低山を歩いて50年。打田鍈一さんが「低い山」を愛する理由とは?

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低山ハイキングの人気が高まっている。都市近郊の里山から豪雪地帯の薮山、断崖絶壁がそそり立つ岩山まで、半世紀にわたって各地の低山を歩いてきた低山ハイキングのオーソリティー、打田鍈一さんが考える、低山ハイキングの魅力とは。

文・写真=打田鍈一

人里近い心強さ

人里に近いことも低山の利点といえよう。群馬県南西部に広がる山域・西上州は、かすかな踏み跡をたどるミニ岩峰の宝庫だ。短時間で冒険的な山登りを楽しめるので、50年以上も親しんできた。高い山、辺境の地での開拓、冒険的な登山はすばらしいが、体力、技術、仕事、経済力(集金力)、根性などの要因で、誰もができるわけではない。しかし西上州には、日帰りで好奇心、探求心、冒険心を満たすことのできる岩山がわんさかある。立岩(たついわ)、鹿岳(かなだけ)、碧岩(みどりいわ)・大岩(おおいわ)、毛無岩(けなしいわ)、桧沢岳(ひさわだけ)など目立つ小岩峰は多いが、そのいずれも足元に人里が見えているのは心強い。もちろん事故を起こせば北アルプスのような遭難救助体制があるわけではないので、日常業務に多忙な地元警察・消防などの方々に多大な迷惑を及ぼすことになる。それは充分承知ながら、緊張極まる険悪な岩稜で足元に穏やかな山村風景を見下ろせば、理由のない安心感が広がりリラックスできる。それは落ち着いた判断、行動につながり、事故を起きにくくする心の余裕ができてくるのだ。

西上州・毛無岩から見下ろす道場集落。左は大屋山
西上州・毛無岩から見下ろす道場集落。左は大屋山

低山なれど展望も

高度にかかわらず、山上からの展望は登山の大きな魅力だ。高い山に登ればより多くの有名な山々を望め、山座同定に熱中する。低山でもそれなりの山岳展望を楽しめるが、足元に広がる街展望は高山にない魅力だ。馴染みの低山なら、自分の住む町の駅、学校、病院など目立つ建物を指呼するのは楽しく、その中に豆粒ほどの自宅を発見すれば大喜びだ。初めての低山でも、今いる山と、鉄道、道路などの位置関係を見下ろすのは楽しく、訪れたその街全体への愛着が深まる。

福島県の信夫山(しのぶやま)は、福島市街地にもっこりと盛り上がる、標高275mの車でも登れる気軽な山だ。その烏ヶ崎(からすがさき)展望デッキから望む、吾妻(あづま)連峰をバックに足元に広がる福島市街地の大観は、思わずうわあと歓声を上げる絶景だった。もちろんそれだけを登りに行ったのではない。前日は同じ福島県の岩山・霊山(りょうぜん)を歩いて山麓のりょうぜん紅彩館に宿泊。余談ながら施設、料理、客対応などはすばらしく、宿泊料12,000円に充分納得した。翌日はほかの山を予定していたが、悪天候のためにサッサとあきらめる。午前中は雨が残るが午後には上がるとの予報で、午前は信夫山麓にある古関裕而(こせきゆうじ)記念館を見学。NHKラジオ「昼のいこい」テーマ曲の作曲者と知っていたが、膨大な作品群やその生涯に触れる有益な時間を過ごした。午後は予報通りで雨上がりの信夫山へ。お天気次第で予定を簡単に変更し、その時なりの楽しみを発見できるのも、低山のよいところだ。

信夫山・烏ヶ崎展望デッキからの福島市街地
信夫山・烏ヶ崎展望デッキからの福島市街地。吾妻連峰は雲の中
古関裕而記念館
古関裕而記念館

低山を巡る「旅」の楽しみ

ところで「低山」とはどう定義したらよいのだろう。標高1000m以下、1500m以下、などご意見は多様なようだが、私は標高にはあまり関係なく、「山麓から楽に日帰りできる山」と考えてよいと思っている。2つ、3つの低山を山麓の宿に泊まって登り歩くのは随分前から私の登山スタイルだ。山中で泊まらないので、その山麓ならではの宿やB級グルメなどを探り発見するのも、山と同じかそれ以上の楽しみとなる。

ある年の7月、上越市の霧ヶ岳(きりがたけ)に登った。日本百名山の霧ヶ峰(きりがみね)の兄貴分のような山名ながら標高は507m。周回できる登山道があり、山頂からは妙高山群や越後三山などを望める、ブナ林の美しい変化に富んだ山だ。しかし夏向きの山ではないと知り、その後季節を変えて6回訪れた。山が気に入ったのは勿論だが、泊まった直江津のビジネスホテルと夕食に出向いた割烹がすばらしい。かなり贅沢気分の朝食付き宿泊・夕食代計が15,000円以下とは北アルプスの山小屋なみのお値段。もちろん過酷な立地条件の山小屋との単純比較は不当であるけれど。次第に割烹「吉祥亭」での海の幸が目的となり、霧ヶ岳はその言い訳的な存在になった。でもそのおかげで雪の時季も含めて霧ヶ岳をますます好きになったのは、相乗効果といえよう。霧ヶ岳が気に入ると、付近の尾神岳(おかみだけ)、菱ヶ岳(ひしがたけ)、山伏山(やまぶしやま)などにも足が向く。新たな山に訪れるたび、未知の山麓グルメが現われる。

本末転倒も低山の大きな楽しみなのだ。

霧ヶ岳を下る。正面は米山
霧ヶ岳を下る。正面は米山
吉祥亭の刺身盛り合わせ
吉祥亭の刺身盛り合わせ1.5人前。でも2人用に調整して切ってある
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プロフィール

打田鍈一(うちだ・えいいち)

1946年鎌倉市生まれ東京・中野育ち。埼玉県飯能市在住。低山専門山歩きライター。群馬県西上州で道なき薮岩山に開眼。越後の山へも足を延ばし、マイナーな低山の魅力を雑誌や書籍などで紹介している。『山と高原地図 西上州』(昭文社)を平成の30年間執筆。著書に『薮岩魂―ハイグレード・ハイキングの世界―』『続・薮岩魂 いつまでもハイグレード・ハイキング』『分県登山ガイド10 埼玉県の山』(いずれも山と溪谷社)、『晴れたら山へ』(実業之日本社)、『関越道の山88』(白山書房)のほか、『関東百名山』(山と溪谷社)など共著多数。
(プロフィール写真=曽根田 卓)

低山ハイキングの世界

標高こそ低くても、低山には多彩な魅力がある。四季折々の表情を見せてくれる低い山々をめぐるハイキングにでかけよう。

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