登山者はヒグマとどう向き合うべきか。北海道の大雪山・白雲岳を例に、私たちが取るべきクマ対策とマナーについて考えてみた
7月22日付の北海道ニュースUHBで、大雪山の白雲岳に現われたヒグマに登山客が自ら近づき、クマスプレーを噴射するという危険行為の記事が配信された。このヒグマを2023年~2025年の3年間観察してきたものとして、今年の出没状況と、登山者のこのヒグマとの向き合い方やマナーについてまとめた。
文・写真=昆野安彦
大雪山/緑岳(2020m)と白雲岳(2230m)
白雲岳のヒグマ
北海道ニュースUHBの動画で撮影されたヒグマを見たところ、このヒグマは昨年も白雲岳避難小屋に頻繁に現われた個体と同一と判断した。
顔が白く、眼の周りが黒いなど、昨年、私が「パンダのようなヒグマ」と表現した個体である。
このパンダ似のヒグマは、2023年の夏に白雲岳避難小屋の周辺に頻繁に現われた親子グマの2頭の子熊のうちの1頭で、この子熊は2024年になると親から独立し、夏の間、単独で白雲岳避難小屋の周辺に頻繁に現われている。
写真は今年の7月10日に私が白雲岳避難小屋で撮影したパンダ似のヒグマである。テント場の雪渓を歩いているが、この写真のように山小屋やテントが近くにあっても、お構いなしに無関心のように現われることが、このヒグマの大きな特徴の一つだ。
パンダ似のヒグマの特徴
このときのヒグマの拡大写真を次に示そう。これを見てもらえれば分かると思うが、前述したように顔面が白色、眼のまわりが黒色、さらに胴部が白と黒に色分けされているところは、パンダの色彩の特徴によく似ている。
参考までに、昨年現われた、やはりパンダ似の個体の写真も添えてみた。この二つの写真を比較すると、1年という歳月を経て体格こそ違うが、体色の特徴がほぼ一致していることが分かる。おそらく、今年現われたパンダ似のヒグマは、昨年の個体と同一個体と判断してまず間違いないだろう。
人に対して無関心な性質
このヒグマを行動の面から紹介すると、もっとも特徴的なのは人間やテントの存在に無関心のように見えることである。
じつは、今年現われたパンダ似のヒグマは、2023年の夏に白雲岳避難小屋の周囲に頻繁に現われた親子グマの子熊ではないかと推測しているが、当時の母グマも人間やテントの存在にはまったく無関心だった。
そのため、もし、今年現われたヒグマがこの母グマの子供なら、「無関心」という性質(遺伝子)は母グマから受け継いでいる可能性がある。写真は2023年当時の親子グマのもので、この2頭の子熊のうち、白っぽい顔の方が今回出没しているパンダ似の個体と思われる。
鉢合わせしないために
今年のヒグマを観察していて注目したのは、人間が歩く登山道をヒグマも移動のために使うことであった。
白雲岳避難小屋の周囲にはハイマツが生い茂る中に作られた登山道があるが、そういう場所はきっとヒグマも歩きやすいのだろう。ただ、登山者の側からすると、見通しの悪いハイマツ帯の中でヒグマと鉢合わせするような状況は、考えただけで恐ろしいことに違いない。
そこで私が実践している、白雲岳避難小屋でのクマ対策を以下に紹介するので参考にしてもらいたい。
- 白雲岳避難小屋がよく見える場所まできたら、いったん立ち止まり、小屋の周辺にヒグマがいないかどうか、よく確認する。
- 小屋にいる人たちの動向もよく観察する。たとえば、こちらからヒグマが見えなくても、小屋からは見えることがあり、そうした場合、小屋にいる人たちが身振り手振りでヒグマの存在を教えてくれることがある。また、小屋のテラスに複数の人が集まって一定方向を見ているようなときは、その方向にヒグマがいる可能性がある。
- 見通しの悪い登山道を通るときは、クマ鈴やホイッスルを鳴らすとともに、いざというときのためにクマスプレーをいつでも使える状態にしておく。
生後3年目の個体
もし、パンダ似のヒグマが2023年の親子グマの子熊という私の推測が正しいなら、このヒグマは生後3年目の個体であり、生まれてからずっと白雲岳避難小屋の周囲を夏の生活圏として使っていることになる。
おそらく、このヒグマは小屋の周辺の地形や植生を熟知しており、今夏はもちろん、来年以降も小屋の周辺に現われる確率がかなり高いだろう。そのため、白雲岳や白雲小屋を訪れる登山者の方々には、今後もヒグマに対する細心の注意とクマ対策を続けていただければと思う。
そっとしておくこと
最後になるが、このパンダ似のヒグマは、私が観察した限りでは、鉢合わせしたとき以外は、積極的に人間に向かってくることは考えにくい。そのため、登山者がとるべき対応としては、遠くから見かけても、そのまま、このヒグマとは距離を置き、近づかないことが大切だと思う。
簡単に言えば、「姿を見かけても、ほっておく。近づかない」ことである。例えば、登山道で遭遇した場合は、登山を中止して引き返す、あるいはヒグマが立ち去るまで静かに待つ、などである。
この「ほっておく」などの対応は、初めてヒグマを見た方にはなかなか難しい対応かもしれないが、お互いの生活圏を尊重して、互いに良い関係を継続させるためには、とても大事なことだと思う。
参考記事
参考図書

分県登山ガイド・北海道の山
| 著者 | 伊藤健次 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社(2017年刊) |
| 価格 | 2,200円(税込) |
プロフィール
昆野安彦(こんの・やすひこ)
フリーナチュラリスト。東京大学農学部卒(農業生物学科)、東北大学農学部名誉教授。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある
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