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点をつないで歴史を紐解き一本の線へ 『剱岳 線の記』

登る前にも後にも読みたい「山の本」
たしなみ 2020年10月17日

評者=佐藤武彦

剱岳 線の記 平安時代の初登頂ミステリーに挑む

著:髙橋大輔
発行:朝日新聞出版
価格:1700円+税

 

新田次郎は『劒岳 点の記』を創作した。次いで、髙橋大輔はその延長線上にある、立山の古代山岳信仰にまで言及した。それが本書だ。

探検家の視線は、剱岳山頂に聖の残した錫杖頭、および鉄剣の二つの遺物に注目し、その来歴を検証しようとする。そのアプローチは多岐にわたり、それを十章にまとめている。

第一章では剱岳の初登頂者は誰か、目的は何かと疑問を投げかける。かつて、それを提起したのは佐伯邦夫。佐伯は平成11年12月10日に県立図書館で講演した。演題は『剱岳に登った人々』である。講演要旨に「五つの謎」が載る。①これらを遺したのは何時代のいかなる人物か ②錫杖と槍の穂は同一人によるものか別人のものか ③別人とすれば同時代人か異時代人か ④何故これらの品物を遺したのか ⑤遺したのではなくて風雨の変によって遭難死したものか(富山県郷土史会「郷土の文化」第25号)である。しかし、著者はそれ以上に剱岳へ至るルートにこだわりをもち、詳述される。

第二章では、二つの遺物の置かれていた位置、剱岳の絶頂とはどこかを検証し、それを「謎のZ地点」と呼称する。富山県埋蔵文化財センターが平成26年度に行なった「立山・黒部山岳遺跡調査」では、遺物の置かれていた位置を推定し、その地点を頂上の竪穴状岩屋の北面右隅としている。著者は剱岳絶頂の大岩が盤座であり、そこが錫杖等と鉄剣を奉祀した「Z地点」であるとし、実景の写真を載せる。

第三章は立山の開山者、および遺物二点の製作実年代に触れている。しかしここで大切なのは、原始性をもつ古代の山岳宗教は、現代の文化的宗教感覚では理解は及ばないということだ。日本古来の山岳修験に経典はなく、自然界そのものが教典であり、聖はそれに観応し、口伝でのみ伝え、後世に記録は残さなかった。中世の記録から古代の事跡を推定し、開山者の実名を限定するのは危険である。

古代山岳信仰を考えるヒントは、奈良時代末の万葉集にある。越中に赴任した国守の大伴家持は律令官人として『立山の賦』を詠む。「皇神のうしはきいます新河の その立山に常夏に 雪降りしきて帯ばせる 片貝川の清き瀬に……」。この歌は何を意図するか。

『続日本記』大宝元(701)年四月十五日の条に「幣帛を諸社に奉りて 雨を名山大川に祈る」とあって、国家の安寧のため、山霊と水神を言祝ぎ、言挙げに依って国家鎮護を祈ったものと思われる。大宝元年は佐伯一族による立山開山年と合致する。

第四章では、立山に伝わる天台系ルートとは異なる、剱岳周辺の真言系修験ルートの解明に入る。剱岳の山容は修験者を加護する不動明王そのものである。そしてその山麓に、真言密宗大岩山日石寺がある。その不動堂に巨大な不動明王の磨崖仏があり、神亀二(725)年、行基作と伝承し、国指定重要文化財となっている。

立山の大日岳と剱岳との間に、護摩平の地名が残り、神仏降臨を祈る外護摩を焚いた地点とされる。

著書全編これ髙橋ワールド。読者は修験者の目線に立ちつつ、未知なる世界へ誘われ、終章まで駆け抜けることになる。

近年、中世遺跡「上市黒川遺跡群」を上市町教育委員会は発掘調査した。平成17年に大部の報告書がまとめられ、これまでの「点」から「線」へ、これからの「面」へと裾野の広がりを予感させる。

山岳修験の世界は、失われつつある日本の精神文化を伝える。そして現代の疲弊したストレス社会をもたらしたのは、資本主義の歪みと気付かせる。

 

評者=佐藤武彦

1943年、富山県立山町座主坊新村出身。日本山岳会富山支部会員。立山開発鉄道(現立山黒部貫光)に10年間勤務の後、フリーの立山自然案内人になる。立山町文化財保護審議委員、富山県ナチュラリスト協会参与。​​​

山と溪谷2020年10月号より転載)

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