箱根といえば、観光地の印象が強く、硬派な山好きからは敬遠されがちな山域かもしれない。しかし長年にわたる活発な活火山の恩恵により、20km四方とコンパクトなエリアに山が連なり、いくつものピークが集まって箱根にしかないユニークで魅力ある山容を作りだしている。
およそ40万年前からたびたび火山が噴火し、中央カルデラや湖、外輪山からなる三重式火山が作りだされてきた箱根。20万年前には明神ヶ岳や丸岳、三国山、7万~4万5000年前には湯坂路や浅間山、鷹巣山、屏風山、その後は台ヶ岳や駒ヶ岳、二子山が作られ、約3000年前には大涌谷や仙石原、芦ノ湖が生まれ、現在の複雑な地形に至っている。
箱根には、このような変化に富んだ地形を生かしたハイキングコースが網の目のように整備されている。またケーブルカーやロープウェイも通り、老若男女や山のスキルを問わずに、誰もが何度訪れてもおもしろい、まさに山歩きの天国なのだ。
さらに気象も特異なことから、独自の植生にも恵まれていることも特筆すべき点だ。たとえばハコネギクやハコネトリカブト、ハコネバラといった箱根の名前を冠した珍しい草花や、高等植物が1800種ほども自生する。高尾山が1300種というから、その種類の多さには驚かされる。
そして山登りの醍醐味のひとつである山頂や尾根道からの展望は、何といっても間近に見る富士の絶景が美しい。他に箱根の山々や南アルプス、相模湾や駿河湾の大海原を見下ろすなど、標高以上の高度感ある景色で楽しませてくれる。
ほかにも、かつて交通の要所として栄えた歴史的史跡を巡ったり、箱根二十湯といわれる豊富な温泉を堪能したり、芦ノ湖の遊覧船や美術館を楽んだりするなど、山登りの前後にプラスαを満喫できるのも箱根ならではの魅力といえる。都心からのアクセスも良く、手軽に訪れることができるのも嬉しい。
「天下の秀峰」と称され、雄大な富士を目前に望む金時山。その名の由来は、ご存じ童話の金太郎のモデルとされる源頼光の四天王・坂田金時が住んでいたという伝説による。標高は箱根外輪山最高峰の1212m、丸く尖った山容がイノシシの鼻に似ていることから、かつては猪鼻ヶ岳とも呼ばれていた。
金時山へは公時神社や地蔵堂、乙女峠など四方からアクセスできるだけではなく、足柄峠経由などいくつものルートがあるが、コンパクトに魅力を堪能するなら、紹介している周回コースが箱根の醍醐味を体感できるだろう。両側にハコネダケ(箱根竹)が茂る登山道からは駒ヶ岳や仙石原を見渡す尾根道、そして山頂からは芦ノ湖や駒ヶ岳、神山、大涌谷、裾野から山頂まで見渡せる富士山の大パノラマを楽しめる。
また山頂の茶屋で名物に舌鼓を打つのもよし、「まさかり」を担いで記念写真を撮るのもよし。さらに火山特有のゴツゴツした赤い岩場歩きも箱根らしい。下山後は仙石原で温泉に浸ったり、箱根湿性花園を巡ったりすれば、パーフェクトに箱根を堪能できる金時山登山の一日になるだろう。
所要時間3時間の手頃なコースなので、矢倉沢峠へと進み、明神ヶ岳へや明星ヶ岳へと縦走するのもおすすめだ。
高低図
金時山の東隣におおらかな山容を見せるのが明神ヶ岳だ。山名は最古の箱根越えルートの碓氷峠が南斜面にあることから、旅人の安全を祈るために山頂に明神を祀ったのが名前の由来とされる。
明神ヶ岳へは、天狗の寺として有名な最乗寺~見晴小屋~明神水を通る北側からのアクセスもあるが、ここでは箱根随一といわれる展望を楽しみながら稜線を歩くルートを紹介。
金時山山頂から続く稜線を後ろに見ながら緩やかなアップダウンが続く尾根を歩きは気持ちいい。標高1169mの明神ヶ岳山頂は火山特有の赤土に覆われた広場で、休憩して昼食を取るには良いところだ。富士山や箱根の山々、相模湾のパノラマが望めるが、そのぶん風が強いので注意しよう。
おすすめの季節は、ヤマザクラの美しい春、ブナの新緑とヤマツツジのコントラストが鮮やかな初夏、そしてほぼ全山を覆い美しく輝くカヤトが楽しめる秋と、どの季節に行っても楽しめる。冬は積雪はほとんどないので、冬の登山にも良いだろう。
下山後には宮城野周辺の温泉が便利だ。また金時山や明星ヶ岳への外輪山縦走を組み合わせるのもおすすめだ。
高低図
外輪山の西側にあるのが丸岳で、東に仙石原、西に富士山、南に芦ノ湖が位置し、各方面への展望が素晴らしい。近くを通る箱根スカイラインのためか、金時山と比べると登山者の姿は少なく、ブナやアセビの静かな樹林帯やハコネダケの中を歩ける。
途中の乙女峠展望台や富士見ヶ丘公園からは裾野まで広がる迫力いっぱいの富士山を、さらに長尾峠手前では陽光に輝く相模湾を眺めることができる。尾根歩きも緩やかで、長尾峠周辺では4月末ごろに小さな花をつけるフジザクラも見頃になる。
