テントの外から聞こえてくる靴音。夜の工事現場跡をさまようものの正体とは

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テントに残された痕跡

「おはようございまーす。昨日はテント入ったらすぐ寝ちゃいました。O川さんは眠れました?」

「おれは微妙。あんまり寝つけなかった。てか、夜中外歩いた? ずっとじゃりじゃり聞こえてたんだけど」

「え、出てませんよ。なんすか、誰か来てたってことすか。こわ!」

夜中に聞こえた足跡はMくんではないらしい。反応を見ても、どうやらこちらをからかっているわけでもないようだ。

では、やはりあの足音も夢だったのか。足をつかまれたのも声も全部……浅い眠りのなかで脳が見た悪夢なのだろう。

――そう思った。しかし、

「荷物片づけようと思ってテントを見たらさ、ペグ抜けてんの! ちょうどおれの足側だったところだけ。当然、Mくんも抜いてないっていうし。ペグって勝手に抜けるもんじゃないじゃん、すごい力が加わったりしない限り。だから、少なくとも」

――おれの足を引っ張ったやつはやっぱり実在したんだよ。

テント自体を見れば、布地などはとくに破れたりなどしていなかった。足をつかんだ手は、布だけは透過したとでもいうのだろうか。

「それと、朝方の夢で声のしたほうを見てみたら、獣道があった。ちょうど人ひとり通れる踏み跡ってかんじで、めっちゃ草踏まれた跡があったわ」

どこまでが夢で、どこからが現実の体験だったのか、O川さんは結論を出せないでいる。

「いつも大人数で泊まって宴会やってるあの場所がさ、二人だけだとすごく寂しい雰囲気になるんだよな。足引っ張ってきたやつって、やっぱりあの場所にいるお化け的なやつなのかな。でもさ、よく考えるとああいう山の工事現場って、反社的なこととかいろいろ想像しちゃうよね。あの焚き火跡の連中も果たしてキャンパーだったのかな? あの場所、まさか砂利の下になにかが埋まってたりしないよな。あの獣道の向こう側も、なにかが捨てられてたりしないよな……?」

O川さんはジョッキを傾けて炭酸がすこし抜けたハイボールをちびっと口に含ませながら、苦い顔をしてそうつぶやいた。

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この記事に登場する山

山梨県 静岡県 / 富士山とその周辺

富士山・剣ヶ峰 標高 3,776m

 日本の山岳中、群を抜いた高さを誇る富士山は、典型的なコニーデ式火山。いずれの方向から眺めても円錐形の均整のとれた姿は美しく、年間を通して人々の目を楽しませてくれる。東海道本線や新幹線の車窓から見ると、右手に宝永山、左手には荒々しい剣ガ峰大沢が望め、初めて見る人の心を奪う。  昔は白装束姿で富士宮の浅間(せんげん)神社から、3日も4日もかけて歩き通したという話を古老から聞いたことがある。現在では、富士宮と御殿場を富士山スカイラインが結び、途中からさらに標高2400m辺りまで支線が延びているので、労せずして雲上の人になれる手近な山となった。  日本で一番高い山、美しい山であれば、一生に一度は登ってみたい願望は誰にでもある。7月、8月の2カ月間が富士登山の時期に当たり、7月1日をお山開き、8月31日を山じまいと呼ぶ。  山小屋や石室が営業を始めると、日本各地や外国の人々も3776mの山頂を目指して集まってくる。特に学校が夏休みに入り、梅雨が明けたころから8月の旧盆までは、老若男女が連日押し寄せ、お山は満員となり、登山道は渋滞し、山小屋からは人があふれる。  富士宮口から登ろうとする場合は東海道新幹線の新富士駅、三島駅などからの登山バスで五合目まで行き、自分の足で山頂へ向けて歩きだすことになる。山梨県側には吉田口があり、東京方面からの登山者が多い。  目の前にそびえる富士山はすぐそこに見えるため、山の未経験者は始めからスピードを出しすぎ、7合目か8合目付近でたいていバテてしまう。登り一辺倒の富士山は始めから最後まで、ゆっくり過ぎるほどのペースで歩くことがコツである。新6合から宝永火口へ行く巻き道が御中道コースで、標高2300mから2500mを上下しながら富士山の中腹を1周することができたが、剣ガ峰大沢の崩壊で通行不能になっている。  山慣れたパーティならば新6合から左に入り、赤ペンキや踏み跡を拾いながら、いくつもの沢を渡り3時間もかければ大沢まで行くことができる。辺りは樹林帯で、シャクナゲの群落やクルマユリやシオガマなどの高山植物が咲く。  9合目右側の深い沢に残る万年雪は、山麓からも見ることができる。富士宮口を登りつめると正面に浅間神社奥ノ院がある。隣は郵便局。もうひとふんばりすると、最高地点の剣ヶ峰。山頂にはかつては毎日データを送り続けていた気象観測所跡が残っている。天候に恵まれたならば噴火口の周囲を歩く御鉢巡りが楽しめる。

プロフィール

成瀬魚交(なるせ・うこう)

1990年生まれ。東海大学探検会OB。学生時代はスリランカ密林遺跡踏査、秋田県民間信仰調査などの活動を行なった。現在は編集者・ライターとして各地の渓谷や不思議スポットを訪れたり、聞き書きなどで実話怪談を手がける。

登山者たちの怪異体験

太古の時代から、山は人ならざるものが息づく異界だった。そうした空間へ踏み込んでいく登山では、ときとして不可思議な体験をすることがある。そんな怪異体験を紹介しよう。

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