80代まで登山を続けるための歩き方とは? 打田鍈一さんの低山行動テクニックと記録術

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低山ハイキングの人気が高まっている。都市近郊の里山から豪雪地帯の薮山、断崖絶壁がそそり立つ岩山まで、半世紀にわたって各地の低山を歩いてきた低山ハイキングのオーソリティー、打田鍈一さんが教える、低山ハイキングのノウハウ。今回は実際の登山中のテクニックと、下山後の記録術を紹介しよう。

文・写真=打田鍈一

展望とひだまりの低山。大霧山
展望とひだまりの低山。大霧山

歩き方ひとつで疲れにくくなる!

過去2回にわたって低山の魅力とリスクをお伝えした。それではリスクをどう回避したら、低山の魅力を満喫できるのか。そんなことを考えたい。

通勤、仕事、通学、買い物・・・。多くの人は歩き方など意識せずに歩いているから、あらためて歩き方と言われると戸惑うかもしれない。しかし平地と山とでは、歩き方はまったく異なる。

平地では直立して、後ろ足で地面を蹴って進む。大股で歩けばスピードも上がる。しかし山でこの歩き方をするとすぐに疲れ、傾斜が急になったり滑りやすかったりすると、地面を蹴った後ろ足は滑って空を蹴ることになり、転倒につながってしまう。

登りは脚力に頼らず、「重心移動」で歩く

足裏全体を地面にべったり着け、両足をそろえて直立。くるぶしを軸にして、棒のように体全体を前に倒すと、必ず左右どちらかの足が思わず前に出る。転倒防止の防御本能だろうが、この時、後ろ足は地面を蹴っていない。力を使っていないのだ。そのかわり、体重は踏み出した前脚にかかるが、倒れる力を利用し「はずみ」をつけて前脚を伸ばせば、筋肉の負担は少なく、体は前方に伸び上がる。後ろ足は最小の力で地面からそっと荷重を抜くだけで、前脚へと交代を始める。だから、登りでも、平地より使う力は少なくてすむ。足裏は常に地面べったりで、根底にあるのは重心移動だ。筋肉の力で体を上方に持ち上げるのではなく、前に倒れる力を利用しながら、小股で左右への重心移動を繰り返す。足の力をあまり使わないので疲れにくく、長時間の歩行にも耐えられる。

どうしたら楽に歩けるか、の追求だが、ここで気を付けたいことがいくつかある。

①基本はガニ股。爪先を外側に向けたほうが安定し、滑りにくい。

②前に踏み出す歩幅は小股で。大股だと前脚を着地させたときの「はずみ」が途切れてしまい、余計な力を使うことになるからだ。滑った時のダメージも大きい。

③左右の足間隔は2本の線路上を歩くつもりで広めにすれば安定する。平均台のように1本の線上を歩くモデル歩きは、不安定で足を置く場所を選びにくく、変化への対応が素早くできず転倒原因となることがある。

④段差は低い所を選んで足を置く。登山道は中央が凹んでいることが多く、道端のほうが高いので、片足を道端に置けばそれだけ段差を低くできる。木の根や露岩なども段差を少なくするのに役に立つ。③はこのためにも足を置く場所を選びやすく有効だ。

⑤足首を軸に全身を前傾すると重心が前に寄り、それは推進力を補強する。

⑥この時に大事なのが姿勢だ。全身を前傾しつつも、胸を張り、顔を上げること。短時間足元を確認するのを除き、地面でなく前方を見て歩く。下を向くと喉と胸を圧迫するため呼吸に不利で、視界が狭まり、道迷いの原因ともなる。胸を張ると胸が開くので呼吸が楽になり、全体の姿勢が整い、肩、腰、膝などに力が偏りにくく、これらの痛みや傷害防止にも有効だ。昭和のヒット曲名どおり「上を向いて歩こう」なのだ。

