歳になり、「歩き遍路に出よう」と発心するに至ったのである。

「秋の峰入り」に参加した際の、筆者の修験道姿

四国遍路とは

四国遍路は徳島県の第一番霊山寺(りょうぜんじ)から時計回りに海岸線近くを巡り、香川県の第八十八番大窪寺(おおくぼじ)までつなぐ。当初は僧侶による修行の旅であったが、江戸時代以降、巡礼の旅として一般庶民にも普及したといわれている。

各霊場ではお灯明を点し、お線香を上げ、般若心経を読み、浄土を祈念する。各地で歴史と文化に触れ、地の食事を楽しみながら巡っていく。

お遍路全体図

霊場の多くは平野部にあるものの、小高い山の上に位置していたり、山奥にある文字通りの山寺も多く、また険しい峠越えを強いられる区間もある。歩き遍路の場合は全長1200kmを超え、40~60日を要する長大な旅となる。ただ実際には歩き遍路は少数派で、多くはバスやマイカー、タクシー、自転車などで巡っている。

第一番霊山寺山門と寺内庭園。遍路の起点にふさわしい風格と雰囲気が漂う
第七十一番弥谷寺・大師堂前にてバス遍路の一行

歩き遍路の魅力

徳島県最南端の宍喰付近から見る日の出

歩き遍路の場合、各霊場にお参りし、また旧跡を訪問することに加えて、ほかにもたくさんの魅力がある。一つは弘法大師修行の足跡をたどりながら、四国各地各様の野山や海の雄大な自然に触れられること。日々変化する天候の中に自然の厳しさを感じ、また草木の芽吹きや開花に四季の移ろいを肌で感じ、大師の修行を追体験しながら自分の心と向き合うことができる。まさに歩くことによる修行だ。

徳島県・田井ノ浜へ下る貝谷峠にて。遍路道で初めて海を目にした感激はひとしお
愛媛県内子からの遍路道・水戸森峠から見る、久万高原方向へ続く新緑の山並み
四万十川から足摺岬への遍路道途中にある真念庵参道に散るツバキの花

それに加えて、歩きながらのほかの歩き遍路との会話や、遍路宿のおかみさんとの夕食時の交流、地元の人々からお接待と呼ばれる差し入れをいただき話をすることなど、人々との触れ合いも歩き遍路のさらなる楽しみである。

足摺岬の民宿の夕食。お接待の翌日用おにぎり含めて、とても良心的な料金
琴平電鉄志度線塩谷駅近くの遍路接待所でいただいたカキ氷。5月初旬にもかかわらず異常な暑さの中、生き返った

歩き遍路は四国のすべてに自らを委ねることが魅力で、各人各様の人生の、唯一無二の貴重な体験となるのである。

連載にあたって

いざ遍路に出てみようと思い立ったとき、まずは情報収集から始めることになるかと思う。しかし、長年にわたり登山ガイドマップを執筆してきた筆者からすると、世の中に提供されている遍路情報には、各霊場、遍路道、お参りの仕方や装備に関する解説は多いものの、日々どのように遍路計画を立てたらよいか、という情報が意外に少ないことに気がついた。

山行計画が非常に重要な自然相手の登山と、主として人里近くを歩く遍路とでは計画の重要性は違うかもしれない。ただ人里を歩く旅でも、数日先の宿を予約しようと考えた時、毎日どこまで歩けるかという見込みは、登山と同様に重要であると思う。

今後の連載では、醍醐味である遍路道の風物に触れつつ、「山屋」としての経験から歩き遍路の旅程計画の立て方などを中心に紹介していきたい。

高知県から愛媛県へと続く松尾峠みち

なお山と溪谷オンライン上の登山地図&計画マネージャサービス「ヤマタイム」にて、筆者が実際に踏破して得た情報をもとに、歩行時間やヘンロ小屋(休憩所)、見どころや注意点を地図上に表示した。地図上の各地点をたどっていくことで歩行時間の積算が自動計算され、計画を簡単に作ることができるので、記事と併せて歩き遍路の参考にしていただければ幸いだ。(⇒詳細はこちら※ただし、遍路道は複数ルートあるので、そのすべてを網羅できていない点はお許しいただきたい)

※遍路道や宿に関する情報、遍路に関する決まり事や習わしなどの一般的な情報に関しては、以下など数多くのウェブサイトがあるので、参考されるとよいだろう。

関連リンク

プロフィール

岸田 明(きしだ・あきら)

東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。

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