周到な準備が山での時間を楽しくする。打田鍈一さんが半世紀の低山ハイキングでたどり着いた計画術
低山ハイキングの人気が高まっている。都市近郊の里山から豪雪地帯の薮山、断崖絶壁がそそり立つ岩山まで、半世紀にわたって各地の低山を歩いてきた低山ハイキングのオーソリティー、打田鍈一さんが教える、低山ハイキングのノウハウ。今回は山選びやプランづくり、準備などについて紹介しよう。
文・写真=打田鍈一、トップ写真=越後湯沢の方丈山。低山でも壮大な展望と緊張感を味わえる
「山に行ってくるよ」だけじゃダメ
四季の魅力にあふれる低山だが、ほとんど人の住まない所に行くのだから、それなりの心構えや準備は必要だ。「山へ行ってくるよ」とだけ言って家を出たが、そのまま帰らず音信不通。というのが、低山での遭難の一類型だ。
行くほうは「家族に言ってもどうせ知らない所だから」「すぐ帰ってくるから」が行先を告げない理由のようだが、出発時点で行く山が決まってないこともあるらしい。心配した家族などが警察に捜索・救助依頼をしても、どこの山へ行ったかわからないのでは探しようがない。気軽な低山ならではの落とし穴で、無事生還すればめでたしだが、遺体で発見されることもある。
しかしもっと怖いのは行方不明だ。山での行方不明(=失踪)が、家族などに及ぼす悪影響は死亡よりはるかに大きいが、どうしてなのかはご自分で調べていただきたい。
・・・と、のっけから辛口の話ながら、遭難しようと思ってハイキングに行く人はいない。しかし現実には低山でも遭難事故は起きている。事故なくしてこその、楽しき低山なのだ。
行きたい山を探すには、ガイドブックがやっぱり便利
気軽な低山を歩きたいが、どこにどんな山があるのだろう?インターネットでは無料で簡単に山の記録や情報を得られるが、主観的で自慢話めいた記事がやたらと多く、調査確認なしの無責任なYouTube動画には腹立たしいことも。
その点、多少のお金を払っても編集という関所を通過したガイドブックは、正確さ、客観性があるので信頼できる。まずおすすめは『分県登山ガイドシリーズ』(山と溪谷社)で、ほぼ日本全国を網羅した登山ガイドブックだ。雑誌などではあまり表舞台に出ない地方の山々が満載で、東京付近なら、東京、神奈川、埼玉、群馬、栃木、茨城、千葉の『分県登山ガイド』で、自宅に最寄りの山を発見できる。この7県は身近な低山が多いので、好みとレベル、季節、アクセスの便利さで山を選びたい。
アクセスはあまり重要でないように思い勝ちだが、自宅から行きやすいということは、頻繁に行けるわけで、頻度が上がるほど親しみは増しスキルも上がる。一度行くと、そこから眺めた山々に興味が湧く。それらの山頂に立ち自分の登った山を見出せば、とてもうれしい。そうして山の世界は広がっていく。『関東百名山』(山と溪谷社)も関東一円に広がる低山の宝庫で、自宅近辺から少し視野を広げたいときの強力な相談役だ。また市町村のHPやパンフレットでは、ガイドブックに載らない山の情報を得られることもある。
埼玉県の山
だがしかし、ビギナーはこれらの情報以前に、自分の力量が不明だ。低山といっても体力さえあればよい、というわけではない。どこをどう歩いたらよいのか、など頭を使う部分も少なくないからだ。
ガイドブックには歩行時間、標高差、技術度、体力度、コース定数などが記されているので、まずはそれらの数字の小さい山から始めたい。初級、中級、上級などのレベル表示があればもちろん初級から。これら入門レベルの山をいくつか歩くと、そこから眺めた山々に興味を抱き、登りたくなる。
ここで大事なのは、あまり間を空けないこと。登りたいと思った山を調べ、登れそうと判断したなら、できるだけ早く登ったほうがよい。その山への憧れと、身体で覚えた山のセンスを忘れないうちに。その蓄積が山に合った身体を作り、経験は技術としてスキルアップにつながっていくのだ。身体とスキルの維持向上のためには最低月1回、できれば月に2回以上、継続して山に出かけたい。
ネット情報で最新情報をチェック、地図は「紙+アプリ」が安心
国土地理院が発行する2万5千分ノ1地形図は山歩きに必須のはずだが、最近はスマホの地図アプリだけで歩く人も多い。しかし機械は壊れる。バックアップのみならず、登る山を含む広域を把握し、その中での自分の存在位置を確認するために地形図は携行したい。
ガイドブックで得た地名やコースタイム、地形の特徴、展望などの情報を等高線主体の地形図に書きこめば、心強い予習となる。地元役場の資料は、登山道が尾根か沢か不明な絵図が多いが、そんな絵図から歩くコースを地形図に転写するのは推理小説なみのワクワク感に満ちている。ただガイドブックや役場の資料は情報が古いことがあるので、その補完としてインターネット情報もチェックしたい。
地形図は都会の大型書店で売っているが、「日本地図センター」の通信販売でも購入できる。一方、パソコンを使い無料ソフトの「カシミール3D」を通して、国土地理院の「地理院地図」をA4サイズで印刷もできる。これは濡れには弱いが、めざす山が地形図のつなぎ目にある場合にはとてもありがたい。