と文章で書くのは簡単だが⑥は特に難しく、これを体得するには頻繁な練習・実践が必要だ。身近な低山はこんな歩き方の体得のためにも、場数を稼ぎやすい。

傾斜が急になると手を使いたくなる。するとお尻がでっぱり、上体は地面と平行になるので滑り易くなる(左)。右は重心が地球の中心に突き刺さるようで、安定している

慣れないと、とかく先を急ぎがちだが、基本的にはゆっくりと。ゆっくり歩けば疲れにくい。「話をしながら歩ける速度」がよいと言われるが、話に熱中するのは注意力が散漫になり危険だ。話をしていたための道間違いや、道を踏み外して滑落、などの事故例は私の身近にもある。口を閉じ鼻呼吸だけで苦しくない歩速、息をはずませない程度の歩速と思ってよいだろう。そんな歩速の体得にはこれも場数が必要で、行きやすい低山は有利なのだ。

事故は下山で起きる。下り方こそ最重要

さて、下山だが、下りでも足裏全体をべったり地面に着けて前重心、の姿勢は登りと同じだ。斜面を見下ろすと傾斜が急に感じるので、腰が引けて後重心になりがちだ。さらにかかとから着地すると斜面と平行の力が働き、滑りやすい。前傾し膝のバネを利用し爪先に重心をかければ、地球の中心に突き刺さるような鉛直の力が働くので滑りにくい。それでも滑ったら、思い切って背中から落ちること。ザックという偉大な緩衝材を背負っているので、ケガはしにくい。あわてて手を付くと手首を骨折したり、体をひねって腰を傷めたり、尻餅で尾てい骨を強打し歩行困難に、ということもある。背中から落ちるのはちょっと度胸がいるが、斜面が急なほど背中と地面は近いので、意外に衝撃は少ないのだ。パッキングの注意として、テルモスなどつぶれて困る品はザックの中央でなく、側方に入れておく。

低山ながらこんな急斜面も現われる。龍崖山・龍柏新道にて
低山ながらこんな急斜面も現われる。龍崖山・龍柏新道にて

大きい段差はしゃがめばよい。しゃがむと視点が低くなるので困難感は薄らぎ、状況をよく観察できるので木の根など手がかりも見つけやすく、転倒の危険度は下がるのだ。急で高い段差は後向きで下るが、腕を伸ばせば足元はよく見える。膝に不具合のある人はしゃがむのが苦手だが、安全な下山のためには、しゃがむためのトレーニングを心がけるべきだろう。

疲労を効率よく回復させる休憩の工夫

休憩するときは、まずザックを下ろす。ザックは体と一体になるようぴったりと密着させて背負えば、安定し疲れにくい。しかし、そうすると脱着がやりにくく、特に腕時計が引っ掛かるのはイラ立つ。けれど休憩するときは短時間でもザックを外し、肩を解放したほうが疲れはたまりにくい。

そのためにはショルダーベルトのアジャスターを活用する。背負ったまま片方のアジャスター下部を持ち上げれば、ショルダーベルトは大きく開き、容易に腕・肩を抜ける。再び背負うときは、ショルダーベルトの末端を後に引けばザックは元通り体に密着する。しかし多くの方はザックを買ったときにアジャスターを合わせたままなので、汗(=塩)で固まり、動かしにくいだろう。そこだけ水で洗って乾かせば動きやすくなる。アジャスター活用が習慣になれば、動きはいつも滑らかだ。

ザックのショルダーベルトのアジャスター
アジャスターを開けばショルダーベルトはすぐ広がる
ザックのショルダーベルトのアジャスター
アジャスターのテープを後に引けば、ザックは元通り体にフィットする

休憩は30分歩くごとに2~3分の水飲みや衣類調整の小休止が望ましい。水分はスポーツドリンクが適している。発汗で失ったミネラル(ナトリウム)を補給し、脚がつりにくくなる効果を期待できるからだ。ついでに空腹感はなくても、ドライフルーツ、チョコレート、羊羹などの甘味系、せんべい・あられなどでんぷんと塩分系、脂質・タンパク質豊富なナッツなどを、好みに応じてひと口でも。コンスタントな燃料補給は体調の保持に欠かせない。