ここで紹介しているルートとは逆に歩けば、下山後に箱根観光をさまざまに計画可能だ。たとえば乙女口バス停~芦ノ湖畔の桃源台に下りる場合は、帰りに芦ノ湖の遊覧船や散策、ロープウェイを楽しむのもいいだろう。一方その逆では、仙石原にある箱根湿生花園へ立ち寄るのもいい。
富士が冠雪する晩秋~春、新緑の5月、山野草が咲く初夏~初秋、ススキがなびき紅葉の美しい秋など、四季を通じて楽しめる。
高低図
丸岳の縦走コースから南につながり、芦ノ湖の西に沿う外輪山上にあるのが三国山だ。その名は、駿河・相模・伊豆の3国の境にあることからつけられたという。このルートも丸岳同様に箱根スカイラインが並行するためか登山者が少なめなので、のんびりとした山歩きを楽しめる。特に芦ノ湖や駿河湾、富士山の展望やブナの原生林が素晴らしい。
ルートはどちらからスタートしても良いが、下山後の観光やアクセスを考慮してスタート/ゴール地点を選ぼう。三国山山頂は木々に囲まれているので隙間から芦ノ湖や富士山を垣間見るほどだが、途中にある山伏平は展望のよい芝地でレストハウスもあるので休憩におすすめだ。
余裕があれば、丸岳のコースと組み合わせてもいい。また下山後に遊覧船から歩いてきた山々を眺めるのも趣深い。
※2019年4月現在、湖尻峠~山伏峠間は土砂崩れのため通行止めになっている
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湯坂路は、「天下の険」といわれた箱根越えの足柄道が803年の富士山の噴火によって閉鎖されたことにより、代わりに開通された道だ。鎌倉時代には湯治などに訪れる人々で賑わったが、江戸時代以降は東海道が別に開かれたために廃れ、古道として残されるようになった。
このルートを歩くと、石仏・石塔群を多く目にする。かつて人々が地蔵信仰によって奉納したもので、歴史館もあり、箱根ならではの歴史に触れることができる。豊臣秀吉との攻防に備えて北条氏が山城を築いたとされる鷹巣山などもあり、さまざまな箱根の歴史に触れることができる。
人気の季節は、浅間山~湯坂山への尾根道に咲くヤマザクラが美しい春や紅葉の秋だが、初夏に鷹巣山~浅間山にかけて咲き乱れるアジサイは見応えがある。どの季節でも歩けるが冬は鷹巣山~浅間山は凍結するので注意しよう。
周辺には、伝統工芸の箱根細工の産地で有名な畑宿を通るコースや、箱根名瀑のひとつで幅25mの千条ノ滝を通り浅間山に登るコースなど、手軽なハイキングコースもある。開放感のある浅間山などとともに、のんびりと箱根の山を楽しみたい。
高低図
箱根の山を相模湾側から眺めると右端に、おむすび型をした三角形の山容の山が目立つ。この山が矢倉岳で、箱根の山を越える旅人には「櫓」のように見えたから名付けられたとされている。
標高こそ870mと小さい山だが、その名の通り山頂からの展望は抜群で、広い山頂で昼食を取りながらゆっくり展望を楽しめる。
紹介するコースは足柄峠から箱根古道の1つ足柄古道を下るルートだが、地蔵堂からさらに徒歩で進んで、歴史ある足柄古道を楽しむのもおすすめだ。
または金時山に縦走したり、21世紀の森・酒水ノ滝方面を経由して山北駅方面に下山することもできる。
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2015年6月に大涌谷で起きた小規模噴火による火山活動により、箱根の主峰とも言える箱根山(神山)や冠ヶ岳は、大涌谷周辺と共に現在も一部通行止めが続いている。
火山活動は小康状態が進んでおり、今後規制が解除されることを願って本ルートを紹介しておきたい。
標高1438mの神山は箱根山の最高峰で、駒ヶ岳とともに山岳信仰の対象として古来より崇められてきた山だ。約3000年前の水蒸気爆発によって北西の山腹が崩壊したことで芦ノ湖ができ、崩壊の跡が大涌谷として残っている。
隣り合う駒ヶ岳と神山はとどちらも中央火口丘だが個性は対照的で、駒ヶ岳山頂が台地上で広く明るい草原なのに対し、神山山頂はブナやヒメシャラの森に覆われている。2つの山を結ぶ縦走路は短いが変化に富み、ロープウェイを使って容易にアクセスも可能なことから、神山~駒ヶ岳、さらに大涌谷という箱根の象徴ともいうべき3箇所をめぐるルートは箱根登山の定番になっている。
登山適期は、標高が高いので新緑が美しい5月頃から。紅葉は10月下旬ごろから色づき始める。
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