「全国駅からハイキング100」山形の名刹と遺跡を歩く。やまでら天台のみち【山と溪谷2024年12月号】
雑誌『山と溪谷』2024年12月号の特集は「全国駅からハイキング100」。晴れた週末に、思い立ったら気軽に行けるコースを100集めた。関東、関西をはじめ、全国各地のおすすめハイキングコースが勢ぞろい。特集ページの中から、山形県の低山を訪ねたルポを紹介しよう。
構成=渡邊もも(山と溪谷編集部)、写真=曽根田 卓、地図製作=千秋社、衣装協力=ミレー・マウンテン・グループ・ジャパン
仙山線山寺駅起点で古刹と奇岩をめぐる
慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)は清和天皇の勅命により、現在の山形県山形市に宝珠山(ほうじゅさん)立石寺(りっしゃくじ)という山寺を開いた。円仁とその弟子たちにより建立された仏院跡をたどるコース「やまでら天台のみち」を紹介する。
仙台駅から仙山線(せんざんせん)の山形方面への電車に乗り換え、揺られること約1時間。「やまでら天台のみち」のスタート地点、山寺(やまでら)駅に到着した。ホームに降り立つと、東北の古刹・宝珠山立石寺が視界に飛び込んでくる。山肌に奇岩が浮かび、お堂がそっと立つ風景は山水画のようだった。立石寺は平安初期に慈覚大師円仁が建立した寺で、比叡山延暦寺の別院だ。
山寺駅を出発し、立谷川(たちやがわ)に架かる宝珠橋を渡って峯の浦方面に向かう。仙山線の線路を渡り、千手院観音堂の裏手にある垂水(たるみず)参道を進むと巨大な白い岩壁が現われる。ここが垂水遺跡だ。岩肌は水の浸食により、蜂の巣状の穴がいくつもあいている。円仁はこの場所に霊験を感じて、立石寺開山の拠点としたのだろう。垂水遺跡は垂水霊域ともいわれており、あたりは静寂に包まれている。
円仁宿(えんにんしゅく)跡を訪れた後、城岩七岩(しろいわなないわ)と呼ばれる7つの岩をめぐる。とくに弓張岩からは眺望がよく、岩の上から千手院集落や二口(ふたくち)山塊、面白(おもしろ)山を見渡すことができた。
満開の桜咲く山寺霊園を通り抜け、根本中堂へ向かう。お堂の賽銭箱上に布袋像が安置されていたので、「胃腸がよくなりますように」と願いを込めて、立派な腹をなでさせてもらった。山門で巡拝料を払い、奥之院(正式名称は如法堂)へ続く石段を登っていく。参道脇には苔の生えた石碑や石仏がいくつも置いてあり、静かで落ち着いた雰囲気だ。松尾芭蕉は1689(元禄2)年にここを訪れ、名句「閑(しずか)さや岩にしみ入る蟬の声」を生み出した。
参拝を終え、開山(かいさん)堂と納経堂に続く石畳を歩く。この2つのお堂を画角に収めた写真は、観光パンフレットなどに、ほぼ必ず登場する。開山堂の右手前から五大堂に上がることができる。五大堂は懸造(かけづくり)になっていて、二口峠方面や日陰袖山(ひかげそでやま)などを見渡すことができる立石寺一の展望スポットだ。
立石寺を後にし、楽しみにしていたお昼ごはんを食べに駅まで戻る。今回のコースを案内してくださった、曽根田さんおすすめの店「山形蕎麦の焰藏(えんぞう)」に立ち寄り、冷たい肉そばを注文した。鶏ダシの利いた、透き通った黄金色のつゆが絶品で、歩いて火照った体に染み渡る。最後の一滴を飲み干して、最終目的地・日陰袖山へと向かう。
日陰袖山には新生代の奇岩が7つある。そのうちの一つ、馬口(ばくち)岩の上部からは立石寺や文殊山(もんじゅさん)、北面白山(きたおもしろやま)などをじっくり見渡せる。円仁も、この景色を眺めたのだろうか。千年以上の時がたった現在も、円仁が見た景色と同じものを見ている、と思うと少し感動した。日陰袖山の山頂は展望がないものの、訪れる人が少ないので、のんびりと尾根歩きを楽しめる。山頂付近の適当な場所に腰を下ろし、ひと休みする。そよ風に吹かれながらコーヒーを飲み、空を見上げてボーッとする時間がとても心地よい。日陰袖山を下り、ゴール地点・山寺駅に向かう。もう一度歩くなら、紅葉の美しい時期か静かな雪の時期に来てみたいと思った。
今回は紹介できなかったが、こけし神社と薬師堂も「やまでら天台のみち」のルートに含まれているので、時間があれば訪れたい。また、馬口岩などの奇岩エリアは足場がわるく、野生動物が頻繁に出没する一帯なので注意が必要だ。山行前に、山寺観光協会や立石寺のホームページを必ず確認しておこう。
(取材日=2024年4月15日)
MAP&DATA
やまでら天台のみち
山形県
日陰袖山(424m)
歩行時間 4時間25分
難易度▲▲△
860(貞観2)年に慈覚大師円仁が開山した山寺は、正式には宝珠山立石寺といい、山形有数の観光地として人気が高い。それに対し周辺の隠れた名所をめぐる「やまでら天台のみち」は、幽玄な修験道の世界が広がり、山寺観光と併せて充実のハイキングが楽しめる。東側の「峯の浦」エリアは、円仁が山寺開山の構想を練った場所とされ、また立谷川対岸の日陰袖山には岩穴が馬の口のように見える馬口岩があり、岩の上から山寺の寺院群が一望できる。
(曽根田 卓=写真・文)
(『山と溪谷』2024年12月号より転載)
プロフィール
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
雑誌『山と溪谷』特集より
1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。
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