初めての山域を訪れる際は、全体を把握するため2万5千図より広域の5万分ノ1地形図と、任意の図取り・縮尺でA4に印刷し前記の情報を書き込んだ予定コース図と、2種類の紙地図を持参する。その上で、スマホのアプリ「ジオグラフィカ」のお世話にもなる。「ジオグラフィカ」はシンプルに地形図がそのまま表示されるだけで、ほかの登山者の軌跡や通信・投稿機能などはないが、初回1,900円の課金だけで月額料金はない。自分の歩いた軌跡を保存でき、現在地の表示は登山道のない山や雪山で頼もしいが、依存症に陥らぬように。
「計画書を作る」
こうして立てたプランを紙に書いてみる。自宅から登山口へのアクセス、登山口から山頂を経て下山するまでの大まかな行程と予測タイム、同行者がいればその連絡先など。書くことは自分自身への確認、念押しだが、それはそのまま計画書となる。コピーを家族などに渡せばそれが登山届だ。
登山届、登山計画書などというと、「身近な低山なのに大げさな」と思われるかも知れないが、これは万一のための義務と考えたい。公的機関や山岳保険アプリに登山届を出しても、家族などからの救助・捜索願で警察・消防が動き出すからだ。
簡易な計画書を清書すると下写真のようになる。ここで大切なのは、複数人で行くなら全員の個人情報を共有することだ。山へ一緒に行くことは命の預け合い。だから当事者同士の信頼関係は大前提だが、事故が起きれば家族への影響も大きい。
ツアーなど商業登山では個人情報保護が優先され、参加者同士はお互いをまったく無知で、参加者の個人情報を把握するのはガイド、添乗員のみだ。しかし個人山行では全員がお互いの個人情報を知っておく必要がある。ガイドやリーダーが死亡などで行動不能となることもあるからだ。山で出会った見知らぬ人と意気投合し一緒に行動する、などは危険要素満載で言語道断と言えよう。
選ぶときは専門店で。「ウェアや道具」
行く山が決まれば、ウェア、道具も決まってくる。しかし身近な低山では、当初からそれらすべてをそろえる必要はない。足はスニーカーでよく、街用のリュックにペットボトル飲料、コンビニおにぎりなど多少の食べ物、普段着の上衣などを入れて出掛けよう。ウェアも普段着でOKだ。
とりあえずそれで出かけてみて、スニーカーが滑って怖い思いをしたらトレッキングシューズを、街用のリュックが身体にフィットしなければ登山用のザックを、晴天を確認して行ったのに降られたら雨具を、汗冷えや身体の動きに合わない服の不具合を感じたら登山用のウェアをと、徐々に買い足せばよい。
このとき大事なのは、ホームセンターでなく登山用具専門店で買うこと。特に、靴はいきなりインターネットで買ってはいけない。種類は多く同じサイズでも微妙に個体差があるから、ブランドに惑わされず専門店で履き比べて買う。靴と同様に大事なのは靴下だが、トレッキングシューズでも厚手の靴下をおすすめする。靴と足との間の微妙なアソビを具合よく調整するからだ。
余談ながら専門店ではビギナーにストックをすすめる傾向があるが、すぐには不要と言いたい。ストックを持つ多くの登山者には、ストックを使うというより使われている、ストックを持て余している方が多いからだ。
ある登山ツアーの折、ストックにしがみついて苦労しているお客さんに、ガイドの私は「ストックをお預かりしますから、ストックなしで歩いてみたらどうですか?」。歩き方の助言もした結果か、ストックなしのほうがはるかに楽にスムーズに歩けたのだった。ある程度山を歩き、どうしても必要と感じたら買ってもよいだろう。ちなみにガイドやツアー添乗員はストックを非常時対応で携行しているが、自身の歩行のために使う人は少ない。
山に深まると山道具は増え、目新しい道具は多くの登山者を魅了する。しかし低山とはいえ、登るのは生身の人間だ。道具に惑わされず、自身のスキルアップをめざしたい。
関連書籍

関東百名山
| 著 | 打田鍈一、石丸哲也、中西俊明、木元康晴、西野淑子 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 2,420円(税込) |

分県登山ガイド 埼玉県の山
| 著 | 打田鍈一 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 2,090円(税込) |
プロフィール
打田鍈一(うちだ・えいいち)
1946年鎌倉市生まれ東京・中野育ち。埼玉県飯能市在住。低山専門山歩きライター。群馬県西上州で道なき薮岩山に開眼。越後の山へも足を延ばし、マイナーな低山の魅力を雑誌や書籍などで紹介している。『山と高原地図 西上州』(昭文社)を平成の30年間執筆。著書に『薮岩魂―ハイグレード・ハイキングの世界―』『続・薮岩魂 いつまでもハイグレード・ハイキング』『分県登山ガイド10 埼玉県の山』(いずれも山と溪谷社)、『晴れたら山へ』(実業之日本社)、『関越道の山88』(白山書房)のほか、『関東百名山』(山と溪谷社)など共著多数。
(プロフィール写真=曽根田 卓)
低山ハイキングの世界
標高こそ低くても、低山には多彩な魅力がある。四季折々の表情を見せてくれる低い山々をめぐるハイキングにでかけよう。
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