おでかけルポ: スイスの巨匠による山映画三部作「マウンテン・トリロジー」@渋谷ユーロスペース

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街中で開催される、山にまつわる展覧会や上映会、トークショー、ギアマーケットなどなど。東京を中心とした気になるおでかけ先から、フリーランス編集者の小野泰子さんの視点をとおしてイベントのようすをお伝えします。

第2回目は、スイスの巨匠フレディ・M・ムーラー監督による「山映画」三部作を観賞。ムーラー監督の最高傑作と名高い『山の焚火』をはじめ、『我ら山人たち』『緑の山』が、「マウンテン・トリロジー」と銘打って上映中です。

マウンテン・トリロジー 《「山」三部作》

上映期間|2020年2月22日(土)~3月13日(金)
会場|渋谷ユーロスペース http://www.eurospace.co.jp/
東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS3階
配給|ノーム

『山の焚火』

監督・脚本:フレディ・M・ムーラー 
出演:トーマス・ノック、ヨハンナ・リーア、ロルフ・イリック、ドロテア・モリッツほか
スイス/1985年/スイス・ドイツ語/カラー/117分

「山映画の最高峰」。手にしたチラシにはそんな賛辞が躍っていた。1985年に初上映され、ロカルノ国際映画祭で金豹賞(グランプリ)を獲得。スイス映画アカデミーより、スイス映画史上最高の一作に選定されているという。なかなかお目にかかる機会のないスイス映画にいやがおうでも期待が高まる。

青空に映えるアルプスの雄大な山岳風景や、「アルプスの少女ハイジ」に描かれた牧歌的シーンを想像しながらのんきに席に着いたが、そんな安気を一掃するような重厚な空気を物語はまとっていた。

山腹での孤立した環境で、ほぼ自給自足の暮らしを営む4人家族。10代半ばの聾啞の弟は、両親と姉の愛情を一身に受けながら成長するも、その不自由さから時々、いら立ちをあらわにする。ある日、草刈り機が故障したことに腹を立て、崖から投げ壊してしまったことから、物語は急変。父にしかられた弟は家を飛び出し、さらに山の上の小屋に隠れ住むように。その後、スクリーンは食料をたずさえ、訪ねてきた姉との背徳的なできごと、家族の崩壊を容赦なく映し出していく……。

聞こえない、しゃべれない。周りにいるのは家族だけ。そんな弟の限られた世界を想像してみる。そして、タブーを犯してしまった2人の未来にも。大自然は果てしなく広がっているだけに、対照的な“狭い世界”が際立つ。とてつもなく切ない気持ちが私の胸に押し寄せてきた。

観賞後、再びチラシに目を向けた。姉に膝枕をしてもらった弟が、その指を姉の喉元にあてたワンシーンがのっている。姉の口ずさむ歌を、振動によって “聞いている”のだ。「美しい姉弟愛」のひと言では済まされない、近すぎる2人の哀しい関係性が透けて見えた。

 

『我ら山人たち―我々山国の人間が山間に住むのは、我々のせいではない』

監督:フレディ・M・ムーラー
スイス/1974年/スイス・ドイツ語/カラー/108分


ムーラー監督の故郷、スイスのウーリ州にある3つの地域で撮影されたドキュメンタリー。近代化の波が押し寄せるなか、自然に密着した独自のライフスタイルと、新しい社会形態のはざまで揺れ動く、山人たちの本音をとらえている。

美しくも、厳しい大自然に囲まれた山岳地帯での過酷な労働や過疎化など、国は違えど、ここ日本でも問題になるテーマだが、すでに1970年代にスイスで取り上げられていた。あらがえない時代の変化をどのように受け入れ、どのように山での暮らしを維持したのか。現在に続く、「その後」が気になってしかたがない。

 

『緑の山』

監督、原案:フレディ・M・ムーラー
スイス/1990年/スイス・ドイツ語/カラー/128分


1988年、放射性廃棄物の処理場の建設計画がアルプスの山間で持ち上がった。そこでムーラー監督は、土地と子どもたちのゆくすえを守ろうとする反対派と、経済事情を理由に圧力をかける賛成派の両方にインタビュー。1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故後ということもあり、この事故も絡めたドキュメンタリーに仕上げている。

『我ら山人たち』同様、今日的な問題を投げかけられた。行きつくところは、原子力エネルギーそのものへの疑問……。映画館をあとにし、一緒に観賞した友人とエネルギーシフトについて語り合った。ひと筋縄ではいかない難題だからこそ、私たち一人ひとりが現状に目をそむけず、自分の意見をしっかり持ち続けなくては。そう思わざるを得ない作品だった。

 

マウンテン・トリロジー 《「山」三部作》

『山の焚火』『我ら山人たち―我々山国の人間が山間に住むのは、我々のせいではない』『緑の山』

上映期間|2020年2月22日(土)~3月13日(金)
会場|渋谷ユーロスペース http://www.eurospace.co.jp/
東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS3階
配給|ノーム
●マウンテン・トリロジー 公式サイト https://gnome15.com/mountain/
●今後、神奈川、群馬、長野(松本、上田)、愛知、大阪、京都、兵庫でも順次公開予定

 

劇場トークイベント情報

 3/8(日)15:05〜『緑の山』上映後トーク
◆古川高子さん(東京外国語大学 特任助教/『緑の山』字幕翻訳)
3/12(木)17:45〜『緑の山』上映後トーク
◆寺尾紗穂さん(シンガーソングライター/文筆家)×鎌仲ひとみさん(映画監督)

 

 

プロフィール

小野泰子(フリーランス編集者)

長野県大町市在住。登山、トレッキング、散歩といった歩くこと全般をテーマに、山岳系の雑誌、書籍、ウェブに携わる。プライベートでも四季を通じて山に入り、縦走、アルパインクライミング、雪山登山にいそしんでいる。ZINE作りのワークショップを随時開催。山のみならず、街で出合った“山の片りん”をインスタグラム(@ono_b_yasuko)に投稿中。

街で愉しむ、山イベント

街中で開催される、山にまつわる展覧会や上映会、トークショー、ギアマーケットなどなど。東京を中心とした気になるおでかけ先から、フリーランス編集者の小野泰子さんの視点を通してイベントのようすをお伝えします。

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