テントの外から聞こえてくる靴音。夜の工事現場跡をさまようものの正体とは
テントに残された痕跡
「おはようございまーす。昨日はテント入ったらすぐ寝ちゃいました。O川さんは眠れました?」
「おれは微妙。あんまり寝つけなかった。てか、夜中外歩いた? ずっとじゃりじゃり聞こえてたんだけど」
「え、出てませんよ。なんすか、誰か来てたってことすか。こわ!」
夜中に聞こえた足跡はMくんではないらしい。反応を見ても、どうやらこちらをからかっているわけでもないようだ。
では、やはりあの足音も夢だったのか。足をつかまれたのも声も全部……浅い眠りのなかで脳が見た悪夢なのだろう。
――そう思った。しかし、
「荷物片づけようと思ってテントを見たらさ、ペグ抜けてんの! ちょうどおれの足側だったところだけ。当然、Mくんも抜いてないっていうし。ペグって勝手に抜けるもんじゃないじゃん、すごい力が加わったりしない限り。だから、少なくとも」
――おれの足を引っ張ったやつはやっぱり実在したんだよ。
テント自体を見れば、布地などはとくに破れたりなどしていなかった。足をつかんだ手は、布だけは透過したとでもいうのだろうか。
「それと、朝方の夢で声のしたほうを見てみたら、獣道があった。ちょうど人ひとり通れる踏み跡ってかんじで、めっちゃ草踏まれた跡があったわ」
どこまでが夢で、どこからが現実の体験だったのか、O川さんは結論を出せないでいる。
「いつも大人数で泊まって宴会やってるあの場所がさ、二人だけだとすごく寂しい雰囲気になるんだよな。足引っ張ってきたやつって、やっぱりあの場所にいるお化け的なやつなのかな。でもさ、よく考えるとああいう山の工事現場って、反社的なこととかいろいろ想像しちゃうよね。あの焚き火跡の連中も果たしてキャンパーだったのかな? あの場所、まさか砂利の下になにかが埋まってたりしないよな。あの獣道の向こう側も、なにかが捨てられてたりしないよな……?」
O川さんはジョッキを傾けて炭酸がすこし抜けたハイボールをちびっと口に含ませながら、苦い顔をしてそうつぶやいた。
この記事に登場する山
プロフィール
成瀬魚交(なるせ・うこう)
1990年生まれ。東海大学探検会OB。学生時代はスリランカ密林遺跡踏査、秋田県民間信仰調査などの活動を行なった。現在は編集者・ライターとして各地の渓谷や不思議スポットを訪れたり、聞き書きなどで実話怪談を手がける。
登山者たちの怪異体験
太古の時代から、山は人ならざるものが息づく異界だった。そうした空間へ踏み込んでいく登山では、ときとして不可思議な体験をすることがある。そんな怪異体験を紹介しよう。
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