疲れを感じる前に休憩することで体力は驚くほど回復するが、バテてから座り込んだのではなかなか復活できず、熱中症や低体温症の原因にもなりかねない。

好展望の山頂での昼食はおにぎり、パン類など短時間で食べられる物がおすすめだ。その理由は、ここならではの山岳展望に時間を使いたいから。眺める山々の山名を調べ(山座同定)、登った山、気になる山を発見するのは山登りの醍醐味といえよう。これには20万分ノ1地勢図があるとよい。この時にコンパスが必要だが、2万5千分の1地形図を使う際も同様だ。休憩時にはメモにその場所の到着・出発時刻、眺めてわかった山名、途中で気づいた花や樹木、虫、鳥、ヘビなど興味に応じて記入したい。山行中のメモは、後で大きな役割を果たすことになる。

石仏と展望、静かで落ち着いた山頂。山伏山
石仏と展望、静かで落ち着いた山頂。山伏山

思い出を鮮明に残し、スキルアップにも。記録の整理

多くの登山者、ハイカーは記録の整理がとても苦手で、やらない方が大半かもしれない。不要と思っている方もいるだろう。しかし、時間とお金をかけて山へ登ったのに、これをやらないのはあまりにもったいない。記録を残すことによって、その山は自分の山として親近感が増すのはもちろん、山行を振り返ることにより反省点が浮かび上がる。記録により失敗も含めた経験は蓄積され、スキルアップにつながっていくからだ。

山行中でのメモのほか、今ではカメラやスマホアプリ、GPSなど記録できる手段は多様だ。それらを帰宅後に、1冊のノートに書き移す。山名、年月日、同行者、コースタイム、出会った興味、感想や反省などを。費用も後年の楽しさになる。デジタルでの保存でもよいだろう。今は動画も簡単に撮れるので、よりリアルに山での体験を反芻できる。

山での記念写真
記念写真は山、同行者、その時の状況を正確に記録できる
動画ならではの記録の一例。山伏山にて
山での記念写真
この程度のケガで済んだけど、よい子はマネしてはいけません

私事で恐縮だが、山に登り始めたころの記録は詳細を極めた。山での写真を整理するのに、ノートに写真を貼るだけでなく、その説明と前後の経過を書き、歩いた行程の地図やザックのパッキング絵図も添えた。自分が再訪する時のガイドブックにするためだ。一つ山を登ると整理に数日、日数の多い山だと数カ月もかかる。しかしこれをやらないと登り終えた気になれないので、登った山の数はなかなか増えない。けれど量より質で、丁寧な記録を残した山は50年ぶりに登っても、昨日登ったばかりのように記憶はよみがえり、見える山名を指呼できる。

山に登り始めた頃の記録
山に登り始めた頃の記録
山に登り始めた頃の記録
山に登り始めた頃の記録は、今では無二の宝物だ

現在の私の記録保存は、メモを転写した大学ノート、PCに入れたデジカメ写真、前回書いた「ジオグラフィカ」での軌跡をA4に印刷した地図、の3点だ。

「計画し実行し記録を整理して、初めて一つの山登りが完成する」とは、ある大先輩の名言だが、気軽な低山にもそのまま当てはまる。計画、実行、記録の整理を行えば、リスクを避けて山を満喫し、山の総合力は必ず向上する。低山に限らず、誠実にていねいに一つ一つの山と付き合い、末永く楽しんでいきたい。

西上州立処山鍾乳洞
「わーっ 後ろ、うしろー!」静止画ゆえの偶然画像。西上州立処山鍾乳洞
発端丈山
富士山を見上げて。発端丈山にて

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プロフィール

打田鍈一(うちだ・えいいち)

1946年鎌倉市生まれ東京・中野育ち。埼玉県飯能市在住。低山専門山歩きライター。群馬県西上州で道なき薮岩山に開眼。越後の山へも足を延ばし、マイナーな低山の魅力を雑誌や書籍などで紹介している。『山と高原地図 西上州』(昭文社)を平成の30年間執筆。著書に『薮岩魂―ハイグレード・ハイキングの世界―』『続・薮岩魂 いつまでもハイグレード・ハイキング』『分県登山ガイド10 埼玉県の山』(いずれも山と溪谷社)、『晴れたら山へ』(実業之日本社)、『関越道の山88』(白山書房)のほか、『関東百名山』(山と溪谷社)など共著多数。
(プロフィール写真=曽根田 卓)

低山ハイキングの世界

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