【書評】当事者ならではのリアルな体験談『ドキュメント クマから逃げのびた人々』
評者=高橋庄太郎
僕は北海道の知床へ長らく通い続けている。登山道すらない山中や海岸を歩き、ヒグマと遭遇した回数はもはやわからないほど多い。
その知床で今年8月14日、ヒグマの襲撃による登山者の死亡事故が発生した。そのことに触れた僕のSNSへの投稿には驚くべき数のコメントがつけられ、いかに多くの人がクマに興味を抱き、恐れているのかを実感させられた。
また、某有名ウェブメディア(アウトドア系ではなく、一般的な時事ネタが中心のサイト)の関係者の話では、いまやクマは大量のアクセス数を稼げる鉄板ネタだとか。そこでクマがらみの話を積極的に記事化しているという。
そんななかで発売されたのが本書である。特筆すべきはそこで紹介されている事故が起きた年代だ。2020年8月の北アルプス・小梨平キャンプ場での事例など、8件のうち6件が20年以降の話で、これだけ直近のエピソードを集めた類書はない。だから、最近生態が変わりつつあるといわれる〝現在のクマ〟によるトラブルの詳細がリアルに伝わってくる。
著者名が明記されていないのは数人の書き手が手分けして取材したからのようだ。そのために複数のエピソードで重複する説明(北海道に生息しているのがヒグマで本州と四国はツキノワグマ、だとか)が含まれていたりもする。しかし、実際に〝逃げのびた人々〟にあらためて話を聞き、事故当時のニュース以上の内容に仕上げているのは非常に優れた点だ。
ところで僕は今年、北アルプスと尾瀬でそれぞれ1頭のツキノワグマ、知床で5頭のヒグマと登山中に遭遇した。なかには距離が10m程度しか離れていなかった個体もいたが、幸いにもクマ撃退スプレーのロックを外しただけで噴射するに至らず、無事に回避できた。だが、もしもその場で襲われていたらどうなっていたか?
この本を読むと、万が一の場合にクマと対峙する際の脳内シミュレートが行なえる。もっとも、突然襲われたという事例が多く、実際に役立つか、定かでないが……。
その点、「特集」として組み込まれている北海道大学・坪田敏男教授によるヒグマ、東京農業大学・山﨑晃司教授によるツキノワグマに関する解説、秋田大学・中永士師明教授の「救急医療の現場から学ぶクマから命を守る方法」の話は大いに参考になる。ただし、これらの文中の語尾には「かもしれない」「と思われる」といった表記が多く、専門家でも現代のクマの生態を把握しきれていないことがうかがえる。
惜しむらくは、渓流釣りや山菜採りの事例も含まれるものの、純然たる〝登山〟のエピソードが少ないことだ。この手のセンシティブな事故は当事者が取材に応じてくれるとは限らないが、登山時の事例のみに特化した続編も読んでみたいものである。

ドキュメント クマから逃げのびた人々
| 編 | 風来堂 |
|---|---|
| 発行 | 三才ブックス |
| 価格 | 1,900円(税込) |
風来堂
旅、歴史、アウトドア、サブカルチャーを得意とする編集プロダクション。『日本クマ事件簿』(三才ブックス)など、クマに関する書籍の編集制作や、雑誌・webメディアへの寄稿・企画協力多数。編集制作を担当した近刊に『ニッポン秘境路線バスの旅』(交通新聞社)、『戦う山城50』(イースト・プレス)など。
評者
高橋庄太郎
山岳ライター。テント泊を愛し、一年の半分はフィールドで過ごす。著書に『テント泊登山の基本テクニック』(山と溪谷社)、『〝無人地帯〟の遊び方』(グラフィック社)など。
(山と溪谷2025年11月号より転載)
登る前にも後にも読みたい「山の本」
山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。
こちらの連載もおすすめ
編集部おすすめ記事

- 道具・装備
- はじめての登山装備
【初心者向け】チェーンスパイクの基礎知識。軽アイゼンとの違いは? 雪山にはどこまで使える?

- 道具・装備
「ただのインナーとは違う」圧倒的な温かさと品質! 冬の低山・雪山で大活躍の最強ベースレイヤー13選

- コースガイド
- 下山メシのよろこび
丹沢・シダンゴ山でのんびり低山歩き。昭和レトロな食堂で「ザクッ、じゅわー」な定食を味わう

- コースガイド
- 読者レポート
初冬の高尾山を独り占め。のんびり低山ハイクを楽しむ

- その他
山仲間にグルメを贈ろう! 2025年のおすすめプレゼント&ギフト5選

- その他