長野県遠山谷に残る「奇談」の証拠。江戸時代の冒険物『遠山奇談』の舞台へ
文・写真=宗像充、資料画像提供=飯田市美術博物館
神様にも仏縁あり
今の遠山谷は「神様王国」として売り出している。そんな神様たちも東本願寺の用材切り出しの恩恵を受けていた。
遠山谷の北半分の旧上村の中立地区に、正一位稲荷神社がある。この神社では、神木を用材に提供し鳥居を作っている。「正一位」の位階はそのとき京都まで地元の人が行ってもらってきた。
「神様のものを作るためなら森を売るのはいい」
神社の脇で暮らす禰宜様の滝浪政司さんも納得済みだ。
谷を挟んで対岸の木沢地区の小嵐神社も、用材の切り出しに際し、安全祈願のために京都の伏見稲荷を分霊したものだという。いかにも大らかだ。
そんな雰囲気を代表するのが木沢小学校だ。廃校の校舎の給食室でよく近所のおじいさんたちが飲んでいて、ぼくも遊びに行く。『遠山奇談』で不明の地名を尋ねると、地元の前澤憲道さんがフィッシングマップを取り出した。見ると西澤山は聖岳、東澤山は上河内岳になる。文中に出てくる木地師藤右衛門の名を上村史の中にある実在の人物だった。
遠山谷では東本願寺の用材切り出しは史実なのだ。
秘境中の秘境、便ヶ島訪問
ところで一行は遠山谷の最奥地、便ヶ島(たよりがしま)にも足を延ばしている。そこでカモシカをぐるぐる回した手拭を見せて生け捕りする。ほのぼのしている。
一行は木地師から「ころび木」のことを聞き、便ヶ島で槻(ケヤキ)の大木を見つける。実際、駐車場から歩き始めるとしばらくして崩落地が現われ、河原に埋没林=「ころび木」が現われる。8世紀の地震で発生した堰き止め湖で埋まってできたものだ。
便ヶ島は現在聖岳(ひじりだけ)登山の登山口となっている。今も林道の車止めから1時間半かかる、秘境遠山の中でも指折りの秘境だ。長らく閉鎖されていた山小屋の聖光小屋を再開したのは、木沢地区に暮らし、小嵐神社の神主でもある仲山岳典さんだ。
山も地元も詳しい仲山さんは『遠山奇談』を「ルポとしては正確」と評価する。
「南の梶谷川から山を越えて川根本町(静岡県側)との交易路もあった。遠山の中心にある池口岳(二百名山)から北の加々良沢にも下れる。当時は使われた道だから案内もできた」(仲山さん)
プロフィール
宗像 充(むなかた・みつる)
ライター。1975年生まれ。大分県犬飼町出身、長野県大鹿村在住。高校、大学と山岳部で、大学時は沢登りから冬季クライミングまで国内各地の山を登る。大学時代の山の仲間と出した登山報告集「きりぎりす」が、編集者の目に止まり、登山雑誌で仕事をもらいルポを書くようになる。登山雑誌で南アルプスを通るリニア中央新幹線の取材で訪問したのがきっかけで、縁あって大鹿村に移住。田んぼをしながら執筆活動を続ける。近著に『絶滅してない! ぼくがまぼろしの動物を探す理由』(旬報社)など。
『遠山奇談』を歩く
山奥に分け入った僧たちを待ち受けていたのは、山男や3mの大ヒキガエル、ウワバミといった怪物だった・・・。寛政10年(1798年)に刊行された紀行文『遠山奇談』をたどる。
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