長野県遠山谷に残る「奇談」の証拠。江戸時代の冒険物『遠山奇談』の舞台へ
文・写真=宗像充、資料画像提供=飯田市美術博物館
怪現象のカラクリ
怪物や怪現象についても解釈豊富だ。
「ハードな歩き方をしていると幻覚を見る。まさかここで人に会わないだろうと思うところで会うとビックリする」
「山男はクマかもしれない」
「トンネルの先にカエルがいて毎回鳥が飛び立ってクマタカだった。急に出会うと大きく見える」
そもそも都会の人が未経験のことを毎日山中で体験すれば、恐怖感が先行してささいなことも大げさに見えるだろう。
白い毛むくじゃらの動物だって、アルビノのタヌキが飯田動物園にいる。当時は小氷期と呼ばれる寒冷な時期の上に、浅間山の噴火で冷害も発生している。さらに梶谷川の上流は標高が1000mほどで浜松とは6度違う。全員厳冬のように冷えたのも不思議じゃない。
動物は島嶼化で小型化する。ウワバミにしたって当時の蛇が今より大きく、また絶滅した種が生きていた可能性もある。盛った部分は読者サービスだ。何より、地元の人も足を踏み入れない奥地に足を延ばした探検の功績は大きい。だから大木の調達に成功した。
「平和な時代の一向一揆」
遠山谷からは1万7325本の木材を供出し、総数の6割を賄っている。齢松寺のある静岡県も含む三河の浄土真宗の教区門徒は費用の多くを負担した。本山焼失による信仰の危機に対し、齢松寺たちが火を付け、各地で門徒たちが立ち上がった。歴史研究で東本願寺の再建の詳細を明らかにし、自らも浄土真宗・蓮成寺(愛知県)の住職である青木馨さんはそれを「武力を伴わない一向一揆」と呼んだ。
「10年間毎年莫大な額を門徒が出す。命懸けの事業でした」(青木さん)
現在、遠山谷では浄土真宗の影は薄い。
それでも京丸や遠山谷には阿弥陀堂がある。伏見稲荷であれ何であれ、ありがたそうなものは受け入れる。そんな融通無碍な秘境は、海端の町からやってきた人には外国そのものだ。本山再建の熱意と使命感に燃えた真宗門徒が、山村の風俗と出会って生まれた化学反応が『遠山奇談』だ。
書いてあることが取るに足りない作り話か、根拠のあるルポルタージュか。次に遠山谷を訪れて確かめるのは、あなた自身だ。
プロフィール
宗像 充(むなかた・みつる)
ライター。1975年生まれ。大分県犬飼町出身、長野県大鹿村在住。高校、大学と山岳部で、大学時は沢登りから冬季クライミングまで国内各地の山を登る。大学時代の山の仲間と出した登山報告集「きりぎりす」が、編集者の目に止まり、登山雑誌で仕事をもらいルポを書くようになる。登山雑誌で南アルプスを通るリニア中央新幹線の取材で訪問したのがきっかけで、縁あって大鹿村に移住。田んぼをしながら執筆活動を続ける。近著に『絶滅してない! ぼくがまぼろしの動物を探す理由』(旬報社)など。
『遠山奇談』を歩く
山奥に分け入った僧たちを待ち受けていたのは、山男や3mの大ヒキガエル、ウワバミといった怪物だった・・・。寛政10年(1798年)に刊行された紀行文『遠山奇談』をたどる。
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